英雄は恥を晒す

少年の行き着く先は世界を平和に導いた英雄か、世界に破滅をもたらした恥晒しか。
yulann y
yulann

第一章 第十節

公開日時: 2021年10月3日(日) 23:04
文字数:2,508

「がんばってね」

「負けたら許さねえぞ」


「うん。勝つよ」


 マオは決勝戦に挑む。


「これが君達三学年の頂点を決める戦いだ。傭兵になったものはこの二人と競い合うことになる。そのことを理解した上で試合を見るように。卒業までにこの二人を追い抜くものが現れ、更なる競い合いが行われることを期待している」


 校長の言葉が終わり両者が開始位置につく。


「始め」


 開始の合図と共にマオは違和感を感じた。


「流石だね。この魔法にすら気づくなんて。自己紹介をさせてもらうよ。僕の名前は「ペイ」だ」


 それは試合前に紹介されたものとは違う名前だった。


「ここには幻視の魔法が貼ってある。周りの人間からは戦っているように見えているはずだよ」


 状況が飲み込めないマオは戦闘態勢をとる。


「よしてくれ。僕はここに戦いに来たんじゃない。君を勧誘しに来たんだ」


 ペイは腰につけていた刀を地面に置いた。マオはますます混乱する。


「君には是非『コンティ』に入ってもらいたい」


「コンティ?」


「よく聞いてくれたね。コンティが目指すのは差別なき平和な世界。君も目にしたはずだよね。アビス持ちというだけ嫌悪され、差別される姿を。僕たちはそれをなくしたいんだ」


「なるほど」


「一つ質問をしようか。傭兵として生活するアビス持ちは、アビス持ち全体でどれくらいだと思う?」


「わかりません」


「四割だよ。なら、残りの六割は何をしているんだと思う? 君ならわかるかな?」


「いえ」


「正解は普通の生活だよ。殆どがアビスもちであることを隠し、誰にも言わず、誰にもバレず、息を殺して生きているんだ。どうしてそうする必要があるのか。それぐらいはわかるよね?」

 

「差別されるから?」


「正解だよ。アビスもちであるとバレれば様々な不幸が訪れる。心当たりがあるだろう? 自分がなぜ孤児院で育ったのか。孤児院で一緒に育った人間はアビスもちが多くなかったかい?」


 マオにも心当たりがあった。実際、孤児院で育った仲間の殆どがアビスもちだった。


「それでもマシな方だよ。国によってはアビスもちであるとバレた時点で殺される。考えてみてほしい。母親がお腹を痛めて産んだ大事な子供。その子供がアビスもちだとわかったら母親がその手で殺す。そんなことおかしいって誰でもわかるだろう? なのに、それをおかしいとも思わない。それだけアビスもちは嫌悪され、邪悪なものだとされている。同じ姿をした人間なのに。同じ命なのに。どうしてこんなに憎まれなきゃいけないんだい?」


 マオは黙ってしまう。


「少し意地悪だったね。アビス持ちでこの質問に答えられる人間なんてこの世に存在しないよ」


「そうですね」


「僕たちはそんな世界を変えるんだ。アビスもちが怯えて生活する必要もない。戦いで命を落とす必要もない。差別がなく平和な世界。そんな世界のために力を貸してくれないかい?」


「どうやって実現するんですか?」


 そうなればどれだけいいだろう。マオもそう思った。だが、それを実現するのは非常に困難だ。アビス持ちであるからこそわかる。世界全体がマーカのように変化することなんてありえない。考えられる方法は一つだった。英雄を目指すマオにとって、それは質問しなければならないことだった。


「簡単だよ。世界を一度リセットするんだ。アビス持ちは邪悪である。そう考える人間を全て滅ぼすんだ。そして、その後に生まれてくる命に教えるんだよ。アビスもちは普通で邪悪なんてことはないんだよって」


「そのために犠牲になる命は無視するんですか?」


「革命に犠牲はつきものだよ? 先に命を無視したのはどっちか分かってるよね?」


 予想できていた答えだった。だが、英雄を目指すマオにとって許される行為ではなかった。

 

「勧誘は断ります。命を奪う行為は絶対に見過ごせない。僕は英雄を目指す人間だ」


 マオは剣を構える。


「英雄? 少数の命を握り潰す世界。それを見逃すのが英雄か? 僕たちは自分の生きる権利を、人としての尊厳を認めてもらいたいだけだ。その行為を否定する権利が君にはあるのか? 英雄とは君にとってなんなんだ?」

 

 ペイは口調を変え大声でマオを睨みつける。

 

「世界を平和にする人」


「平和な世界が望みなら手を貸せばいいだろう。行き着く先は同じだ」


「違います。手段が違えば行き着く先は変わる。命を奪うことは最悪な解決手段なんです」


「傭兵学校に通ってる君がなにを言っている? 傭兵が何をするのか知らないのか?」


「知っています。でも、命を奪わない方法もあります」


「それは君個人の意見だろう。君の周りで命を奪う行為は咎めないのか? それと僕たちは何が違う?」

 

 マオはすぐに答えが出てこなかった。それはそうだ。マオの中にあるその目標は、自身の中から生まれたものではなかったのだから。


「すぐに答えられないならそんな理想捨ててしまえ。気づいているだろう。君のアビスは神にでも悪魔にでもなれる力なんだ。僕たちにはその力が必要なんだ」


「それでも」


「分かった。君には何を言っても無駄なんだな。なら、それなりの手段をとることになる」


「手段?」


「君はあの二人と仲がいいな? 孤児院で一緒に育ってきたんだろう?」


「脅しですか?」


「脅しじゃない。警告だ。君がこちらにこないなら二人は殺す。いや、男の方はアビス持ちだったな。とりあえず説明をしてからか。だが、アビス持ちでない女は絶対に殺す」


(憎い。憎い。憎い)


  それは今までに聞いたことのない声だった。声と共にマオの中からドロドロとした感情が溢れ出てくる。マオはそこで完璧に理解した。自分のアビスがどういうのものなのか。どれだけ恐ろしいものなのか。


(俺の大切なものを奪う奴は許さない。殺してやる)


 マオはアビスを抑えきれない。溢れ出す感情に飲まれ意識を手放した。


「さあどうする? 君にとって大切な人だろう。それに、説明すれば一緒についてきてくれそうじゃないか?」


「殺してやる。俺の大切なものを奪う奴は全員」


「何を言って・・・」


 ペイは最後まで言い切れない。言い終わる前に首が宙を舞っていた。それによってペイが発動していた魔法も解除される。幻影は消え、宙に舞う生首と勢いよく血を噴き出す胴体の光景が現れる。会場はパニックに陥いるのは必然だった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート