前回までのあらすじだ。
ギルバートのバカが目先の端金欲しさに魔剣を売りやがった。
店に行くと買取価格1万Gだった魔剣は、100万Gものボッタクリ価格で売られている始末。
法外すぎるその価格設定のおかげで、俺達の全財産を持ってしても買い戻せないと来た。
そこで、魔物のアラクネー・アネモネが俺達に進言した。
「買えないなら盗んでしまえ」と。
無法には無法という事か。
世界を救った勇者御一行は、今、盗賊へと著しいランクダウンを遂げようとしていた。
さて、そんな悪魔の進言をしたアネモネの作戦は以下の様なモノだった。
まず、最も身軽な暗殺者・エイオスとアネモネが店の屋根裏に忍び込む。
そして、ディスプレイとして飾られている魔剣の上、天井からアネモネの糸を垂らし、剣を釣り上げる、その名も「雷轟一本釣り作戦」である。ポイントは如何にバレないように天井に穴を空け、剣を引き上げるかだ。
高価と言うこともあってか、雷轟は店主の正面、目の届く場所に飾られている。
そこで残りの俺達の出番だ。
俺とニアは自由気ままな冒険者のフリをし、この街の施設や、近隣に出現する魔物の情報を聞くなど、世間話をし店主の気を引きつつ、視界を塞ぐ壁役となる。
その俺達の背中で、雷轟の一本釣りをすると言うワケだ。
一人より二人の方が、背後を隠しやすいしな。
そしてギルは外で待機し、店に来店しようとする者達の足止め係。
一番簡単な役割と言えるが、ギル一人にするのは一抹の不安を覚える。
しかしさすがにここはギルを信じてみようと思う。
店じまいの夜まで待っても良かったのだが、寝静まった店に忍び込むのこそ気が引ける。
それに、簡単には買われない価格だが万が一もある。夜を待つまでに売れてしまったらそれこそ意味がない。
だから昼間、営業時間中の決行となった。
「どうした、エイオス。顔色が悪いぞ?」
プレッシャーからなのか、すっかり顔色が悪くなったエイオスの身を案じてやる。
「いや、勇者御一行が……なんかこんな悪事を働くなんて、チビッ子達の夢を壊しちゃわないかなって……」
「今まで散々人を暗殺して生計立ててたヤツが今更盗みの一つや二つで何言ってるのよ? シャキッとしなさい」
言って、ニアはエイオスの背中を叩く。
「いや、あれは勧善懲悪だもんよぉ……」
「さすがニアさん。下手な男より男らしいです。僕が女なら惚れてますが、男から見ると────」
「アンタは黙ってなさい。イライラするわね」
「すみません」
ニアにピシャリと言い捨てられたギルはシュンと小さくなる。
「どっちにしてもここをクリアしなければ次には進めん。俺達も精一杯店主の気を引く。お前達も、しくじるなよ」
「ラジャー!」
威勢の良い返事は発案者アネモネだった。
まぁ、エイオスはあんなビクビクしているが、アネモネがついていれば大丈夫だろう。
「それじゃ、各自持ち場に付くぞ」
皆で一度顔を見合わせると、大きく頷き合った。
聞き覚えのあるコンビニの入店音の様な、軽快なメロディと共に、俺とニアが店内へと進むと、
「へい、らっしゃい」
早速、店主のオヤジが姿を現した。
オヤジはさすが武器屋と言わんばかりの逞しい、いかつい体をしていた。下手な真似をしたらボコボコにされるかも知れない。
「あ、あー……俺達、自由気ままに冒険をしている。ついさっきこの街に入ったんだ」
こんなんで大丈夫だろうか?
ニアを横目に見るが、ニアは俺を見ずに店内の武器を見回している。
今は作戦に集中してくれないかな。
「見かけない姿だ。あんた達、余所者だね。ようこそリンクシティへ」
と、見かけによらず、オヤジは気さくに言ってくれた。
ローブ姿の如何にも怪しい俺達に対しても笑顔を忘れない、接客業の鑑の様なオヤジ。
これは色々話し込めば隙が出来るかも知れない。
俺は、ちょっとばかり引っ掛かっていた事を、一番先に聞くことにした。
「あぁ、オヤジさん、さっきそこのカジノに行ったんだが。そこの景品に“聖なる魔物の心臓”なるアイテムがあった。俺もあちこち旅をしているが、あんなアイテム見たことも聞いたこともない。ありゃなんだい?」
ギルがカジノで見たと言う謎のアイテムだ。
この街特有の何かなのか、俺達が長い冒険で一度も見たことも聞いたこともないとなると、謎は深まる一方である。
「あぁ、一番高価な景品だろう? ただのインテリアみたいなもんじゃないかね? 確か交換するにも球が20万個必要との事で、未だかつて誰も交換したことないんじゃないかな。そんなワケわからんもんに交換するくらいなら、現金に換えちまうわな!」
「交換に20万個!?」
って、1球4Gとして、等価だと実に80万程の価値があるってのか!?
「まぁ普通の台を打ってたって、20万個なんてまず無理。夢物語だ。しかし、あの店には20万個すら出てしまう台があるんだよ」
言って、オヤジの目が怪しく光る。
「なんだと?」
「ちょっと、ギャンブラーの血が騒いでんじゃないわよ」
と、ニアが俺のローブの裾を引く。
「あの店の奥にはとんでもない一発台があるんだ。通称……池……」
「池?」
「あぁ、その台に挑んだヤツは皆すかんぴんにされ身ぐるみを剥がされる。人を喰う台……人喰い池……って呼ばれてる」
最初こそ物知らなげだったオヤジは、今やすっかりその筋の話を詳しそうに語る。
ってか、もうそれ池じゃなくて沼でいいよね?
なんか俺それ知ってるもん。1球4000Gとか、そんな台の噂聞いたことあるもん。別の世界の話で。
「何にしても、あの台には近付かないこった」
オヤジのそんな警告を他所に、俺はエイオス達の様子が気になっていた。
まだか? 背後で魔剣が動いている気配はない。早く。早くしてくれ。
◇
一方の屋根裏は暗く、酷く埃にまみれていた。
おまけに天井の板がエイオス達が思っていた3倍は薄い。下手な乗り方をしたら、いとも簡単に抜けてしまうだろう。
そんな、絶対にしくじれない一発勝負の中、
「え、魔剣どの辺だったっけ? 店の中央より右か? 左か?」
「位置は私も把握してないよー? 真ん中に穴空けて位置の確認した方が良いかも」
「アネちゃんね、これそんな簡単な問題じゃないよ? いくら身軽な二人とは言え、多分二人で乗ったらすぐ天板逝くわ。とりあえず、一つだけわかった事は、この建物がレオパ○スって事だけだよ」
エイオスが言いながら、改めて天板を押してみるが、ちょっと強く押すだけで天板はミシミシと悲鳴を上げる。
早くしてあげないとジョエル達の会話のネタにも限りがある。
「行くしかないかなぁ……嫌だなぁ……」
「ほらほらエイオス! えい、押忍! えい、押忍!」
「応援の掛け声みたいに人の名前連呼しないでくれる?」
言って、エイオスは意を決して、先陣を切って進みだした。それに続いてアネモネが出る。
ミシミシと、一歩進むだけで天板が泣き、しなる。
「うぉー怖ぇえええ……なんかゲームで即死のゾーンを少しずつ進んでる気分」
エイオスの額に汗が滲んだ。
そして真ん中を見据えたまま、確実に、一歩ずつ、少しずつ、歩みを進めた。
「ぷ……ぷぅーーーふ……」
天板が抜けることなく何とか無事に中央部分へと到達出来たエイオスは、いつの間にか口の中に溜めるだけ溜めていた息を大きく吐いた。
「ニシシ。やれば出来るね、エイオス」
と、アネモネが微笑みかける。
エイオスも微笑み返してあげたい所だが、ここからが作業の本番だ。
エイオスは腰に巻いたホルダーから大きなキリやナイフと言ったツールを取り出す。
そして、薄い天板にキリを当て回した。
このキリを回す動作の僅かな振動でも天板は軋む。
エイオスはいつしかチキンレースをやっているような感覚に陥っていた。
◇
エイオス達はどうしているのだろうか。
俺の心配など知るよしもないオヤジは、
「そうだ、あんた達に見せたいモノがある」
と、こちらから広げずとも、勝手に会話を進めてくれた。
「見せたいもの?」
「あぁ、そうだ。今朝あんた達みたいな風貌の冒険者が剣を売りに来たんだが……」
そこまで聞いて、やばいと思った。
まず間違いなくギルと魔剣の事を話すつもりだろう。
となると、世にも珍しい魔剣。武器屋のオヤジが自慢したくなったのも頷ける。
魔剣の下でその説明なんてされたらたまったもんじゃねぇ!
釣り上げる所の話ではなくなってしまう。
「と、時にオヤジさんよ! この辺はどんな魔物が出るんだい?」
俺の見事な機転で会話内容の変更を試みる。
「魔物? この辺だと、昨日まではゴーレムなんかが良く出現したもんだが……今日はめっきりだな」
「そうなのか?」
「あぁ。暗雲が消え太陽が出たと言うことは、あの御方達が魔王を倒してくださったんだ。それで、指示を出すボスが居なくなったもんだから、魔物達もナリを潜めているんだろう。生きている間に、ギンギラギンにさりげないおてんとうさんの光を拝む事が出来て俺ぁ……俺ぁ……」
途中、あまりに感極まったオヤジは涙で言葉を詰まらせた。
まんざら悪い気分ではなかった。少なくとも、俺達の活躍によってこんな風に思ってもらえたのだから。
しかし、それとこれとは話が別だ。
気の良いオヤジの様だが、コイツは素知らぬ顔で法外な価格設定で魔剣を売る無法者。
オヤジはボッタクリ営業で暴利を貪ろうという守銭奴。俺達は今やその売り物をまんまと盗もうとする盗っ人一味。
故に俺達は敵同士。お互いに決して相容れぬ存在。
出来れば、この人とはこんな形じゃなく、もっと別の形で出会いたかった。きっと剣や冒険の話をしたり、ギャンブルの話をして語り明かせたはずだ。
「もし、その御方達ってのに会えたらどうするんだ?」
と、これは本当に俺の一個人の意見として聞いてしまった。
野暮な事かも知れないが、やはりこう言って貰えるのは素直に嬉しいのだ。
「勇者御一行様に会えたら……そりゃぁ、感謝してもしきれねぇ! けど……」
オヤジは言葉を止め、俺から視線を外した。
オヤジの視線がどこに向かったかなんて言うまでもない。
俺の背後。魔剣である。
オヤジのこの感じから察するに、多分今天井からアネモネの糸が垂れている。
下手したら今まさに、少しずつゆっくり魔剣が上へ上へと引き上げられてる可能性もある。
振り向きたい。振り向いて現状を確認したい。
でもオヤジの視界を塞ぐのが先決────
「なんかぁ……私暑くなってきちゃったぁ……」
オヤジに絶対に見せまいとくねくねと身をよじり、決死の攻防を勝手に繰り広げている俺の傍らで、ニアは突然露骨にも、普段は一切感じさせない色気に満ちた声を上げる。
「脱いじゃおうかなぁ……♪」
言いながら、ニアは顔がバレない程度にローブをはだけさせ、オヤジに見せつけるように、ありもしない胸元を強調する。
「姉ちゃん、大丈夫かい? エアコン温度高くしすぎちまったかなぁ?」
笑えることにオヤジはナチュラルにニアの誘惑を回避し、後ろにあるエアコンのリモコンを手に取った。
まぁ、洗濯板みたいな胸に迫られてもな。
そんなオヤジの一瞬の隙をつき、後ろの状況を確認しようとした時、ローブの中で凄い顔をしたニアと目が合った。
そして、
「後で覚えとけ?」
小声でそう言った。
「え?」
「普段は一切感じさせない色気だとか、ありもしない胸元とか、洗濯板とか。聞こえてんだよ見えてんだよ、全部。モノローグ」
「え? まじ? な────」
バキバキバキィ!!
その刹那、さっきまで静かだった店内に騒々しい破壊音が轟いた。
「く、曲者だぁ!?」
筒抜けなモノローグの事で動揺していた俺は、すっかり反応が遅れてしまった。
オヤジは叫ぶと共に俺の背後を指差し、口をパクパクさせている。
俺は脳みそをフル回転させ、
「ききき気のせいじゃね? それよりオヤジさんよ! ここから一番近い────」
この期に及んで気のせいで貫こうとしたが、
「あ、ダメだ! これ折れる! 落ちる!」
よく知った声を背後から聞き、思わず振り返った。
予想通り、俺の目はエイオスとアネモネを映す。
床が……天板が抜けた……のか?
二人は落ちないよう、ポッカリ空いたその縁にしがみつき、プルプル震えていた。
そして案の定、
「あ、アカンわ」
エイオスの間の抜けた声を引き金に、しがみついていた部分もへし折れ、ズシーンと言う大きな音を立てて、二人の体は店内へと落下した。
アネモネに至っては落下した衝撃で変身が解け、魔物の姿に戻ってしまっている。
立ち込める砂煙がおさまろうと言う頃、
「ぞ、賊がぁ! ぶっ殺してやる!!」
さっきまでの気の良いオヤジはどこへやら。咆哮の様な雄叫びを上げて自分の愛剣を握りしめた。
これは一番避けたかった展開である。
駄菓子菓子、この瞬間にして名探偵が謎が解けた時、ピシャリと脳内をかける稲妻の様なモノが、俺の頭の中にも駆け巡った。
最高のアイディアが産まれた。
俺は砂煙が完全におさまる前に、電光石火の如く速さで雷轟を取ると、未だ尻餅をついているエイオスの手に握らせる。
「え、何? これでどうすんの?」
エイオスはすっかり気が動転して頭の上に?マークを浮かべている。
そんなエイオスの耳元で、
「いいから、お前らこれ持って逃げろ。直ぐに追う」
小声で囁いた。
そして、即座にオヤジへと向き直り、
「オヤジさん! 賊なら俺に! 俺に任せろ!」
お次は声高らかに叫びながら、俺はローブを脱ぎ捨て、これ見よがしに聖剣を掲げる。
激昂していたオヤジも俺の姿を見、
「そ、その聖剣は……勇者様ぁあああ!? 何故、あなた様がこんな所に!?」
そそくさと逃げていくエイオスとアネモネを横目に確認しながら、
「説明は後だ! オヤジさん! あの賊の命、俺が貰い受ける!」
「お、お願いします!! 勇者様! あの剣は世にも珍しい魔剣なんでさぁ!」
ただの武器屋のオヤジが追うより、魔王討伐の実績がある勇者に任せた方が良いと判断したのだろう。素直に俺に任せるオヤジ。
世にも珍しい魔剣だ? そんなの先刻承知よ。
「ニア! 追うぞ!」
「え、ちょっと!!」
「大魔術師ニア様まで!?」
俺に唐突に正体をバラされたニアは素っ頓狂な声を上げた。
それを聞いたオヤジは、突然現れた勇者御一行を前に驚きの表情を浮かべるだけ。
「逃がすかよ! 盗っ人め! こんな白昼堂々とは太ぇ野郎だ!」
俺は今一度オヤジに聖剣を見せびらかすと、ニアの手を引きダッシュで店の外へと出た。
脱出成功。なんとか俺達は窮地を脱した。
しかし俺の思い付いた作戦はこれで完了ではない。
こんな盗っ人の様な真似をしているが、一応勇者。ちゃんとオヤジへのアフターケアも考えている。
が、大変恐縮だがお約束となった時間切れだ。
続きは次回のAパート的な部分で完結させようと思う。
待て、次回!
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