【悲報】最強の勇者御一行様、死に損ないの魔王に呪いをかけられ最弱パーティにされてしまう!(略して悲報勇者)

九季さくら
九季さくら

第13話 勇者御一行とアズキパンの囚人

公開日時: 2021年1月8日(金) 21:01
文字数:5,892

「来るって……?」

 トミーが見据える先。暗闇に覆われた廊下へと俺達も目を向ける。しかし、特に何かが変わった感じはしない。

「話は後だ! 緻密な部屋の方から近くに来てくれるとはラッキーだよ! このチャンスを逃したら、次にどこに出現するか判っていても追いかけるのが面倒だ!」

 言うや否や、トミーが全速力で駆け出した。


 それに遅れまいと、

「皆さん、トミーの後を! そして部屋は直ぐに消えてしまう可能性があります! 部屋の前に着いたら直ぐに飛び込みましょう!」

 セレナが叫びながらトミーの後を追った。

 俺達も置いてけぼりは食らうまいと、流されるままに走り出す。



 そして、トミーはある部屋の前に着くと急ブレーキをかけたかの様にピタリと足を止めた。

 何とかトミーの元に辿り着いた俺達は、道中の全力疾走が祟り、全身で大きく息をする。


「ここだ。間もなくここは、緻密な部屋になる……」

 凛とした眼差しで教室のドアを見つめるトミーに習い、俺達もゼェハァ言いながらドアを見つめる。

 暗くてはっきりとはわからないが、ドアのガラス越しに見える教室内の風景は、至って普通の教室の様に見えている。本当にここが緻密な部屋になるってのか?



 そして、

「今だよ!!」

「「う、うぉおおおおおおおおおっ!!」」

 トミーの掛け声と共に俺達は乱暴に教室のドアを開き、全員で流れ込むように教室内へと入っていった。



「────あぁあああ!! 目が……目がぁあああああ!!!」

 突如として、俺達の視界は目を潰さんばかりの真っ白な光に包まれた。

 さっきまであったのは月明かりのみ。真っ暗な教室だったのだ。そこに入ったはずなのに、この閃光。ただ事でない事だけはわかった。


 次第に眩しさにも慣れ、ゆっくりと開いた瞳に映る室内の光景は、さっき窓ガラス越しに見た教室のソレとは違った。

 何て言うか……360℃どこもかしこも真っ白な背景で、床がない。今俺達には何処かに立っている感触こそあるものの、そこに地面はないのだ。

 まるで空間そのものがグニャグニャとひん曲がり、明らかに異空間、異次元と言った感じ。

 俺達が地に足着いてない様に見えるのと同様に、本はプカプカと宙に浮かび、文字は群れになって空を飛ぶ鳥のように右から左へと飛んでいく。

 平衡感覚なんてとうになくなり、ここに居るだけで乗り物酔いするような、そんな不思議な感覚に襲われた。


 ピシャリ! と勢い良くドアが閉まる音がした。

 ついさっき入ってきたドアの方へと振り返ると、そこにあったはずのドアはなくなっていた。

 ドアそのものが消えやがったのか、カメレオンみたいにこの部屋の摩訶不思議な背景に擬態し溶け込んだのかはわからないが。


「これは、俺達はこの緻密な部屋に取り込まれた……って思って良いのかね?」

 俺は不敵に微笑んだ。

「あぁ。部屋が荒ぶっている。あまり歓迎はされていないようだね」

 と、緻密な部屋出身の魔物・トミーも普段とは違う、不気味な雰囲気を漂わせる部屋の前に、後退りした。久しぶりの帰省だろうに、歓迎されないとは可哀想だ。



「ここが緻密な部屋! 私も、初めて来ました……凄い……」

 言いながらセレナはぐるぐると四方八方を見回した。まるで初めて来た観光地でおのぼりさんになったかの様な表情で、都市伝説をしかと目に焼き付ける。


「お前らも、大丈夫か?」

 不馴れな風景と感覚から同様に酔った仲間達。

「なんか……思っていたよりもイビツな空間ですね。もっと普通の部屋なのかと思っていました」

 と、ギルバート。

 

「凄い……あそこに浮いてるの、遥か昔に絶版になった魔導書よ!? まさかこんな所で、こんな形でお目にかかれるなんて」

 と、魔術師の血が騒いでいるニア。

 

「早いとこ用事済ませて出ようよ? なんか気味悪いわ、ここ」

 と、不穏な何かを感じているエイオス。

 

「うぅぅぅぅ……気持ち悪い……」

 と、すっかり目が廻ってしまったアネモネ。


 

 何とか無事全員で緻密な部屋に入ることは出来たが、入ることよりも出る方が難しいと言うのが、こう言うダンジョンの常だ。

 何であれ、俺達はこのイビツに歪んだ空間で、例の物を見つけ出し、拝借してとんずらするだけよ。



「勇者。再三になるが、くれぐれも他の物に手は触れるなよ。今日の緻密な部屋は、何かがおかしい」

 さっきから黙って辺りを見回していたトミーは、異変を感じているようで、改めて俺に注意を促した。

「わかってるって。俺とてこんな不気味な空間に長居するつもりはない。用さえ済めば、とっととおさらばよ」

「えぇ……凄い! この本もずっと欲しかったのに手に入れられなかったヤツ!」

 その傍らで、すっかり舞い上がっているニアが一歩踏み出し、手に取れる所にあった一冊の本に手を触れた。


「ん?」

 その瞬間、何かのスイッチが入ったように、

「きゃあああああああああ!!!」

「ニアさん!?」

「ニアー!!!」

「ちょっとぉおおおおおッ!?」

 ニアの体は宙に浮き、180℃回転した。



 俺達の頭上で、ニアはコウモリの様に逆さまに立っている。しかし、ニアのローブや髪が下にいる俺達の方に垂れると言う事はなく、ニアの足元に向かって垂れている。まるで重力はニアの足元に向かっているかの様に。

 この上下逆転現象。一体何が起こっているんだ?

「ちょっとちょっと!? 魔術師の姉ちゃん、何で言ってるそばから触った!? 俺触るなって言ったよね?? 聞いてなかったのか!? 嘘だろ!?」

 と、上を見上げながらトミーががなった。


「だってどんな内容の本なのか気になったんだもんー!」

 ニアは俺達の真上で駄々っ子の様にぴょんぴょんと跳ねた。

 

「この部屋は、何か物に触る度にこうやって反転したり、罠が発動したりするんだよ! 俺達がワンアクション起こせばソレに対して部屋もワンアクション返してくる! 今でこそまだ整っているけど、下手したら最終的にはバラバラになったパズルみたいに無秩序になって何処に出口があるかさえ判らなくなっちまうんだ!」

 魔物トミーは勝手な行動をしたニアにすっかりお怒りである。今のは好奇心を抑えられなかったニアが悪いわ。


「こうやって立ってる分にはカウントされないんかな? 俺達がその例のアレとやらの元に行くまででワンアクション、それを手に取ってワンアクション、戻ってくるまででワンアクション……みたいにカウントされるのかね? 最短3カウントで済むって事?」

 と、エイオスが良くわからない緻密な部屋のシステムに首を傾げた。

 次の一手をどうするかと考えている俺達の背後から、

「ハクション!!!」

 おっさんのくしゃみの様なものが聞こえ反射的に振り向くと、

「ニシシ……体が冷えてしまったようなのです」

 アネモネが照れ臭そうに笑った。


 その刹那、


「あれぇえええッ!?」

 ニアとは違い、アネモネの体が90℃向きを変えた。

 俺達が立っている場所、向きが正の位置とすると、ニアは天井に、アネモネは壁に立っている事になる。

 残念ながら今のくしゃみ。ただのワンハクションと見逃して貰える事はなく、ワンアクションとカウントされてしまったと言うワケだ。


 些細な動作ですらカウントされるとなると、これは簡単な問題ではなくなってしまう。

 例の物を取るまでに、この部屋は混沌とする可能性が出てきた。



 たじろぐ俺の傍らで、トミーは部屋の中をキョロキョロと見回しながら、

「何をワンアクションとされるかは部屋の気分次第だ。下手したら一歩歩いてワンアクションと判定される恐れもある。部屋が機嫌を損ねる前に、やる事をやって退散した方が良さそうだ」

 と、冷静に分析し、

「勇者。あの箱が見えるかい?」

 部屋の奥。螺旋階段のように積み重なった本棚の上にある、一つのアンティークな箱を顎で示した。


「見えるが、あれがその例の物なのか?」

「あぁ。あの箱の中に、例の魔術書は入っている。が、今も言った通り、ただの一歩がカウントされる可能性もある。全員で行けばそれこそリスクも高まる。二人程選出し、俺の背中に乗ってくれ。そうしたら俺があそこまで飛ぶ。その方が歩数もかなり少なく済むからな」

 トミーの意見に俺達はなるほど、と頷いた。


 となると、誰がトミーの背中に乗りあそこまで行くかだ。

「え! 私行ってみたいんだけど!」

 と、魔術書の宝庫となるこの部屋の中、すっかり舞い上がったニアが、相変わらず逆さまのまま名乗りを上げた。

 こいつはまた興味深い本見付けたら触る気満々じゃねーか。


「悪いけど、まだ何の影響も受けてない人がいい。魔術師の姉ちゃんを乗せるとなると俺も逆さまにならなきゃならないしな」

 トミーの意見を取り入れると、現状この部屋の影響を受けていないのは俺、ギル、エイオス、セレナの四人だ。ここから二人を選ばなければならない。


「とりあえず」

 と、口を開いたのはエイオスだ。

 そのまま、

「ここから先何があるかわからないし、セレナちゃんはここで待っていた方が良いと思う」

 これから何が待ち受けているかわからない今、一般人をこれ以上危険な目に遇わせるわけにはいかないと判断した様だ。


「そうだな。後ギル。お前もここで大人しくしていろ。いいな? 一歩も動くな!? 一歩でも歩いたらその足切り落とすからな?」

 エイオスに続き、俺もぼけーっと景色を見ているだけの不安要素にピシャッと言い切る。

 するとギルバートは、自分が護衛役を言い付けられたと思ったのか胸を張り、

「任せて下さい! いざと言う時、僕がセレナさんをお守りします!」

「余計な意気込みはいらん。何もしなきゃ何も起きないんだ。だからお前はただ立っているだけでいい。微動だにするな。いいな?」

「はぁ……わかりました」

 思っていた役と違ったからなのか、ギルは気のない返事を返した。

 ホントにわかったのか? こいつは?


 お得意の隠密行動と言うことで、漸く自分の本領が発揮出来ると言わんばかりに自信に満ちた声で、

「仕方ないね。それじゃあ、勇者と俺とトミーの三人で行きますか」

 エイオスは大きく頷いた。


「決まったみたいだね。それじゃあ、勇者、暗殺者。俺の背中に乗ってくれ。あそこまで三回程の跳躍で辿り着けるはずだ。

 もしその過程で何かが起こっても、決して俺から振り落とされるな。極力アクションを減らす」

「オーケーオーケー」

 トミーの緒注意を聞きながら、俺とエイオスがトミーの背中に飛び乗った。

 まさかこの飛び乗る行動もワンアクションとされてしまうのかと思ったが、それは杞憂に終わってくれた。


 部屋は何も変わらない。ホント、ランダムなんだな。部屋のさじ加減一つのようだ。


「皆さん、お気を付けて」

「行ってらっしゃーい!」

「僕は一歩たりとも動きませんから、安心して行ってきて下さい」

「えぇー? てか私いつまでこのままなのぉ?」

 セレナ、アネモネ、ギル、ニアに見送られ、トミーと俺、エイオスは例の本棚で出来た螺旋階段の頂。そこにある箱を見据えた。

 頼むから、何事もなくこのまま帰らせてくれよ!?


「よし、行くよ!」

 言って、トミーは地面を蹴り付けて跳躍した。



 その刹那────


「えぇ!? 嘘でしょ!?」

 ずっと見据えていた、俺達の目標である螺旋階段が遠退いたのを、確かにこの目は捉えた。

「ちぃっ! いきなりカウントされた! この距離じゃ三回はきつい……か?」

 トミーは舌打ちをし、跳躍回数の見直しに入った。

 そして着地────


 今回は螺旋階段が更に遠退いたとか、そう言った事は特にない。

 てことは、今のはカウントされなかったって事だ。確かに、そうなんでもかんでもイチャモンつけられたらたまったもんじゃないからな。


 トミーが二度目の跳躍をしようとした時、エイオスは何かに気付いた様で、

「ん!? ちょ、待って待って? 何かが螺旋階段の上から降りて来て……ない?」

 意味深な事を口にした。

 しかし、一度跳躍モーションに入ったトミーにブレーキは利かない。跳ばざるを得なかった。

「立て続けにカウントされたか……クソッ!!」

 跳びながらトミーが悪態を吐いた。

 そんな中、エイオスが言うように何かが螺旋階段の上から降りて来ている姿を俺の目も捉えた。

 その数数人 (?)。あれは何だ?



 二度目の着地を持って、トミーも足を止めた。

 勢い余って、止まるまでにズザザザ……と結構な距離を進んだ。


 そして、止まるや否や、俺とエイオスと同じく螺旋階段へと視線を向けながら、

「最悪だクソッタレ! もうお出ましだ……」

「え? トミーなんなのあれは?」

「あれは言わばこの部屋の衛兵部隊。部屋を荒らす者を排除するガーディアン……」

「衛兵部隊? ガーディアン?」

「お前達! さっきセレナから貰った炎のアミュレットをスタンバイしろ!」

 何やら焦るトミー。

 炎のアミュレットをスタンバイしろだ?

 ────先程、廊下でセレナからコイツを手渡された時の話を思い出す。


 俺は指に嵌めた炎のアミュレットへと視線を落とし、

「って事は……あいつらが……」

 また、前からやって来る複数人のそれへと視線を移す。


「あぁ。ヤツらこそがアズキパンの囚人……見た目は可愛いが、その戦闘力はかなりのモノだよ」

「えぇ……ホントに来ちゃったの? まじで?」

 リンクシティ編の魔法サイドになってから固有名詞を聞くたびに頭を抱えていたエイオスは、やはりここでも頭を抱えた。



 少し近くに来たことで、ヤツらのその姿がハッキリわかるようになってきた。

 剣と盾を両手に携えたそいつらは、アズキパンの様な丸い顔をしていた (どんな顔だよ!)。


 いよいよ戦闘を免れないと悟ったトミーは、

「ヤツらの弱点は炎だ。水で顔を濡らして無力化する方法もあるんだが、顔を新しいモノにすげ替える事で連中は何度でも蘇ってくる。だったらいっそ、体ごと焼き尽くしてしまえば良────」

「いや、良くない良くない! ハリ○タだけじゃ飽きたらず、こんな超大御所からキャラ借りちゃうの? 顔こそあずきぱんであんぱんじゃないけど、あれアン○ンマンだよね?」

 と、テンパったエイオスはトミーのたてがみをくるくる指で巻きながら突っ込んだ。


「四の五の言ってる場合じゃねぇってか……」

「いや、四の五の言ってるとか、この展開に乗っかってる場合じゃないぜ、勇者? これ今回マジお叱り来るって。下手したら削除されるかBANされるヤツ!」

 エイオスが声を大にしてこの展開に文句を言っていやがるが、そうこうしている間にもアズキパンの囚人達は、一度ロックオンした俺達を逃す気は無いようだ。


「とにかく、降りて散り散りになって戦うのは、それこそカウントがかさむだけでこちらが不利になりかねない。俺から降りず、迎撃してくれ」

 トミーの作戦に俺はわかったと頷き、炎のアミュレットを嵌めた指を、ぎゅっと握り込んだ。



 呪いのカウントダウン

 運命の刻まで

 あと5日 (レベル140)

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