「まずい……悔しいが行くぞ、勇者! このままだと俺達まで呑み込まれる」
すっかり闇が近付いたことに怖じ気づいたエイオスが涙ながらに俺の手を引く。
「嫌だ! 放せエイオスてめぇ! 全員で生きて帰らなきゃ意味がねぇんだよ!」
言って俺は暴れた。が、エイオスの手はがっちりと俺の手を掴んで放さない。
「バカ勇者……辛いのはキミだけじゃないんだよッ……! それに、今ここで俺らが消えたらそれこそ意味がない」
「エイオス……」
言うエイオスの目にも涙が見え、俺は言葉を失った。
「何の為に死の秘本を手に入れた? 俺らには皆の元に戻って、この本をセレナに手渡す使命がある事を忘れるな!?」
「くっ……」
俺は噛みちぎれんばかりに下唇を噛み、起き上がることすら出来ない仲間を改めて見返した。
エイオスが言いたいこともわかるよ。わかるけどさ。こんな唐突に気持ちの整理なんて出来るかよ?
「トミーの覚悟を、無駄にする訳にこそいかないでしょうよ……」
わかってる。そんなのわかってる────
「それに。俺達の帰りを待ってる人達だって沢山い────」
「うるせぇえええええ!」
俺はエイオスの頬を思いっきり殴り付けた。
エイオスはうっ……とよろめきながら呻き、まんまと俺を掴んでいた手を放す。
ここぞとばかりに俺はエイオスをプリンの中へと蹴り飛ばした。
気持ちの整理の時間くらいくれっての。横からごちゃごちゃごちゃごちゃ説教タレやがって。先にプリンの中に入っていろ。
そして、俺は今一度仲間へと向き直り、
「すまねぇ……トミー! 約束だ! 俺は……俺達は絶対にお前を忘れねぇッ! きっとまた会いに行く!!」
「あぁ。お前たちはこんな所で死ぬタマじゃない。呪い、しっかり解けよ!」
最後に飛びっきりの笑顔で、トミーはそう言った。
俺は全身がプリンの中に入る最後の最後まで、トミーの方を向いていた。
忘れるもんかよ、絶対に。この眼に、脳に焦げ付かんばかりに焼き付けろ。
俺達の大事な仲間の姿を……!
気高き魔物は、力を振り絞って背筋を伸ばし、誇り高く佇み、笑い────
「あぁ……でも……」
俺を見送りながら、最期は真っ黒い闇に呑まれて消えた。
そして、
「トミィイイイイイイイッ!!!」
俺の全身から絞り出した叫びも、同様に闇に吸い込まれるように、かき消されて行った。
『もっとこいつらと一緒に……冒険してみたかったな』
◇
「…………」
目覚めた俺の視界には、見知らぬ天井が広がった。
ここが何処なのか視線を泳がせていると、見知った仲間が映り込んだ。
「ジョエル! 目、覚ましたのね……良かった……」
俺が目を覚ましたのを見て、ニアは安堵の表情を浮かべた。
その隣で、
「うわぁああああ!!」
と、叫びながら飛び起きる、これまた良く知った声。エイオスである。
この分だと、エイオスも俺と同じように寝ていたが、悪夢か何かを見て飛び起きた感じか?
未だ肩で大きく息をしながら、
「え……ここは……どこなん? なんか凄くほっぺたが痛いんだけど……俺達、助かったの?」
俺と同じく、今現在置かれた状況に理解が追いついていない様子だ。
俺に殴られ蹴り飛ばされた事も忘れている様で良かった。
「エイオスも、良かった! 皆! ジョエルとエイオスが目を覚ましたわ!!」
と、俺達二人がしっかりと覚醒したのを確認したニアは嬉々とした表情で、向こうに居るのであろう輩に声を掛けた。
ニアの声を皮切りに、ギルやアネモネ、セレナがドタバタと集まってくるや、
「あぁ、ジョエルさん、エイオスさん。良かった!」
「二人とも遅いから心配したよー?」
「御無事で何よりです♪」
各々に安堵の溜め息を吐いた。
そこで、俺も身を起こしながら思っていた事を聞くことにした。
「ところでここは? 一体俺達はプリンの中に入った後どうなったんだ?」
「ここは私の寝室です」
と、微笑みながらセレナ。
なるほど。この薄暗い感じの魔術魔術した部屋。見覚えがあると思ったぜ。
「でも、何でセレナの部屋にいるんだ?」
「それはですね……」
言って、セレナは言葉を詰まらせた。
どう説明しようかと言った面持ちで、
「えっと、皆さんも転移の祠のワープゲートはご存知ですよね? 謎のプリンは、それの簡易版と言いますか……」
「転移の祠の簡易版?」
「はい、本来の転移の祠ならワープゲート間を自由に往復出来ますが、謎のプリンは往路専用。一方通行なんです♪ 入り口はプリンがあればどこでも入り口になり得るんですけど、出口は予め設定しておいた場所、リンクさせておいた場所のみ。つまり、この場合私の部屋……って事になるんです♪」
簡単に言えば、プリンさえあれば好きな場所から転移出来るが、出口はセレナの部屋限定ってことか。で、逆にセレナの部屋からどこかにあるプリンへの転移はできない、正に緊急脱出用アイテム……と。
「何にしても、セレナさんのアイテムさまさまだったって事ですね。事前に手渡されていたアイテム全てが大活躍でしたよ」
と、ギルがあのスペクタクルを染々と思い返した。
「そんな大した事ないですよ! 初めて訪れたとは言え、都市伝説で噂は良く耳にしてましたし、対策的な情報も出回っていたので」
「謙遜しなさんなってー! セレナとトミーが居なかったら私達、緻密な部屋に取り残されてたよー」
このこのぉ、とセレナを小突くアネモネの言葉を聞いて、
「そう言えば、トミーがまだ来ませんね……??」
俺達が部屋から脱出し、どれくらい寝ていたのかは定かではないが、セレナもトミーの存在を思い出したようだ。
俺とエイオスは顔を見合せ、
「っ……」
「クソッタレ…ッ!!」
俺は握り拳を作り、力任せにベッドを殴った。が、案の定、衝撃は虚しくもベッドに吸収される。
「どうしたの? 二人ともそんな怖い顔して」
と、俺とエイオスの様子を見かねたニアが問い詰めて来た。
一瞬言うべきか悩んだが、やはり言わざるを得ないだろう。
皆で生還して良かったねー! と言う空気に水をさす事になってはしまうが……
「皆、すまねぇ……トミーは……取り残された。部屋の崩壊と共に消滅した……」
あの瞬間の事が鮮明にフラッシュバックし、俺は下唇を噛んだ。
「……そんな……」
全員が言葉を失った。
静寂。誰もが次なる言葉を発する事はなかった。
ただ、その事実を受け入れられず、茫然と立ち尽くすだけ。
「トミーから……セレナちゃんを宜しくなって。彼、最期は笑ってたよ」
この空気に耐えかねエイオスが口を開くが、直ぐに言葉を発した事を後悔した。
トミーの遺言を聞き、セレナは大粒の涙を一粒流したと思えば、それが引き金となり、その場に踞り激しく泣きじゃくった。
「そんな……嫌だよトミー! トミィイイイイイ!!」
「……俺達には、しっかり呪いを解けよってさ」
と、遺言を伝え雰囲気を悪化させた事を後悔し、口を閉ざしたエイオスの代わりに、今度は俺が、俺達に宛てられた遺言を伝える。
ニアとアネモネも感情が臨界点を突破したのか、寄り添い合い、静かに肩を震わせた。
今回ばかりはギルもギュッと下唇を噛み、噴き出そうとする感情を押し殺す。
エイオスも思い出したのだろう。目の前で消え行く仲間を救えなかった不甲斐なさに俯くだけ。
仲間の死の悲報を受け、今この薄暗い部屋に満ちるは慟哭。ただそれだけだった。
せめて皆の泣き声がおさまるまでは、暫く黙っていようと思った。
呪いのカウントダウン
運命の刻まで
あと5日 (レベル138)
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