────悲しくも魔王に支配されてしまった僕らの世界に、古くから伝わる伝説。
恐怖におののく人類が一縷の希望にすがりたいが為に創った空想。
世界が闇に覆われし時。
闇を打ち消す光の聖剣を手にした勇者が現れ、魔を祓い、世界に再び平和が訪れる。
と言うもの。
全くもって信じがたい、在り来たりな夢物語の様な話。
僕もこんな話信じていなかった。
伝説の勇者も。伝説の聖剣も。
全て創り話に過ぎないのだと、ずっと思っていた。
そう。あの人達が、僕らの村を救ってくれるまでは。
きっとあの人達は今頃最後の闘いに────
魔王の神殿
陰気な空気を漂わせるこの場所は死で満ちていた。
我こそは魔王討伐をと乗り込み、返り討ちとなった者達の屍。魔の物達の骸。
あちこちに戦いの爪痕が広がっている。
まるでここにいるだけで窒息してしまいそうな程の息苦しさだ。
そんな神殿の最深部、魔王の間で、今、人類の存亡を賭けた戦いに終止符が打たれようとしていた。
「はぁ……はぁ……!」
肩で大きく息をする4人の人影と、それらを遥かに凌駕する規格外の大きさをした怪物が対峙している。
『ククク……さすが……伝説の……勇……者……よ……』
魔術と魔剣の効果により、磔状態になっている怪物は、途切れ途切れに言葉を発した。
『今まで……この私をここまで追い詰めた者は……いなかったぞ』
「当然だ。俺達はお前を倒すため、万全を期してレベルをMAXまで上げてきた。そんじょそこらの冒険者とは覚悟が違う」
勇者と呼ばれた男は眩い光を放つ聖剣をカチャリと構え直すと、電光石火の勢いで駆け出した。
そして、
一気に魔王との距離を詰めると、仲間達により動きを封じられている魔王の四肢を足場に駆け昇り、
「はぁああああああっ!」
声高らかに飛び上がる。
そのまま大きく振りかぶった剣を、魔王の額に埋め込まれた、弱点である魔石目掛けて振り下ろす。
世界を恐怖に陥れた元凶に鉄槌を────
この素晴らしき世界に安寧を────
「やっちゃえ勇者!」
と、握る拳に更に力を込めながら叫ぶ男。
職業・暗殺者
名を『エイオス・レイジ』と言う。
「これで決めてッ……!」
同じ様に、体ほどの大きな杖を手に叫ぶ女。
その杖から発せられた莫大な魔力が、体力も残り僅かな魔王の動きを止めていた。
職業・魔術師
名を『ニア・ノードン』と言う。
「押さえ付けていますから! 早く!」
同様に叫ぶ男。
握られた歪な形をした魔剣から魔力を迸らせ、ニアと共に魔王の動きを封じながら。
職業・剣士
名を『ギルバート・アイン』と言う。
勇者は目を瞑る。
ここに来るまでに味わった艱難辛苦。仲間との思い出が、走馬灯のように脳内にフラッシュバックする。
この一撃で全てが終わる。
伝説の聖剣に導かれスタートした、気が遠くなる様な長き奇妙な冒険も、この物語も今日限りだ。(注:第1話です)
感慨深い思いを感じながら、勇者はゆっくりとその目を開いた。
そして、
「はぁああああっ!」
目の前に立ちはだかる人類最大の敵。
怪しげに紅く光る、魔王の弱点である額の魔石に、聖剣を突き立てる。
忌まわしき存在に。
全ての始まりの根源に。
『ぐ……ぐぉおおおおおお!!』
ピキピキと音を立てて魔石に亀裂が入ると、魔王の悲痛な断末魔と共に、薄暗い神殿内に、目を覆いたくなる程の閃光が満たされた。
今、決着の時!!!
◇
魔石を失った魔王はもう動かない。
まだ息こそあるものの、体はピクリとも動かない。ただその場に、巨大な銅像のように立ち尽くすだけ。
俺は静かに聖剣を鞘へと押し込む。
そして、全員が固唾を飲み見守る中、
『冥土の土産に聞かせたまえ……私を滅ぼした男の……貴様の名を……』
弱々しく言う魔王。
俺は一度訝しげな顔をし、これで最後。共に死闘を繰り広げた相手へのせめてもの餞なのだと自分に言い聞かせ、
「俺の名は……ジョエル! 勇者、ジョエル・ジョークハルトだ!」
敬意を払い、名乗ってやることにした。
『ジョエル……ジョークハルト……しかとこの胸に刻み込もう……』
怪物も満足げに微笑んだ。
綺麗に纏まりつつある中、
「奇妙な冒険になっちゃうから略さないであげてね! 本人気にしてるから!」
これで全てが終わったとすっかり安心しきった暗殺者エイオスがチャチャを入れてくれた。
「き、気にしてねぇよ!」
こんな時にコイツは何を言い出すか。暗殺者のくせに陽気な性格だから不思議である。
別に俺は自分の名がジョジョと略され、この魔王討伐の果てなき冒険を奇妙な冒険と言われることは、さほど気にしていない。
どちらかと言うとジョークと呼ばれ、アメリカンジョーク等のネタにされる方が苦手だった。
そんな俺達の馬鹿なやり取りを見た魔王はフンッと鼻で笑うと、
『ジョエルと……その一行よ。貴様らには私を倒した褒美をやらねばなるまいな』
なんて思いもがけない事を口にした。
「褒美!? まじで!?」
「お宝だったら超嬉しいんだけど!」
「良くあるパターンだと、この奥の部屋に~ってやつですよね」
そんな言葉を聞いてしまったメンバー達は一気に顔色を変え、すっかり舞い上がってしまっている。
が、
「くだらねぇ……この世界に平和が戻る。それ以外に何がいる。人々に笑顔が戻るだけで────」
「馬っ鹿! くれるって言ってんだ、もらっておこうよ? いりますいりまーす!!」
折角拒否しようとした俺の頭を叩き、エイオスが制した。
「ジョエルねぇ、あんたはいらないかも知れないけど私達は欲しいの!」
「ニアさんの言う通りです。ここまで頑張ったんですから。見返りの一つや二つ、現物で貰ったってバチは当たらないでしょう」
魔術師ニアと剣士ギルバートまでここぞとばかりにそれに続く。
こいつらと来たら、結局人類の平和より自分への見返りの方が大事なのか。
伝説の勇者のパーティメンバーともあろう者が、そんな小さな器だったのか。
「多少のお宝目当てでもなきゃ、こんな危険な冒険しなかったもんな」
エイオスの言葉に、三人は顔を見合わせながら大きく頷く。
「お前ら……」
俺はやれやれと首を振りながら、小さく溜め息を吐き、
「仕方ない。では魔王、やはりお宝を頂こう」
もらっておく事にした。
どんな金銀財宝かはわからないが、支配されていた世界では魔物に壊された施設等もある。それらを修繕、修復するにしてもお金はかかると考えたからだ。
俺達、勇者御一行の意を受け止めた魔王は、
『良いだろう。たっぷりくれてやるわ!』
どこにそんな元気が残って居たのか、声優さん喉傷めないだろうな、と言わんばかりの大声で叫んだ。
そして光を失っていた瞳に再び光を宿し、
「っ!?」
俺達へとその眼光を浴びせた。
なんだ? これで開かずの間に入れるようになるとか、そんな感じであろうか?
『ぐはははは!』
と、それを見た魔王は腹がよじれんばかりに馬鹿笑いを始めた。
こいつのテンションはどうなっているのかと思っていると、
「なに……? 急に体がだるく……」
握られていた魔杖をカランと床に落とし、続いてヘタへタとニアが地面に膝を付く。
「うっひょー! 美味そうなご馳走の山ですよぉおおおおお!」
ギルバートはそんな事を叫びながら、何もない空間ではしゃいでいる。まるで幻覚でも見ているように。
「ニアちゃん!? ギルちゃんんんんッ!」
あのエイオスも不足の事態に声を荒げた。
「魔王……貴様! 一体俺達に何をした……!?」
俺は直ぐ様魔王へと向き直った。
『私を倒したお前達にプレゼントだ。貴様らには呪いをかけてやったわ!』
「え?」
ノロイ? ノロイって……あの呪い? うっそ? まじで?
意味がわからず立ち尽くす俺に、魔王は言葉を続ける。
『いずれ私の前に伝説の勇者が現れ、私を滅ぼす事はわかっていた。ただその時を指を咥えて待ち、やられるだけと言うのは解せない。せめて一矢報いたいが為、私も呪術を習得しておいたのだ……この日の為にな!』
「ちっさ! 魔王まじで器ちっさ!」
真意を知ったエイオスが即座にツッコミを入れる。
俺の脳内でも、なんて余裕のある死に際なんだと思ってしまうと同時に、こんなの聞いてねぇよと言う感情が入り交じる。
『私だけが滅んでなるものか……勇者とその仲間達よ……貴様ら……も……道連れだ……ふはははははは────』
捨て台詞を吐き、高笑いの途中で、魔王の動きは完全に停止した。
さっきの怪しい眼光も、すっかり失われてしまっている。
俺は一度、最早動かない魔王の元へと近寄り、
「死んだか……」
しっかりと、魔王の死を確認した。
すると、魔王の体はサラサラと砂の様に崩れて行き、やがてその場から消え去った。
これで、世界には平和が戻った。
空を覆っていた分厚い暗雲も晴れ、また太陽の光の下で生きていけるだろう。
魔王の配下である魔物達が、街や人を襲うことももうないはずだ。指示を出すモノが居なくなったのだから。
世界救出の冒険もこれで終わりだ。
しかし、
「え? てか呪いって何? 俺らどうなっちゃうの?」
エイオスの言葉に俺も我に返る。
正直、こんな話聞いていない。
普通に聖剣を与えられ、最強の仲間を引き入れ、魔王を倒せとだけ言われてきた。
役目は果たしたのだ。
後は始まりの街に戻れば、英雄の凱旋である。
人々からは魔王を討伐した伝説の勇者御一行と讃えられ、王家が開く盛大な宴に招かれ、果てや石像とか造られたり、後世にまで俺達の功績が語り継がれて行く。
そんな感じになる手筈だ。
しかしなんだこれは?
魔王も魔王だ。何で最後の最後で呪いかけてくんの?
在り来たりなエンディングで良かったんじゃないのか。
あんな格好つけて名乗っておいて恥さらしも良いところだ。
こんなの嫌がらせ以外の何物でもない。
「あれ!」
と、声を発したのは地べたに座ったままのニアだ。
俺の方を指差している。一体どうした。
「ジョエル! 足元光ってる! 魔王が何か落としたっぽい!」
言われて見ると、確かに魔王が消えた跡には光るものが落ちていた。
何をドロップしたのかと拾い上げる。
「なんだこれ」
俺は入手したそれをしげしげと見つめる。
それは一枚の紙だった。
「何々!? 今度こそお宝の地図とかか!?」
と、エイオスが目を輝かせながらやってくる。
その紙には、下記のように記されていた。
勇者達にかけてやりたい呪いリスト
・ステータスダウン(0以下、マイナス値あり)
・魔法、呪文を忘れさせる
・斬撃型武器の切れ味低下
・銃撃型メンバーがノーコンになる
・寝ている時だけ頻尿になる
・持ち物の所持上限数を1にする
・幸せな幻覚を見せる
・魔物との戦闘から逃げるコマンドが使えなくなる
「ふざけてんのか!!!」
俺は紙をぐしゃぐしゃに丸め、地面へと投げ捨てた。
どんな魔王だよ。本当にただの嫌がらせじゃねぇか! てか魔王のくせに小物すぎんだろ!
「待ってくれ勇者」
俺の投げ捨てた呪いリストを見ていたエイオスが真剣な面持ちで、再び俺に紙を手渡した。
「最後にとんでもない一文がある」
「んだよ! なんなんだよ!」
イライラが募る俺はエイオスから乱暴に紙をぶん取り、最後の一文とやらを目で追う。
【前述の呪いをかけた上で、一時間毎にレベルが1下がり、レベルが0になった時点で、その瞬間もれなく死ぬものとする】
「はぁああああッ!?」
なんだよこれ、どう言うことだよ!?
動けるようになったのか、魔杖を杖代わりにしながらこちらへとやって来たニアは、
「やばいよ! ステータス確認してみたらレベル170まで上げたのに169になってる 」
なんだと?
俺も慌てて自分のステータスを確認する。
本当だ。レベル169になっている。
何より、
「攻撃力と防御力の値が0になっているんだが」
「俺もレベルは169になってる。何より俺の場合攻撃力こそ100残っているが防御力が-300と限界突破してる。多分これ豆腐の角に頭ぶつけただけで死ぬかもしれない!」
と、ステータスを確認したエイオスも続く。
ギルバートは相変わらず何もない所で幸せそうに何かを食べている素振りを見せているが、
「この分だとギルもレベル169でステータスが下がった感じか。ニア、ただでさえ手負いなのに呪いのせいでHPまで減ってしまった。とりあえず全体回復を頼む」
「いや、無理だよ?」
は?
「私、覚えてた呪文全部忘れちゃったもん」
何笑てんねん。
しかし、呪いリストに呪文を忘れさせると言う一文が書いてあったのを思い出す。
まじか。まじでか。
「何にしてもここに留まっている場合じゃないっしょ。とりあえず直近の村の宿屋にでも行って作戦を練ろう。凱旋はその後だよ、勇者」
未だ夢の中のギルに肩を貸しながら、エイオスが言う。
ここはエイオスの言う通りかもしれない。
「そうだな、ここにいても埒が明かん。ニア、まさかとは思うがダンジョンから一瞬で脱出出来る呪文まで忘れてるって事はないよな? あれは戦闘呪文ではないから免れているかもしれん」
ニアは俺の問いにフッと微笑み返すと、
「呪文系は全部忘れちゃった!」
だから何笑てんねん。
「まぁ仕方ない。脱出ロープも何個かあったはず。惜しみなく使おう」
「申し上げにくいんだけど、所持アイテムも世界獣の歯 (HP回復アイテム)一個だけになってるよ」
かばんの中身を確認したエイオスは、軽い感じに絶望的な事実を教えてくれた。
そうだった。所持アイテムも1個だけになるって書いてあった。クソッタレ。
しかし、と言うことは、
「この中を歩いて引き返すしかないって事か……」
魔王を倒したとは言え、この世界から魔物が消え去る訳ではない。
と言うことはだ、この魔王の神殿内にはまだ沢山の魔物がいる。
それらとエンカウントしない様に来た道を戻らなくてはならなくなったと言う訳だ。
メタルギア○リッドじゃあるまいし。
無駄に高レベルな雑魚敵が多かった事もあり、魔王戦前のレベル上げにと調子に乗ってここの敵を狩りまくってしまった。
ここの敵達に俺達は恨まれていると言っても過言ではない。
魔王を倒した程の相手とは言え、やつらの知能なら積年の恨み! とか言って襲って来かねない。
回復も出来ない。攻撃力も落ちてるみたいだ。むしろ、一撃食らっただけで死ぬ可能性が高い。
地図もなくなってしまったからにはさ迷いながら戻るしかないだろう。
本来ならこれで全てが終わり、平穏無事に暮らしていけるはずだった。
それがなんでこんな事になってしまったんだと、俺は深々と考える。
だから本当は勇者なんてやりたくなかったんだ。
生まれた時から勇者だと持て囃され、その気で生きてきたけど、中身は普通の男。
確かに人々の為と言って戦ってきたが、あんなの建前だ。魔王戦前に万全を期しレベル上げしたのだって、自分が死にたくなかったから。傷付きたくなかったからに他ならない。
仲間のレベルも上がりさえすれば、自分の負担も減ると思ったからだ。
だから本当は俺は勇者なんかの器じゃない。
◇
暗雲が消え、雲の隙間からは眩しいほどの光が、溢れんばかりの光が射してきた。
あの人達は、最後の闘いに勝ったのだ!
本当に伝説の勇者はいた。
あの伝承は本当だったのだ。
もう一度、会って心からのお礼を言いたい。
勇者様、そのお仲間様。世界を救ってくれてありがとうと。
僕もいつか、あなた達の様に、自分を犠牲にしてでも誰かの為に戦えるような、そんな強い人間になりたいと。
呪いのカウントダウン
運命の刻まで
あと7日 (レベル169)
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