「はぁ……」
転移の祠のワープゲートで、無事リンクシティからタンティータウンへとワープしてきた俺は、直ぐに祠の外へ出る事をせず、露骨に大きな溜め息を吐いた。
「ちょ……何勇者、その大きな溜め息。新章開幕早々の開口一番が溜め息から始まる小説とか、なかなか無いよ? 一応話聞いてあげるから言ってみ?」
主役のテンションがダダ下がりな最悪な章の幕開けとなる展開は、やはりエイオスに突っ込まれた。
「実は……以前ジョエルさんと僕は、このタンティータウンに立ち寄った事があるんです」
と、口を開かない俺の代わりにギルがエイオスに説明する。
「ん? まだニアちゃんも居ない時なん? またギャンブルですかんぴんにされた醜悪な思い出がある村とか言うんじゃなかろうね? 君達二人だともうそのイメージしかないんだけど」
「失敬な。僕はギャンブルなんてしていません。いつだって本気の勝負をしていますよ」
言い返すギルの目は本気だった。
「喧しいわ。で、何? この村と何の因縁があるのさ、君達は?」
「えぇ……以前この村の武器屋に入った時の事です。僕らが店に入ったその直後、強盗が襲ってきたんです」
そうだ。ギルの言う通り、俺達は何の気なしに武器屋に入った。そうしたら強盗に襲撃され、人質とされたんだ。
戦っても良かったんだが、下手に暴れて他の人質の命が危険に晒されるのも嫌だったから、大人しく捕まっていたのだ。
その後、衛兵の説得のおかげで無事釈放された俺達は疲労困憊で近くの飯屋に入った。
そうしたら、
「今度はその後、フラッと入った食事処で、他の客が何者かに毒殺されたんです。事件解決まで店から出ることを禁じられ、僕らはずっとドリンクバーを飲み時間を潰していました」
「え、その日の内に立て続けに事件に巻き込まれたの?」
言って、アネモネは不運だったねと付け足した。
あれは不運で片付けて良い事なのか。何て言うか、このタンティータウンって所は騒々しいんだよな。治安が悪いと言うか物騒と言うか。
「なるほど。だから良い思い出がないってことか」
「あぁ。ブリージアへの最短転移先とは言え、この村を一度経由しないといけないと言うのが、俺は些か不安だったんだ」
エイオスも俺の露骨なテンションダウンの理由を理解してくれた様で、
「まぁ、ちゃちゃっと通過しちゃえば大丈夫でしょ」
「そう……だよな……皆、ここは一つ、迅速に頼む」
皆も俺の不安な気持ちとトラウマを汲んでくれたのだろう。快く頷いてくれた。
皆も居れば大丈夫であろう。
俺とギルは目配せし頷き合うと、意を決して祠の扉を開け放った。
薄暗い祠内にほんのりと、月明かりが射し込んでくる。
そして、扉を完全に開けると、
「なんだよぉ。全然普通な村っぽいじゃん?」
外の様子を伺ったエイオスが拍子抜けした顔で言ってきた。
なんだと? 俺はてっきり祠の扉の外は、もうやれ喧嘩だ爆発だ銃撃戦だの、阿鼻叫喚騒ぎになっているもんだと思っていたのだが……
エイオスに続き外の様子を伺ってみるが、本当だ。凄くのどかな風景で、夜と言うこともあり静か。虫の鳴き声まで聞こえてくる。
魔王を倒したことで村そのものも平和になった……とか? んな馬鹿な。
「全然平和そうですね……」
言って、訝しげな顔をしながらギルが外に出た。
「たまたま前回は運が悪かっただけじゃないのー?」
アネモネもギルに続いて外に飛び出した。
まじでか? 本当はなんて事ない村だったのか? 俺達はたまたま1日の内に2回、不運にも事件に巻き込まれただけだったと言うのか?
「何にせよこの村に用はないワケだし、とっとと突っ切らせてもらおうよ。幸いにも夜で村人も外に居ないっぽいし」
「そうだな。早いとこおさらばと────」
その刹那────
後ろでドサッと、大きな物音がした。
俺は早速何かが起きやがったのかと思ったが、
「ニア!? ニアぁああああ!!」
アネモネの叫び声に、俺達は一斉に後ろを振り返った。
祠の外へ出てきたニアが倒れたのだ。
俺とギルは顔を見合せ、トラウマが脳内を駆け巡る。
村自体は平和なのかも知れない。だが俺達には何故か、ここが呪われた村かの様に、来れば何かしらのトラブルに見舞われてしまうのだ。
「ニア! 大丈夫!? 凄い熱だよ……!?」
アネモネがニアを抱き起こすも、ニアはうぅ……と辛そうに息を漏らすだけ。
三章になってから一言も発さないと思ったら、ニアめ具合が悪くなっていたのか。
これからただでさえ寒い雪の都・ブリージアを目指すってのに、こんな高熱のまま連れて行くワケにはいかないだろう。
「どうする? ワープゲートでリンクシティに戻るか?」
「いや、今のニアちゃんの状態でワープは負荷がかかりすぎてヤバイと思うよ……呪いのせいなのか、純粋に体調不良なのかはわからないけど……」
と、エイオスは俺の案を一蹴した。
でも、リンクシティに戻れないとなると……
「この村の宿屋で休ませるしかないっしょ。このままじゃ呪いを解く旅もクソもないもの」
「まじでか!?」
「そう……なっちゃいますか……」
ニアの事は心配だけれども、エイオスの意見に俺とギルは納得行かない顔をする。
「せめて、隣村の宿屋にするとか! この村だけはやめようぜ!?」
仮にリンクシティに戻れないにしても、他の村まで移動して、そっちで一夜を過ごした方が良い気がするのだ。
エイオスが俺のワガママにやれやれと首を振りながら、セレナに貰った地図を広げた。
そして、
「残念だけど、近隣に村はないみたいだよ? ここから結構歩いた先は、もうブリージアだ」
俺とギルに辛い現実を突きつける。
まじか。本当にここの宿屋で一夜を過ごすしかないのか。
「まぁ、全然平和っぽいし大丈夫っしょ? それに何かあれば村の警備兵だっているし、とりあえず一晩休むだけだから」
言って、エイオスは更に言葉を紡いだ。
「それにもう時間も時間だし、どっちにしても今日はここまでじゃないかな? アネちゃんも眠そうだし」
「んー……お腹も空いてるけれど、実はそれ以上にとてつもなく眠いのです……」
アネモネはショボショボする目を擦りながら申し訳なさそうに言った。
確かに、1日色々な事がありすぎて疲れて休みたいと言うのは正直な所である。
緻密な部屋での一悶着から、リンクシティを発ったのは日付が変わるか変わらないかの頃だ。
こうなるとノリと勢いでリンクシティを出発しないで、大人しく一晩過ごしてから出発すれば良かったと後悔してしまう。
明るい時よりも、夜の内にタンティータウンを抜けられればと思ってこその判断だったのだが、完全に裏目に出てしまった。
「ジョエルさん……あれから随分な月日が流れ、僕らには頼れる仲間が出来た。それ故僕らも変わった」
「ギル……」
俺は突然語りだしたギルを見つめる。コイツは何を言いたいんだ?
「僕らが変わったように、この村も月日を経て、本来あるべき平和な姿を取り戻したのだと、信じてみませんか」
「おぉ。ギルちゃん良い事言うね! 頼れる仲間ねぇ!」
何かを履き違え、すっかり気を良くしたエイオスがギルの頭を乱暴に撫で回した。
うーん。これは腹を括るしかないってことかね。
俺はもっと荒々しいイメージをタンティータウンに抱いていたが、ご覧の通り、村は大変穏やかだ。
明かりの灯った家屋から怒声が聞こえたりって事もない。
なかなかトラウマを払拭出来ないのは俺の弱さ故……か。
そう自分に言い聞かせた俺は、
「仕方ねぇ。これ以上ここで言ってても始まらねぇか。それにこの時間だ。万が一部屋が埋まったなんて事になったら、それこそ本末転倒。今夜はタンティータウンの宿屋で過ごすぞ」
これで一晩を明かし、何事もなく村を発つ事が出来れば、俺とギルのトラウマも綺麗さっぱりなくなるだろう。
あの日、立て続けに事件に巻き込まれたのは、本当にたまたまだったのだと。
宿屋に着くと、
「へい、らっしゃい。お客さんラッキーボーイだぜ。部屋は後二部屋で満室だったんだ」
【宿屋店主 バーボン・ヴェルディ 40歳】
店主のバーボンなるオヤジが気さくな感じに俺達を迎え入れてくれた。
リンクシティからローブをかぶっているおかげで、俺達は勇者御一行だと言うことはバレていない。
しかしまじか。部屋が埋まる前に入れたのはラッキーだった。
「ベルモット、この方達を部屋に案内して差し上げなさい」
と、オヤジがロビーへと声を飛ばすと、
「いらっしゃいませ。皆様のお部屋へご案内致します。どうぞこちらへ」
【宿屋の息子 ベルモット・ヴェルディ 18歳】
奥からひ弱そうな少年が姿を現した。
ベルモットと呼ばれた少年は、俺達に丁寧にお辞儀をすると、こちらですと先頭を歩き始めた。
俺達もベルモットについていき、店の二階へと上がっていく。
「お食事はお済みですか? もしまだの様でしたら、荷物を置いたらロビーにいらして下さい。簡単なメニューしかありませんが、直ぐにご用意出来ますので」
「アネ、腹ペコだょぉおおおお」
ベルモットの口から食事と言う単語が飛び出した事で、アネモネがぐずりだしエイオスの尻をひっぱたく。とつてもない眠気とやらはどこに行った?
しかし、俺達も空腹なのは事実。リンクシティに着いてからと言うもの、ずっとバタバタしていてロクに食っていない。
最後に食べた物は不死鳥のきび団子じゃないか?
腹ペコ過ぎて眠れないのも嫌だし、ここはベルモットの言う通り、とりあえずニアを寝かせ、荷物を置いたらロビーにでも降りてみよう。
②につづく
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