小一時間経っただろうか。皆それぞれ思うところはあるだろうが、次第に本来の落ち着きを取り戻した。
今は初めてセレナに招かれた時に話をした部屋に移動しテーブルを囲んでいる。
最初の時と同様に、セレナは皆に紅茶を振る舞って席についた。
わかってはいたが、俺を始め野郎3人は相変わらず紅茶はフラスコに淹れられた。
俺はそんな紅茶から昇る湯気を見つめながら、
「俺達は……意地でも呪いを解くぞ」
再び空気を壊すことになるかも知れないが、改めて俺達の目標を言の葉に乗せた。
俺の口から飛び出した当たり前な目標を聞き、
「当たり前でしょう? その為に私達は今動いてるんだ」
ニアは泣いて腫れぼったくなった目でそう言った。次いで、その顔を何を言ってるんだと呆れ顔に変える。
しかし、俺と共にトミーとの別れに立ち合ったエイオスは俺の考えを理解したのか、
「トミーと約束したんだよ。魔物は、過去の記憶を引き継げるのかはわからないけど、死んでもまた転生出来るって言っていた」
トミーの転生理論を語った。
「それは……アネも聞いたことあるかな」
と、紅茶を口に運びながらアネモネが頷く。
確かにアネモネも同じ魔物だし、トミーの言う転生論を知っているのも不思議ではない。
「何か知ってるのか?」
「うん。エイオスの……トミーの言う通り、魔物は死んだらまた転生するんだよ。ただ、人間に生まれ変わるとか、動物に生まれ変わるとかってのは絶対になくて、また魔物になるんだけど」
アネモネは珍しく真面目な面持ちでそう言うが、それが本当なら、絶対にこの世界から魔物が絶えるって事はないのか? 確かにダンジョンとかで一回そのフロアの敵を狩り尽くしても、一度別のフロアを経由すればまた復活しているのはそう言う事なのか?
魔物事情を知らず、すっかり頭の上に?マークを浮かべている俺達を余所に、アネモネは更に言葉を紡ぐ。
「また魔物になるって言っても、他の魔物になる事はないの。例えば、私はまたアラクネーに転生するし、トミーはまたキマイラに転生する。その時、今この瞬間の記憶があるかはわからないけど……奥底にはあってほしいと思うよ。こう言う楽しかった時間とか、いつまでも覚えていたいし、こんな人達が居るんだよって、他の皆にも話してあげたいし」
「少し、わかった気がします」
と、ギルが頷いた。本当にわかったのかよ?
「とどのつまり、アネさんはアネさんに、トミーはトミーにしかならないと言う事ですね!」
自信満々に言って、ギルは満ち足りた顔をしていやがるが、なんか違くね?
皆も、ん~~……と言葉に詰まる。
「惜しいと言えば惜しいし……違うと言えば違うかなぁ……」
あながち間違いではないが、どこか的はずれなギルにアネモネも苦笑した。
「でも、さすが魔物。よく知っているわね。私達は魔物界の常識とか全然知らないから、勉強になるわ」
好奇心旺盛なニアは、自分の知らないことを知るのが好きなのだ。
今知らされる魔物転生の話は、ニアにとってとても興味深い物となったようだ。
「アネも死んだ訳じゃないからわからないけどね♪ 学校でそう習ったから」
「え、学校なんてあんの!? 魔物にも!?」
なんていつもの様に突っ込む元気が出たとなると、エイオスもだいぶ復活したようだな。
「あるよー! だからお父さんとお母さんも、記憶こそないかもだけど、またアラクネーとして生きているはず!」
「……その節は、なんかすみませんでした」
久しぶりにアネモネが俺を睨んだ気がしたので、謝っておくことにする。
お父さんとお母さんがまたアラクネーに転生したとしても、アネモネの事は覚えていないかも知れないんだろう?
なんか悪いことした気になってきてしまう。
「えっ。てか、その魔物転生理論が本当なら、魔王も……転生しちまうのか? また魔王復活! とかなっちまうんだろうか?」
ここで、生まれた一つの不安と言うか疑問を口にすると、アネモネは、
「さぁ? あのおっさんは転生出来ないんじゃないかな? 嫌いだからわからない」
と、心底興味なさそうに言った。
転生出来ない? 何故に? アイツも魔王であり、魔物の王だろ? アイツだけ例外的に転生出来ないとかあるのか?
しかし、今そんな話をした所で皆の意識はそっちには向いていないし、興味の対象にもなっていない。
万が一魔王が復活したらしたで、また倒せばいい話。その為にも俺達は呪いを解くのが先決だ。
「とりあえず、アネモネの話によれば、トミーはまたキマイラに転生するって訳だ。キマイラって種類だけで見れば、何匹も居る。どいつがトミーの転生体かは見た目では判断出来ない。記憶が本人にない以上、それはトミーじゃないかも知れねぇし、トミーかも知れねぇ。とにかく、皆で沢山居るキマイラの中からトミーを探し出す。
だから俺達は絶対に呪いを解くんだ。仲間との約束を果たす為に」
「ジョエルさん……」
ギルが言葉に詰まる。が、大きく頷き、
「えぇ。絶対に呪いを解いて、そしてまたトミーに会いに行きましょう」
「……一人も欠ける事なく……ね」
とニアも続く。
「アネもトミー見つけるよ! トミーの匂いは覚えたもん!」
本当かはわからないが、アネモネもすっかり乗り気だ。
皆でお互いの顔を見合せ頷き合う。
呪いを解いた先の明確な目標が出来た事で、今はもう皆その目に生を宿らせている。
残るメンバーのセレナはずっと黙ったままで答えない。嗚咽こそ止まったが、まだ俯いている。
と思いきや、
「ジョエルさん……死の秘本をください」
言うが早いか手を伸ばしてきた。その目は未だ真っ赤だった。
まだまだ泣き足らないだろうに。
「……あぁ。そうだったな」
俺は懐から死の秘本を出し、そのままセレナに手渡した。
受け取ると、セレナは年季の入ったハードカバーに目を落としながら、
「あの、ジョエルさん……私とも約束、してくれませんか?」
か細い声でそう言った。
「……約束?」
「私、タイムリミットまでに呪いを解く方法を探し出し、全力で皆さんをサポートします。だからその……もし、皆さんの呪いが解けて、トミーを探しに行くって時には……私も一緒に連れていってくれないでしょうか?」
言って、セレナが俺を力強く見返した。
「え……?」
予想外の言葉に俺は目をぱちくりさせた。
そんな俺のアホ面を見てなのか、ニアがプッと吹き出した。
「えっと……セレナちゃんね、確かに俺達だけで勝手に盛り上がっちゃってたけど、ここにいる全員、今の話は君も一緒にいる前提で話をしていたワケよ?」
決して、お前も行くのかよ? と言う意味で俺が変な顔をしたのではない。
何故俺が変顔をしニアが笑ったのか、全然わかっていないセレナに、エイオスが説明する。
それでもまだセレナはわかっていない様だ。
こいつ、友達いないって言ってたもんなぁ。だから疎いのかな。
「あのな。約束だとかそんなんじゃねぇ。俺達の言う、皆でトミーを……の“皆”には、既にお前も含まれてるんだよ」
「え……?」
セレナが益々目を丸くする。
「俺達は、セレナの事をもう仲間だと思っているし、友達だと思っている。皆でって言ったら、お前も一緒に行くに決まってるだろうが。ってか、行かないと言っても無理矢理連れていく」
「優等生と言いつつ、セレナさんも大概バカですね」
言いながらギルが笑う。
皆も大概バカだけどさ。お前に言われたら終わりだと思うのだがね。
だが、本当にセレナはバカだ。友達や仲間になるのに理屈なんてねぇ。気付いたらなってるってもんだ。
「皆さん……」
セレナは再びその目に涙を浮かべ、
「……ありがとうございます」
掠れた声で囁いた。
「え、もし本当に呪い解けたらさ、私にも魔術教えてよ! セレナさん色々詳しそうだし!」
と、新たに強力な協力者が出来、ニアも笑顔を浮かべた。
「セレナが居れば、絶対大丈夫だね!」
言いながらアネモネはセレナに抱きついた。
「私、こんな風に友達に囲まれた事ないから、上手く言えないんですけど……凄く嬉しい……」
アネモネに抱きつかれたまま、それを追い払う事もせず、セレナは瞳を潤ませ微笑んだ。
「さあ、次はどこに行くの!? ジョエル!」
と、ニアが次なる指示を俺に仰ぐ。
「そうだな────」
「ちょっと待って?」
お後が宜しいようでと、俺もすっかりその気になり次なるミッションを口にしようとしたその時、エイオスがそれを遮った。
「この流れをぶった斬るとかお前ふざけんなよ?」
「微塵もふざけちゃいないよ!? いやね、セレナちゃんも行動を共にする感じ? なのかなぁって」
「今更何を言っているんですか? エイオスさん」
「そんな蔑んだ目で俺を見るんじゃないよ、ギルちゃん! いや、セレナちゃん学生だよね? 卒業制作云々言ってた記憶があるんだけど、学校放置して一緒に来れるのかな? 危険な冒険だし、万が一俺達のせいで卒業出来ないとか、約束された将来の道を閉ざさせちゃうとか考えると気が退けて……」
と、エイオスは自分の不安を吐露した。
②につづく
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