「緻密な部屋が崩壊している……お前達、早く背中に乗れ! 逃げるぞ!」
言うが早いか、トミーは呆気に取られたまま呆然としている俺とエイオスを咥え上げると、乱暴に自分の背中の上に乗せた。
「え、幻覚じゃないの? まじで?」
未だに現実と幻覚の区別がついていない俺達を余所に、トミーは螺旋階段の上から飛び下り、猛スピードで駆け出した。
後ろから、少しずつだが確実に闇は迫り来る。ゆっくりと、俺達に恐怖感を与えるかのように。
「賊の侵入を許し、貯蔵品まで持ち出された。侵入者も排除出来ない様な、穴だらけなセキュリティのこの部屋は終わり。また新たに姿を変えるつもりだ! この崩壊は言うなればスクラップ&ビルドのスクラップ……!!」
全力疾走をしながらトミーが言う。
崩壊し出したり、部屋もなりふり構わなくなって来やがった。
本棚から飛び出してきた本は俺達目掛け、一直線に飛んでくるし、飾ってあった絵画からはナイフや槍、剣が飛んでくる。
刺し違えてでも賊を仕留めてやる……って所か。いよいよクライマックス感満載だ。
トミーは息も吐かせぬ勢いの攻撃の嵐を掻い潜りながら皆の元に走っているが、これちゃんと部屋から出られるのかね? さっき入ってきた出口なくなってたよね? 閉じ込められてたよね?
入り口へと目を向けると、皆も今俺達の身に降りかかる事態を前に右往左往している。
「皆さん! 今こそ謎のプリンを使ってください! こうやって!!」
ガラにもなくセレナが声を張り上げると、鞄から取り出した謎のプリンの容器を取り出した。
そして、それをプッ○ンプリンの要領で逆さまにし中身を出すと────
「膨らんだ!?」
ニア達が驚嘆の声を上げる。
まるで遊泳具のスイカボールみたいに、プリンは一瞬にして膨らんだ。と言うか、巨大化した。
「このプリンの中に飛び込んで下さい! 脱出します!!」
言葉と同時に、セレナは見事な飛び込みフォームで躊躇う事なくプリンの中に飛び込んだ。お手本の特権か、いの一番に戦線離脱しやがった。
もう今のプリン巨大化とかも幻覚なんじゃないかと疑心暗鬼だ。
しかし、ここまで炎のアミュレットをはじめ、不死鳥のきび団子と、セレナ印の緻密な部屋対策アイテムは全て大活躍している、言わばMVPだ。これらが無ければ死の秘本を入手する事すらままならなかった。
なら今一度、セレナ印のアイテムの世話になるしかない。この際体が甘くなりそうだなんてワガママは言わねぇ。
そうと決まれば、
「お前ら、セレナを信じて言う通りにしろ! プリンを開けて、同じ様に飛び込むんだ!!」
俺はトミーの上から連中に向かって声を飛ばす。
皆気後れしながらも、セレナに習い容器を開け、あたふたと巨大化したプリンの中に飛び込んだ。
この期に及んで、あのプリンに入った事で次の展開がどうなるのかは気にしていられない。
どっちにしたって、このままあの闇に呑まれ、部屋と一緒に消滅するよりかは幾分マシな結果になってくれるだろう。
俺とエイオスもポケットからプリンのカップを取り出す。
「やるしかないよね? 他に方法ないもんね?」
「ちっ……インドアな筈がとんだスペクタクルだぜ」
お互いに頷き合うと、俺達はトミーの進行方向の先に向かってプリンを放り投げた。
地面に打ち付けられ容器から飛び出したプリンは、やがて先程と同じ様に巨大化し、俺達の進路を塞ぐ壁となった。
「トミー、あと少しだ! そのままプリンに突っ込め!! 脱出だ!」
「わかってる!!」
トミーが足に力を入れ、更に加速しようとした時、
ズザザザァ────
飛び交う一本のナイフが右後ろ足に突き刺さり、トミーは前のめりに盛大に転んだ。
その拍子に乗っていた俺達の体は放り出される事となった。
「いてて……おぃいいいいッ、トミー! 大丈夫か!?」
頭を擦りながら起き上がり、トミーへと向き直る。
「俺とした事が、部屋の外での暮らしが長すぎたかな。だいぶ体が鈍っちまっていたらしい……こんなモノに足許を掬われるなんて」
舌打ち混じりに言うトミーは、俺達を見据えると、
「俺に構わず早く行け、勇者。暗殺者。闇はもう直ぐそこまで来てる!」
バカなことを口にした。
確かに、運良く俺達が放り出されたのはプリンの真ん前だ。
だからって何言ってんだ。トミーを置いていく事なんて出来っこなかろうよ? 短い間ではあったが俺達はパーティだった。仲間だったんだよ!!
「ば、バカな事言ってないで早く来い!」
「ここまで一緒にやって来たじゃない!? 何言ってんのさ!?」
俺とエイオスが声を張り上げ手を伸ばす。
しかし、倒れ込んだトミーは、
「残念だけど動けそうにない」
「体に鞭打ってでも動け! お前も一緒に来るんだよ!!」
居ても立ってもいられず、俺は言葉と同時にトミーの元へダッシュで引き返し、その大きな尻を押した。
「本当にバカだな。お前如きの力で俺を動かせるわけないだろう……」
「うるせぇ……絶対にお前も一緒に帰るんだよ……!」
「勇者……」
「お前はもう……俺達の大事な仲間の一員なんだ! だから見捨てたりしねぇ……お前も動く努力をしろ。足を引きずりながらでも良い!」
俺は歯を食い縛り、踏ん張りながら大きな尻を押すが、トミーの言う通り、俺程度の力ではトミー程の巨大な体はびくともしない。
「聞け、勇者、暗殺者」
「!?」
「俺は魔物だ。死んでもまた転生し、この世に生を受ける事が出来る。この記憶を引き継げるかどうかまではわからないが、もしまた会えたなら、今度はもっとじっくり、冒険の話や俺が知らない外の世界の話、そして……お前達の事を聞かせて欲しい。何かのきっかけで、これまでの事を思い出すかもしれないからな」
言うトミーはいつになく優しい表情だった。
「バカ言ってんじゃねぇって!? おま────」
俺の言葉を遮って、トミーは俺の首根っこを咥えると、エイオスが待つプリンの前へと俺を放り投げた。
「お前達との冒険、凄く楽しかった。短時間だけど随分長い事旅した気分だ」
「トミー……」
微笑みかけるトミーを見、エイオスが目を潤ませた。
「俺は魔物なのに……俺の事を仲間だと言ってくれて本当に嬉しかったぜ。人間相手にこんな気持ちになったのは魔物をやっていて初めてだ」
「……ッ!! トミー!」
俺も目頭が熱くなるのを感じながら、嗚咽混じりに叫んだ。
止まることなく忍び寄っていた闇は、遂にトミーの下半身を呑み込み始める。
「おいおい、勇者御一行ともあろう者がこんなことで泣くな。いつかきっと、また会えるから。それと、セレナを……宜しくな。アイツ、俺しか友達居ないとか言ってやがったからさ」
依然として微笑むトミーの瞳の奥からも、一筋の涙が零れ落ちた。
そして、
「さぁ、行けぇえええええええッ!!!」
咆哮の様な声を上げた。
②へつづく
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