「モンダイナイーノ・トツギーノ♪」
え? 何?
陽が沈み、裏門へと移動した俺達に、突然セレナから小バカにしたような軽快な物言いで、謎の言葉を掛けられた。
「さぁ、参りましょう!」
「参りましょうじゃないよ。ねぇ、何? 今の問題ないからね~みたいなやつ」
と、例の如く先陣を切ってエイオスがツッコミを入れる。
「あぁ♪ 今のは姿が透明になる魔法です♪忍び込むに当たって、学生の私が見えている分には良いですが、部外者の姿が丸見えって言うのもアレなので。なので皆さんの姿を透明にしてみたんです。皆さん同士では普段通りに姿が見えていると思いますが、私からは皆さんの姿は一切合切見えていません」
対するセレナはエイオスの目を見返しながら、そう返答した。
なるほど。確かに透明になっていればある程度身動きは取りやすいな。
「え! アネ達、今透明になってるの?」
「アネさん、つつかないで下さい! 僕ら同士では普通に見えてるんですよ」
なんて、皆自分が透明になっていると言われて大はしゃぎだ。
しかし、エイオスは、
「え? 本当に透明になってんの、これ? 今セレナちゃん、めっちゃ俺と目合ってたよね? 俺ここにいるの把握してたよね? 独白でも俺の目を見返しながら~って書いてるし」
「見えてませんよ?」
と、セレナが眉根を寄せながらエイオスを睨み返す。
「ええ、いやいや嘘だよぉ? 絶対見えてるよね? ほら、今もめっちゃ俺の事睨んでるもん!」
「もう! 見えてないって言ってるじゃないですか! 行きましょうジョエルさん!」
セレナはプイッとそっぽを向くと、言いながら俺の背中を押した。
いや、やっぱり見えてるんじゃねーかよ!!
学校の中はすっかり人の気配が無くなっていた。陽も沈み暗くなった校内は、不気味さで溢れていた。
しかし、これまで何度となく薄気味悪いダンジョンを攻略してきた俺達からすれば、魔物も出てこない校内なんて、平和な平原を散歩するのと同じ事。
後は校内を警備する人々にさえ見つからなければ何て事はない。
本当かどうかわからないが、セレナの魔法のおかげで透明になっているようだし、とりあえず大手を振って徘徊できている訳である。
「で、緻密な部屋ってのは何処にあるんだ?」
廊下を歩きながら、先頭を歩くセレナに声をかけた。
するとセレナは悪びれる様子もなく、さも当然のように、
「わかりません」
「わからないなんて事あるの!?」
「緻密な部屋は、毎秒ごとなのか、毎分ごとなのかは定かではありませんが、ランダムに場所が変わるんです。だから、正確な場所と言うのは私には勿論、この学校の先生にもわかりません」
「そんなどこにあるかわからない部屋にどうやって行けって言うんですか!?」
と、ギルバートも声を荒げた。
「でも、存在が知られているって事は、ただの噂話って訳でもないのよね?」
「さすがニアさんです。その通り、不慮の事故の様に、いつもの教室に入る感覚で緻密な部屋に入ってしまった生徒も居ますし。私の場合は、友人から緻密な部屋の話を聞いて知ったんですけどね」
そこまで言うと、セレナは何かを勿体ぶるように間を空け、
「緻密な部屋育ちの友人に」
緻密な部屋育ちの友人?
「えぇ。魔物なので、友人と言うのは語弊があるかも知れないですけど、私の大切なお友達なんです。私、入学当時から周りから一線退かれてしまう所があって、なかなかお友達も出来なくて。だから、魔物でも私の唯一無二のお友達なんですよ」
魔物がお友達……ね。世界が魔王に支配されていた時だって、そうやって心の優しい、人なつっこい魔物だっていたんだ。
これからは魔物との共存を説いて行けば、きっと今よりも豊かな生活を送れるに違いない。
人間には人間の、魔物には魔物の。お互いに得手不得手がある。
それを補い合って行ければ、と俺達はこの旅の中で思ったんだ。
「セレナがそう言うくらいだ。きっと良い魔物なんだろうな」
「なんか俺は耳の大きい妖精と言うか、ゴブリン的なのが出てくる気がしてならないわ」
エイオスの不安は相変わらず別の部分にある様で、さっきから強烈に何かを恐れている。
「ここですね」
ある部屋の前に着くとセレナは足を止めた。
ダンジョンの様に入り組んだ校内を随分な時間徘徊した気がする。
ここから来た道を1人で戻れと言われても、さっき入ってきた裏門に戻れる自信はない。
それこそ、窓を破って外に出るでもしない限り不可能だ。
ここの生徒はこんな迷路のような校内を毎日行き来しているのか? 迷子になって授業に遅れる生徒だっているんじゃなかろうか。
「ここって……」
言いながらニアが教室のドアに貼られた看板に視線を移す。
「はい♪ 音楽室です♪」
セレナは満面の笑みで答えてくれた。
「音楽室が緻密な部屋なのか?」
「あ、いえ! ここが緻密な部屋ではないんです! ただ、ここにそのお友達が隠れているので……ここからは彼に道案内をお願いしないと、私にも緻密な部屋の場所はわかりませんから♪」
言われて理解した。そう言うわけか。
さっきセレナの言っていた緻密な部屋育ちのお友達とやらになら、今どこに緻密な部屋があるのかがわかるのだろう。
故に、ここからの案内役として、その彼の出番と言うわけだ。
「どうしたのよ? エイオス」
「あぁ……彼が来るよ来るよ? ここまで色々パクってお叱り来ても俺知らないからね?」
魔法サイドの話になってからずっと何かに怯えているエイオスは、訳のわからない事を言う。
そして、セレナが音楽室のドアを空け、顔だけを教室内に覗き込ませると、
「……トミー? トミー?」
彼とやらの名前を呼んだ。
「おぅふ……名前も似てた。絶対あんな感じのヤツが出てくるわ、これ」
エイオスはまったく……と言った感じにブンブンと首を振った。
「出てきませんね?」
「そうね?」
と、いつまで経っても現れないトミーとやらを不思議に思い、ギルとニアが顔を見合わせる。
「あれぇ……トミー? いないの? 私よ、セレナよ?」
不思議そうに首を傾げながら、セレナがもう一度お友達の名前を呼んだ。
すると、
バキバキバキィ────
耳をつんざくようなけたたましい音を立てながら、ライオンの様な見てくれをした巨大な魔物・キマイラが音楽室の壁を突き破って俺達の前に姿を現した。
「…………」
俺はその場に尻餅をつき、腰が抜けて動く事も声を発する事もままならない。
え、何この獰猛な魔物。これがトミー?
てっきり普通にドアから出てくるもんだとばかり思っていたから意表を突かれてしまった。
てか何食わぬ顔でさも当然の様に壁突き破って来たんだけどコイツ。
びっくりして口から心臓飛び出すかと思った。まだバクバク言ってる。
「え、セレナちゃん? この方は……どちら様?」
同じ様に尻餅をつき、魔物を見上げながら、震える声を押し殺しエイオスが質問した。
一方のセレナは壁から顔を出した魔物の鼻をよしよしと撫で回しながら、
「はい? このファンタスティックなビーストこそがトミーですよ♪ 私のお友達です♪」
何とも良い笑顔で振り向きそう言った。
しかしその裏では魔物改めトミーがヨダレを垂らしながら牙を剥き、今まさにセレナに食い付こうとしている様にも見えた。
「ちょちょちょ! セレナさん! 後ろ! 後ろぉおおおおッ!!」
「食べられちゃうううう!!」
ニアとアネモネがあまりにもショッキングな光景を前に目を手で覆った。
しかしセレナは、
「HAHAHA♪ 大丈夫ですよ、トミーは人を食べたりしませんから♪」
お友達との久しぶりの再会を喜んでいる様だった。
いやいやいや。セレナはそう言うけど、絶対トミー隙を見て食おうとしてるって。
魔物と人間の共存、これ本当にいけるのか?
俺達で説こうと思っていた説だけど、本当に大丈夫なのか不安になる光景を見てしまった気がする。
「トミー。私達ね、緻密な部屋に行きたいの」
そんな俺達の心配を余所に、セレナはどんどんと話を進めていく。
セレナに話の本題を聞いたトミーは目を丸くし、
「緻密な部屋に!? 一体何をしに?」
「うぉ! 喋った!?」
「しかも声超可愛いんだけど! 金○朋子みたいだ!」
まず喋ったことにもびっくりだし、ニア達女子組はその声の可愛さにもびっくりしている。
そんな俺達はすっかり放置され、セレナがトミーへ事のあらましを説明した。
「実はこの人達、魔王の呪いにかかってしまっているの。私の持っている呪術書には呪いを解く術が載っていなくて……」
アレは呪術書じゃなかったろうが。ハリー・ポ○ターの原作本だっただろうが。呪い解く術なんて載ってる訳なかろうよ。
「緻密な部屋に保管されているアレを使えば、その呪いを解く方法がわかるんじゃないのかなって……だからトミー、お願い! 今、緻密な部屋が何処にあるのか教えて欲しいの!」
「緻密な部屋が何処にあるか教える事は出来るけど……セレナ、本当にアレを持ち出す気かぃ? もしバレたら退学だけじゃ済まなくなる……大魔術師になれる未来が約束された君が、そんなリスクを犯してまで何故?」
そこまで言って、トミーは凄まじい目力で俺達を一瞥する。
まるでコイツらはセレナの何なんだと言わんばかりに。
そして、
「大体、コイツらはセレナの何なんだい?」
言った。
その目は、さながら床にこぼれた牛乳を拭いた雑巾を見るような目つきだった。決して勇者御一行に向けて良い目ではない。
「この人達も私の大切なお友達なのよ、トミー。それに、この人達は魔王を倒し、この世界を救ってくれた伝説の勇者様と、その御一行様。英雄なのよ」
「コイツらが……伝説の勇者御一行……?」
と、トミーは怪訝な顔をすると更に俺達に顔を寄せ、その姿を確認しようと見定める。
ここで俺も完全に気付いたけど、やっぱ俺達の姿普通に見えてるよね? これ全然姿消えてないっぽいよね?
トミー匂いで判別してる感じしないし、セレナに至っては俺達を指さして「この人がジョエルで、あの人がギルバートで」って説明してるもん。多分絶対見えてるわ、これ。
「むぅ……」
セレナに緻密な部屋への案内を頼まれたトミーは低く唸った。さしずめ悩んでいる様にも見えたが、長考の末、
「わかった」
「ありがとう♪ トミー♪」
快い返事に、セレナはトミーの鼻の頭に抱きついた。
しかし、トミーは難しい顔をしながら、
「だがこれだけは約束しろ。緻密な部屋には、アレ以外にも魔術や呪術に関するアイテムが多数眠っている。それらはあまりに危険ゆえ門外不出とされた物。絶対に手を触れないと、約束して欲しい」
俺達の目的はセレナ達の言うアレとやらだけだ。他の物に興味はねぇ。
「それに、部屋の中にはそれらを守る門番がいる。戦闘にならないのが一番なのだが、部屋の物を持ち出す以上、ヤツらとの戦いも免れまい」
「敵が居るっていうの?」
と、トミーの言葉にニアが眉根を寄せた。
戦闘になるとなると、俺達には実に都合が悪い。
何せ武器は武器でなくなり、魔法も使えない。今やダウンにダウンを重ねたパラーメーターも相まって、最弱と言っても過言ではない程なのだ。
しかも、ここは魔法学校。恐らく相手は魔法を使ってくるだろうし、その魔法の内容によっては全滅しかねない。
「こんな時の為にぃ……セレナ印の装備品を持ってきましたー♪」
不安そうな俺達に、満を持しての登場とでも言いたげな感じにセレナがバッグから何かを取り出し、それを俺達個人個人へと手渡した。
「これは? リングですか?」
「はい! これは炎のアミュレットと言うアクセサリー装備品になります」
装備品の名前を聞いたエイオスはOh……と気の抜けた顔をする。
「でも、俺達に装備なんて意味ないぜ? 装備品付けてもパラメーターが変わらないんだ。魔法だって使えないし」
「ところがどっこい! このアミュレットには私の魔力を封じ込めてあります。言わば使いきりタイプの魔法のリング、とでも言いましょうか。パラメーターこそ増減はないかもしれませんが、これがあれば魔力が一切ない人でもリングの中に私の魔力がある限り、炎の魔法が使えるんですよ♪」
セレナの言葉を話し半分に聞きながら、俺達はおもむろにリングを指に嵌めてみる。
俺達が全員炎のアミュレットを身に付けたのを見届けると、
「嵌めたら、炎よ燃えたぎれ! と心の中で念じてみてください♪ インスタントのリングですので簡易的に念じるだけで炎を巻き起こせます」
決して呪文を考えるのが面倒だった訳ではないですからね、と付け加え、セレナは微笑んだ。
ギルやニアは普段から魔力があるからわかるのだが、俺の様に元々MPも0で、一切魔法の類いに縁のない人間からすれば、本当にそれっぽっちの事で炎を起こせるのか甚だ疑問である。が、ここは賢者の飯を作ったセレナの腕を信じ、騙されたと思って念じてみることにした。
万が一にも誰かに火が燃え移らないよう、誰も居ない箇所に手をかざし、
────炎よ燃えたぎれ! と。
すると、俺の心に応じたかの様にアミュレットが輝き出すと、次の瞬間にはぶわっと炎が舞い上がった。
この至近距離で、熱風が俺の体にも吹き付けた。
「す……すげぇええええ!!! 俺初めて魔法使えた!!」
思わず俺のテンションも急上昇する。
皆も例に習い、各々に炎を出現させ、
「おおぉおおおおおッ!」
「凄いです! セレナさん!」
「私久しぶりに魔法使えた……やっぱこうでないとねぇ♪」
「ちょ、熱いって! やめてよアネちゃん! 人に向けないで!」
まるで花火をする子供の様にはしゃいだ。
「出掛けに急遽用意したので不安でしたが無事使えるようで安心しました♪ 呪いで魔法自体が一切使えないのかとも思ってましたけど、元々魔力を持っている装備を使えば魔法は使えるみたいですね♪」
魔王の呪いの穴を新発見したセレナは満足そうに頷き、その事実を秘密のノートにメモした。
そして、
「後、これも皆さんにお渡ししておきます」
「これは?」
俺達に再度お手製のアイテムを手渡してきたセレナはそれぞれを手に取り、一つずつその解説をする。
「緻密な部屋は幻覚を見せる事もありますので、その時の気付け用のアイテム“不死鳥のきび団子”と、脱出時に使うかもしれない“謎のプリン”ッス」
「ぶっ込んで来るね!? ここぞとばかりにぶっ込んで来るね! キミどんだけハリー・ポ○ター好きなのよ!? 語尾……ってか口調変えてまでとか、意地でも全部ねじ込もうと言う気概を感じるわ!」
アイテムの名前を聞いたエイオスはここぞとばかりに溜まっていたツッコミを解放する。
「俺もうわかった。わかったわ! この分だと、革カバンの囚人とか出てくるぜ、これ?」
しかし、それを聞いたセレナは、
「緻密な部屋に出てくる門番は“アズキパンの囚人”ですよ♪」
何言ってるんですかエイオスさん、とセレナは笑った。結局囚人出てくるんかい。
俺達がセレナの名付けセンスの話ですっかり談笑モードになっていると、
「セレナ……来る!」
何かを感じたトミーが突然壁から抜け出し、全身の毛を逆立て廊下の暗がりを睨み付けた。
「えっ?」
「来るぞ。緻密な部屋がこのフロアに……」
呪いのカウントダウン
運命の刻まで
あと5日 (レベル141)
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