山奥の林に囲まれた中にある神社の鳥居をくぐる。
足元から堅い感触を返してくる石造りの道を、足音をたてないようにゆっくりと歩いていく。
紅い蝶が近くを舞うのを見て、私は季節の巡りを実感した。
(春か……。もう……2年も経ったんだなぁ)
自分の運命が決まった運命の日からの時の巡りを感じずにはいられない。
それから今もずっと恋をしている。大好きな先輩に。
先輩のためなら、私はどうなっても構わない。そう思えるくらいに、私はあの人たちを慕っている。
戦いは痛いし、辛いこともあるけれど、きっと喜んでくれると思うから。私は今日も、先輩にとっての悪と戦うのだ。
「女神は芽吹きを迎える。世を照らす奇跡を思い浮かべて救世を願いましょう。想像とは創造。祈りは現実へと変わり、女神の血肉となり、完成へと至ります」
信徒は並び、神官の前で手を合わせて目を閉じる。
神父やシスターが集まり、神へと祈りを捧げる光景によく似ているが、まさかそれをこの島国で見るとは思わなかった。
これはこの場にいる人間の祈りを力に変え、私の仇敵である女神とやらへと送る儀式だ。神官の役割は18歳くらいの青年が行っている。
私には静観するという選択肢はない。あれは先輩の敵。
右手に着けた指輪、指輪に意識を傾けて目を閉じた。
想像するのは片手で持てる拳銃。光弾を中で生成して射撃する、現代の銃としてはスタンダードなタイプのもの。
次に目を開けた時には、想像した通りの代物が右手に握られていた。
同じ要領で左手の中に、黒い柄の短刀を創り出した。
普段愛用しているこの2つの武器は、先輩にとっての悪を滅ぼす武器だ。
息を整え、狙いを定める。
標的は中央の神官。
引き金を引いた。
聞き慣れた炸裂音と共に、放たれた紫の光の筋が、神官の心臓を貫通したことを確認した。
「が……!」
祈りを捧げていた多くの人々が、するはずのない異音を聞き、目の前で起こった殺人を見て、混乱を始めてしまった。
厄介なことにならなければいいが。
「皆様、どうか、社の中へと避難を……!」
神官の言う通りに一般人の皆が避難する。恐怖に震えていてもこの神官の存在があるからか、慌ただしくしても、発狂する人間は現れなかったようだ。少し安心した。
私の狙いはもとよりあの男だけ。力のない者まで殺してしまうつもりはない。
「我々を恨む少女がいるらしいと聞いていたが、こんな僻地にまで訪れるとはな」
なかなか死なない。ならば向こうは何らかの方法で即死の一撃を無効化したということだろう。油断は禁物だ。
「儀式をそのまま容認することはできない。……この社も、最近建てたものだろう? これなら下手なカルト宗教の方がまだうまくやる」
神官は左腕に着けた銀色の腕輪を見せびらかした。
「正義の味方を装う必要はないぞ? 組織の証であるこの腕輪。人間を神へと変えうる奇跡を、お前の師匠は許せなかった。故にお前も我々を狙う。これが遍くの救いになりえると理解しながら、悪に身を堕とし、我らを否定する」
「……それが分かっているのなら話は早い」
私は銃口を向けた。
瞬間。
左手に持っていたはずの銃が弾き飛ばされた。
神官の仕業だ。たった一瞬で今、目の前にいる。
「我らが神に狂い果てたお前の救済を乞おう。抵抗するな、哀れな少女よ」
その手に一本の白い剣が握られていることを確認。それを使い高速の剣戟を繰り出してきた。
見てこの男の強さが分かる一撃だ。だが遅い。それは光速には遠く及ばない。先輩の剣戟の方がまだ速く、重く、鋭い。
そこに至っていないのなら、自分ができる限りの神速を持って迎えればいい。
短刀と白剣が、甲高い激突音を響かせた。耳を貫くのかと錯覚する音だ。
相手に特別な感情はない。ただ敵を屠ることだけに意識を傾けた静かな殺意を向けるのみ。
私は、突き出される連続の刺突を、躱し、捌《さば》きながら後ろへと距離をとり、跳躍でさらに離した。
「動くな」
「……ぇ?」
その言葉と共に足がまるで石になってしまったかのように動かなくなる。見ると、上半身は動くものの、脚が白い鎖のようなもので固められている。
目を開けたまま。意識を集中させる。
敵を穿つ巨大な鉄の棘が地面から突然迫り出し貫く光景を想像する。
私の頭に思い描いた光景が現実となり、地面はひび割れ、そこから想像したものと同じ凶器が現れる。
「燃え尽きろ」
しかし、その棘は男に届く直前、白い炎によって燃え尽きてしまう。
私はそれが気に入らないから舌打ちをしてしまった。
「私も想像力は豊かな方でね。対応はできる」
男は剣を構えゆっくりと近づく。
「度し難いな。思慕という感情は下手な洗脳より厄介なものだ。貴様に救いなど、何もないにもかかわらず、お前は道を間違え続ける」
そんなことは分かっている。それでも怒りが沸いた。
――オマエガ。オマエラガ、ソノザレゴトヲハクカ。
「別世で幸せになれ。悪魔よ」
自分が今何をしても対応されるのは先ほどの攻防で分かった。攻撃をするなら、相手の意識の外から。
攻撃の意思を明確に伝える。
相手が何かの攻撃に移行しようと、剣を振り上げた時にその命令は受諾された。
射撃音。光弾が剣を握っている手に向けて放たれる。それは先ほど、弾き飛ばされた銃からのものだ。
「なに……! どこから」
私の攻撃は手首を確実に貫き、穿った傷から赤い花を描く。持っていた剣は、支えとなっている握力を失い地面へと墜落する。
相手の集中が途切れたのだろう。私の足が動くようになったのを感じる。
走った。隙を見せた相手へと一気に近づく。
右から、地面と水平に短刀を振り抜き、その刃を敵に刻んだ。
男から追撃は来なかった。勝利の後は、儀式を停止させ、巻き込まれた一般人の様子を確認することに。
集まっていた人間の多くは無害な人間だけだ。神官が殺されたことを告げても、私に襲い掛かってくる者は1人もいなかった
特別処理をする必要性を感じず、次の目的地へと向かおうとした。
地面に無様に転がっている、まだ息のあった男から私に向けて言葉が飛んできた。
「2年前……からか。君は、無謀な戦いを、続けてきた、のか。だが、それで何が変わる。大人になれ。今のお前では、どれほどの努力をしても行き着く先は地獄だ」
男は死に際とは思えない流暢な言葉で明奈へ憐《あわ》れみを向ける。
その目はとても気持ち悪く感じた。
憐れみなど私への侮辱だ。
私はこの道を自分で選んだ。それは、人生の中で初めて決めた未来。
この世界に恐怖しか感じていなかった私を導いてくれた先輩のために、恩返しとして自分ができることをやろうと。
(先輩、喜んでくれるかな)
少し心を弾ませ、喜ぶ2人に頭を撫でてもらう妄想をしながら帰路を歩く。
立ち止まっている暇はなかった。この後はもう1つ、滅ぼさなければいけない悪を滅ぼしに行かなければいけない。
まず1つ戦果をあげられたことに少し満足しながら、帰り道、血の色にも見える紅い蝶がふわふわと飛びつづけていたのを見て。
その時を鮮明に思い出す。
2年前、すべてが変わったその日を。そしてそこから始まった幸せな日々を。
彼女の過去に何があったのか。 次回から3人称視点になります。 そこで彼女の強さの秘密を、恋の秘密を全て語っていきます。 第1章 The girl was left behind 次回より開幕です。
※メモ書きで書いてから本文にコピーして書いているのですが、こちらにコピーした際に字下げがなくなるようです。わざわざ直すのには時間がかかりますし、字下げをする時間があったら次の話を書く時間に充てたいこと、1行開けをしているため字下げがなくても見にくいわけではないこと、以上をふまえ、現在はこのままいきます。
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