奨は光刀を訓練に使わない理由をここで挟んだ。
「光刀は初心者でも扱いやすい反面、金属を模した真刀に比べ脆い。逆に真剣は確かに重さもあるし、扱いにくいが頑丈だ。相手の攻撃を剣で受けたり、弾いたりなど、防御をしっかり行うことができる」
明奈は木刀をしっかりと持って振ってみるが、相手の攻撃に反応して防御に使えるほど器用に素早く振れるイメージは明奈には湧かない。明奈の二の腕がふるふる震えているのを見て、奨は少し微笑む。
「まあ、そのうち慣れていくさ。それまでは精進あるのみだよ」
「はい」
「よろしい。ここまで質問は?」
「ありません」
「よし、それじゃ、いよいよ剣術の話をしていくとしようか」
奨は空中に展開している映像を切り替え、話の続きを始める。
最初に奨は初期研修の初回と言うことで、必要な知識の話をすることにした。
倭で刀を用いた戦い方が研究されるようになったのは、数奇な偶然ではなく必然だったと言える。
古来より倭は侍と刀の国。海外でそのような誤認識が広まる程度には、倭において日本刀というものが有名な武器として名を馳せている。
それは誰かがそのように積極的に発信したからと言うわけでなく、自然な流れでそうなったという。
古来より、泰平の世がくる以前から、刀は倭の武人たちの象徴だった。決して武器として使わなくとも、持っているだけで戦う者だと相手に意識させる物と言ってもいい。
その見目は実に脆そうな、反りのある曲刀だったが、外見からは想像もできない切れ味を誇る。
平和な世になってもその存在が霞むことはなく、数多の伝説に、名刀、妖刀の伝説が残り、またその美しい外見は美術品として重宝された。
また、幾多のフィクションの中でも、刀は使われ、本来の見た目や使い方から多少改変されたりはしたが、その物語の際立たせる物品として活躍してきた。
そして現代、テイルが普及し倭が家の領ごとに分裂して小競り合いや紛争が絶えない現代。刀は再び武器として振るわれるようになった。
刀が再び武器として普及するようになった理由は、以上のように刀というものを見慣れているからだ。
テイルでの物品作成に必要な具体的想像をするにあたり、やはり見慣れているものでの成功率は非常に高い。倭で最初に作成に成功したテイルの武器は刀だったという記録も残っているのはそういう理由もあってだろう。
もう1つの理由としてはコストの点だ。刀を一振り作るのに使用する粒子量はおよそ200。少し質を上げても300程度。これは、通常使われる通常光弾20、30発分程度だ。
テイルで作った刀は物を切断する象徴として存在し、物を切断する行為においては圧倒的な攻撃力を有する。
通常光弾20000発を耐えられる硬度のシールドを一振りで斬り裂くほどの攻撃力を持っているものをテイル粒子300程度で作れるのは、非常にコストの面で効率的だと言える。
当時の軍事に関係する者は、この倭ならではの特徴とメリットへの可能性に賭け、武器の開発技術で勝負するのではなく、倭ならではの強みをつくろうという方針を取った。その行く末が今の倭における、刀を用いた戦闘技術の結晶なのだ。
接近しなければ相手に攻撃すらできないという問題には2つの方針で対策を取った。
1つ目はそもそも接近をしなくても良い攻撃方法を考えること、そしてもう1つが接近しやすくするような技術や方法を開発するということ。
1つ目の方針の成果としては、テイルを用いた攻撃〈データ〉が存在する。剣を振ったところから斬撃をエネルギー化して射出する〈撃月〉、テイル粒子を他の使ってしまうが、視界にある自由な場所に剣での斬撃を再現させる〈風刃〉など、一般的に使われているものもあれば、個人オリジナルなものも存在する。
そして2つ目に関しては、倭が世界に誇る技術と言っても過言ではない成果を見せたと言ってもいい。
「お前も迎賓館前で見た空中に展開する対テイル攻撃用シールドはこっちに属する。他にも」
奨は指を鳴らすと、目の前にいたはずの奨を明奈は捉えられなくなった。5秒後再び同じ場所に姿を現した奨に明奈は驚きを隠せない。
「こんなふうに自分の姿を透明にする〈透化〉や、低性能のセンサーやレーダーから自分を察知できなくする〈霧中〉など、相手が自分を認識できなくなる支援データも存在する」
再び奨が口を閉じると、明奈との10メートルほどの距離を一瞬で詰め、明奈の後ろへと高速移動すた。
「こんなふうに自分の体を好きな方向に一瞬だが爆発的に加速させる〈爆動〉をはじめとする、相手に近づいたり距離を取ったりするための支援データも存在する」
奨は研修を始めたときと同じ位置へと戻った。
「これらはすべて刀を相手を斬ろうと近づくために開発された技術で他にもいろいろある。ちなみに、俺が基礎研修で教えるのはこっちだ」
そしてその後、1番目の攻撃支援技術についての話もする。
「攻撃支援の〈データ〉はデバイスに入れてすぐ使おうとしても扱いが難しい。今君が学ぶべきはどうやって生き残るかだ。剣を振らせるのも、戦いの術を教えるのも、襲撃されたときに生き残るため。だから殺す術はここでは教えない」
奨は傭兵でありながら、その弟子に殺す術は教えないと言い切る。初期研修としては信じられない言葉だ。
源家の子供は消費物だ。愛情をもって接するか徹底的に使い潰すかは個人に委ねられるが、それぞれが主人の役に立つように教育されるべきである。
なぜなら子供は、買い手に役に立つために必要な知識を与えて、役に立たせなければわざわざ購入した意味がない。
「そんなことでいいの? 奨くん」
と光が、奨の話に割って入る程度にはかなり異例な行為だ。
「明奈。俺にとって一番迷惑なことはなにか予想できるか?」
「え……?」
「まあ、言ったことはないから分からないだろうが」
唐突な明奈への質問の真意は、明奈の役に立てないという憂いを持つ可能性をを消すことと光への回答をすること。
「お前は俺と明人のものだ。買った以上はお前の未来に責任をもつつもりだ。けど、いざ襲撃を受ければお前を守りながら戦うことが難しい場面も多い。最初は俺や明人が、お前を気にすることなく戦える状況にするのが最優先だ」
「先輩にとって足手まといなのは、私を気にすること、ということですか?」
「そうだ。だから、俺達の支援なんてものは考える必要はない。場慣れして思考をより柔軟に巡らせられるようになってからの話だ。何か質問はあるか?」
明奈は少し上機嫌に首を振る。
「……顔が笑ってるな」
「あ、その、申し訳ありません……」
「いや、怒っているわけじゃないんだ。ただ、今までの話にどこか笑うところがあったのか気になってな」
明奈は慌てて、その小さな理由を答えた。
「あ、その。なんか教えているときの雰囲気が、春さんの授業に似ていて。教える時にわざわざ教材を用意して丁寧に教えてくださるところとか、たびたび質問があるか尋ねてくるところとか……」
「そうか。それはなんだかうれしいな」
奨が少し嬉しそうな顔をしたのを見て、明奈も表情が明るくなる。
徐々に豊かな表情を見せるようになる明奈を見て、傍観者の明人がニヤニヤとしていた。
徐々に心を開いてくれている、という実感からきた明人のその表情を、近くの光は苦笑して覗いていた。
戦闘補助データ:デバイスには、脳内で行われた想像を記憶し、次回以降は想像をデバイスが記憶したデータを元に行うことで、使用者がテイルを補充するだけ使用可能になる機能がある。これは物質ではなくても適用され有用なものはそのデータがコピーされて世の中に広まっている。戦闘面においては、高速移動ができる〈爆動〉や斬撃を飛ばす〈撃月〉など多種類存在し、それらは自分で想像しなくても、データを購入するだけで使用でき、多くの者の戦いを補助している。
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