Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

29 ~4月1日

公開日時: 2020年12月25日(金) 00:35
文字数:4,170

その日、明奈は早く起きた。


早く自主練をしたい、という思いが募った結果だと言える。


自分にできる限りの朝の準備をしておこうと、明奈は下の階へと向かう。


現在朝の3時。それでも1階の電気がついていた。つまり誰かが起きて活動をしていると言うことだ。


(先輩たち、起きてる。早起き……なんだな)


話し声が聞こえてくる。当然、その声は奨と明人のだ。


「その内容で明奈が理解できるわけないだろ。もっと専門用語減らせ。それかもう少しゆっくり話せ」


「そうか……どこがいかんのじゃ?」


「じゃって、何寝ぼけてんだ。明奈のために本気でやるって言ったのはお前だ。男に二言はないよな?」


そう言いながら白紙に何かを書きなぐる。何の話をしているかはすぐに分かった。自分の研修の準備をしている。睡眠も足らず2人で。


いつも2人は、自分の布団の準備をして、電気まで消して、おやすみ、と明奈を2階に送り出していた。もちろん、昨日の夜11時もそうだ。


それが演技だったのだ。


「明奈の寝顔を見てリフレッシュするのー」


「煩悩垂れ流すのはやめろ。明奈が気を遣わないように寝たふりをしようって言ったのもお前だ。俺だって明奈が寝るまで寝たふりするのは辛いんだぞ」


「うう……ここに来るまで研修内容は練っておくべきだったなぁ。ふあああ」


「次あくびしたら、ワサビ突っ込むからな」


「やめろって……」


目をこすり、キーボードをいじっている。自分の意図したデータに仕上げることができるのも1つの仕事だ。明人はわざと壊れたデータを明奈に毎回用意し、それを教材に使っている。


「そういえば、そっちの研修はどうなんだよ。お前から見て明奈は」


「剣術の方はまだまだなんだけど、料理の方は結構いい感じだ。手先が器用なんだなきっと」


「たのむぜ、明奈は将来俺のご飯をつくってくれるお嫁さん候補なんだから」


「お前さ、俺の前だからって少しは自重しろよ?」


「いいじゃんかよー。少しは楽しい未来考えないとやってられないぞこれ」


明奈は迷う。


ここで2人の前に出ていって、自分のために無理をしないでほしいと言うか、奨と明人の好意を邪魔しないべきか。


「でも、これで、明奈が少しでも自分の力にしてくれるのならそれでいいんだよ。奨だってそう思って付き合ってくれてるんだろ?」


「まあな」


成長してくれるのならそれでいい。


これまでも、何度も同じようなことを言われている明奈は決心する。


今は余計なことをしないでおこうと。その代わり、もっともっと努力して、すぐにでも2人の役に立てるぐらいには追いつこうと。


(がんばらなきゃ……!)





日記。


3月26日。


その日は成長を実感できる一つの機会だったと思う。


ようやく剣術の第一段階の修業で100球を凌ぎ切った。


奨先輩も嬉しそうだったように見える。


「すごいな明奈」


「そう……ですか?」


「ああ。剣の振りに無駄がなくなった。毎日夜遅くまでよく素振りをやっていた成果が出ている」


「あ……見ていらっしゃったのですか?」


自分の不器用な練習の光景を見られているのは恥ずかしかったけれど、


「もちろん。それが師匠というものだろう。俺も師匠にはずっと見てもらっていたからな。よく頑張った」


褒められたことも、自分の努力をしっかり見ていてくれたことも嬉しかった。頭がふわふわする感じ。


「前の訓練も軽々とできるようになるまでは続けるぞ。次に支援データの訓練を行う」


「こんなにも早くですか?」


「まずは〈爆動〉と〈抗衝〉の2つ。これらは自分が高速で移動する際には必ず2つ1セットで必要になる。後は対テイル用障壁、通称シールドと呼ばれるものだな」


〈爆動〉は以前も少し説明があった通り自分を加速させるだけの力を好きな向きで発生させるもの。仕組みは非常に難しい物理的計算の話になってしまうそうで、簡単に爆発的な威力の追い風を発生させるものという認識でいいそうだ。


しかし、それだけでは進むだけで止まれず、ものにぶつかったら衝撃をそのまま受けることになる。そこでもう1つの支援データを使う。それが〈抗衝〉というデータらしい。


こちらも簡単に言えば衝撃吸収材の代わりを担うもので、怪我する可能性のある衝撃を自動で緩和する薄い膜を自分に張り、強すぎる衝撃や圧力から身を守るものだ。


この2つにより、テイルを使えば人は高速移動ができる。


次の訓練はその2つの支援データと剣を使って、いよいよ実戦を想定した訓練を行うらしい。


「今度は練習用の球を放ちながら、俺がお前を追いかける。お前はこれまでと同じように剣で弾きながら、俺から10分間逃げ続けるんだ。もちろん、球に当たったり俺に捕まったりしたらその時点で終了。〈爆動〉と〈抗衝〉の2つの使用は認める」


私はこの後、2つの戦闘支援データの使い方ついてと空中展開用の障壁の使い方を教えてもらって、2つ目の訓練を1度体験した。


難しい。それは1つ目の弾く訓練の数倍。


しかし奨先輩曰く、この訓練を簡単にできるようにならなければそもそも話にならないという。


そうは言っても、弾は今まで通り赤と青が混ざって、今度は前からだけでなく、いろんな方向から迫ってくる。


きっと先輩はあらかじめ弾道を設定して、弾の飛ぶ軌道を変えているのだろう。


剣で可能な限り弾いて、どうしても対応できないところを障壁を使って防ぐ。展開された障壁は私の動きに合わせて移動し、任意の場所を守ってくれる。しかし、体全部を守ることは、テイル保有量を考えると難しく、10分間続けるためには木刀で弾き続けなければならない。


ここまででも相当な難易度。そしてさらに怖いのが先輩だった。


先輩は支援データを一切使っていないのにとても動きが速い。今日は、奨先輩が動き始めて10秒逃げられた日はなかった。木刀で接近を防いでいいと言われたけれど、当たらないし、牽制するだけの余裕もない。


「ははは、まだまだだな?」


「はぁ……はぁ……はい……」


訓練が終わった後、涼し気な顔で私を見る先輩。


明日以降もまた大変そうだ。頑張ろう。






日記。3月30日。


最初はよく分からなかったデバイスのデータいじりも、少しずつ慣れてきた。


そこで私は、いつもは明人先輩にやってもらっているデバイスのメンテナンスを自分で全部できないか試してみた。


キーボードをテイルで作成し、それを使って少しチャレンジジしてみた。もし自分で自分のデバイスをメンテナンスできるようになれば、少しは明人先輩の労力を減らせると考えたからだ。


結果は自分の未熟さを実感することになっただけだ。


読めるところもあるが、まだまだ理解が及ばないところがほとんどで、頭を悩ませているところを見つかり結局手伝ってもらうことになってしまった。


明人先輩はあくびをしながら、


「まだ難しいだろ?」

と言い、自分にメンテナンスは任せるように諭す。


結局私はまだまだで迷惑をかけてばかりだ。


「なあに、気にすることはないさ。いつか君が自分でできるようになったら、その時は俺の分もお願いするからさ。いわゆる出世払いってやつだ」


私の数十倍速いスピードで私と自分のデバイスのメンテナンスを、明人先輩は終わらせる。


「しかし、なんで急に一人でやろうと思ったんだ?」


その質問に、いつも眠そうだったからと答えると、意外な答えが返ってきた。

「ああ、寝不足を気にしてくれてたのか。でも心配ないよ。実は徹夜はここに来る前からよくやるんだ」


明人先輩は、奨先輩や自分の新しいデータの開発やデータをアレンジを行うために夜に集中してやることが多かったらしい。


明人先輩はやると決めたことはしっかりやらないと気が済まないらしく、結果深夜、もしくは次の日の朝になるまで、仕事をしてしまうのが癖なのだそうだ。


「だから、寝不足は気にしないでいいよ」


そうはいっても最近の寝不足は、明らかに私のせいだ。少しでも明人先輩の力になれないか。


私は思い切って、

「何か私に手伝えることはありませんか?」

と訊いてみた。


しかし、明人先輩はそれをやんわりと断り、大丈夫だと宣言する。

私もさすがに眠そうな明人先輩をそのままにしておけない。今度は奨先輩に相談してみた。


すると、奨先輩は、今日の料理の研修で夜食という、夜に食べる料理を教えてくれることになった。


糖質を控えめに、胃にあまり負担をかけない料理がいいらしい。わざわざ食材を多く買ってもらって、様々な料理を教わった。


早速明人先輩のために作り置きをすることになった。


奨先輩曰く、明人先輩は私に格好つけるとのことだったので、私のつくった料理は奨先輩に薦めてもらうことになった。


夜。


私はこっそり夜更かしして、こっそりと1階を覗いていた。


少し眠そうに何かの準備をしている明人先輩に奨先輩から話しかける。


「そういえば、罠の準備は進んでるか?」


「ああ……ふわあ。まあな。けど、これ使ったからって、俺は源閃ほどの男を止められるとは思えないぞ」


「いいんだ。1分でも稼げれば、それが勝ちにつながる。悪いな、手間かけて」


「デバイスのメンテと新しい武器の開発は俺の仕事だからな。しかし、お前の求める罠を想像するのは大変だ。何とか、想像して創ったものをデータにして、中身を改造することで形にしたものだから、質も保証できないからな」


「それでも助かるよ。俺は想像力が人よりも乏しいからな。お前にはいつも助けられてる」


そう言って奨先輩は、夜食の乗ったお椀を差し出した。


「お、夜食か?」


「最近よく頑張ってるからな。たまには体に悪いことしてもいいだろう。ストレスは溜めすぎるとそれはそれでよくない」


「おお。美味そう……」


用意したのはわかめのスープ。奨先輩に手伝ってもらったが、一応私が頑張って作ってみたものだ。


「温まるぜ……美味い。そして湯気が目にもいい。ありがとなー」


「良かったな、可愛い女の子からの贈り物だぞ」


「へ?」


明人先輩は声を裏返した。


「明奈が、最近疲れているお前に何かしてあげたいっていってたからな。これは明奈の手作りだ」


「まじか。マジかー!」


「慕われていてよかったな。明日お礼言って好感度上げとけよ」


「ああ。いやあ。へへへへへへへへ」


「嬉しいのは分かるが、その笑い方はやめろ」


喜んでくれている。良かった。


これからも作ってあげよう。今度は奨先輩の分も。それくらいしか今の私にはできないけれど、少しずつ、恩返ししていきたい。



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