Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

37 奨と春と莉愛先生(前)

公開日時: 2021年1月14日(木) 00:37
文字数:2,592

登場人物


太刀川莉愛:奨の育ての親。18歳の女性で、倭には珍しいベージュのロングヘア―に黒の瞳を持つ傭兵の少女

奨:莉愛に拾われた孤児の1人。可愛げのないガキ

春:莉愛に育てられている子供の中でのリーダー格の少女。莉愛を敬愛している。

フラム:莉愛が預かっている孤児の1人。弱気。

奨は孤児だった。そしてかつてはただの人間として、〈人〉のために奉仕するだけの存在だった。


元々奨は赤ん坊の頃、両親に売られた子供だ。〈人〉の一族である籔島家が管理する村で労働力として働かされていたらしい。少ない食事と過剰な労働で周りの子供がどんどん入れ替わっていたというのは覚えていた。


奨の記憶がはっきりしているのは、その村が人間の傭兵団に襲撃されたときからだった。その傭兵団は村にいる籔島家を全滅させることが目的だったという。


章は期待していなかった。これまでも多くの人間たちが飯島家を滅ぼすべくその地へとやってきていた。日々人間の子供が使い潰され死んでいくのを見ていられない者たちが反旗を翻し戦う。


しかし、籔島家が負けることはなく、暗殺すら成功しない。今までの反逆者は全員テイル粒子を抜かれ植物状態となってゴミのように捨てられ、下働きの奴隷の子供たちに見せしめとなった。


それを何度も何度も見せられれば子供ながらに理解するのだ。抗うことは無意味であり、自分たちは道具として捨てられていくしかないと。


しかし、ある日来た傭兵団は違ったのだ。構成員はほとんど20歳未満の未成年者も多く、使う武器も特別なものはない。


それでも結果は違った。


その傭兵団はこれまでの雑魚とは比較にならない連携の制度で、籔島家の長男と次男を斬殺すると、他の一家の者たちににもひどい傷を負わせ、撤退へと追い込んだのだ。そして、籔島家で買われていた子供たちを次々と誘拐していった。奨もその時連れだされた。


「俺を連れだしてくれたのは綺麗な女性だった。莉愛と呼ばれていた刀の使い手が、俺を抱きかかえて外の世界へ連れ出してくれたんだ。後で聞いた時、俺と連れだした当時15歳なんだから、驚いたよ。すごく大人っぽく見えたんだけどな」


籔島家での監禁生活が終わり、傭兵団に連れられてやってきたのは孤島だった。


そこには集落があり、農地があり、多くの瓦屋根の見える木造建築が並んでいたまさに倭の国の原風景というべき場所。


奨が最初に驚いたのは、その場所で多くの子供たちが町を自由に駆け巡り、笑顔という見たことのない奇妙な顔で走り回っていたことだった。そんなことがこの世界であり得るのかと。


その島は傭兵団の本拠地であり、依頼先で見つけた子供と共に生活をしている楽園だったのだ。


莉愛も傭兵団の1人として自分で面倒を見ると他の仲間に言い、奨を自らの家へと連れて帰ったのだ。


『君も今日から私の仲間。よろしくね。私は、貴方に生きててよかったって思ってもらえるよう、頑張るから』


莉愛の家には数人の子供が一緒に暮らしていた。


どの子も偶然同い年だったのだが、奨は一緒に暮らし始めた当時、彼らと仲良くしようとも、だからと言って頑なに関係をつくることを拒んでいたわけでもない。


莉愛と一緒に暮らしながら、奨を含め子ども達は日々の生活に必要な労働を手伝った。


朝起きて、布団をたたんで、その後朝ご飯の準備をして、一緒に朝ご飯を食べる。その後家の掃除。昼は、莉愛の管理する畑や田で作物をつくる手伝いをしたり、傭兵団の一員がが先生となっている寺子屋で勉強する。午後5時から7時までは自由時間。夜ご飯を食べて、寝る準備をして寝る。


毎日がそれの繰り返しで穏かに過ぎていく。大きめに作られた木造一戸建ての住宅で、奨は莉愛や共に暮らす子供と共同生活をしていた。


新たな仲間として、元々いた子供たちは奨を歓迎していた。生活に慣れるようにいろいろと奨に物事を教え、仲良くしようと積極的に話しかけていた。


奨もそれを拒まずいろいろと教わりながらコミュニケーションを取っていた。


しかし当時の奨は、可愛げのない子という表現で表すのが相応しい。


1年も誰かと一緒に暮らせば、何か恩人である莉愛や他の仲間たちとの関係に、良し悪し関係なく進展はあるものだが、奨の場合はそれがなかった。


話しかけられれば話す。やってほしいと乞われればやる。そのときは嫌な顔はせず、良い表情を莉愛や他の生活仲間たちに見せていた。


その一方で、自分から誰かに話しかけることはなく、誰かと一緒にいようともせず、自分の仕事が多くても誰にも手伝ってもらおうともせず、気づいたらいつも1人で座ってたり寝転がっていたりする。


そして極めつけは、子どものくせに、自分の感情を露わにしない。するのは愛想笑いに見える笑みだけ。痛い思いをしても、意地悪されても、笑うか真顔か。


一緒に住む子供たちは、当時さすがに困惑を始めていた。いい同居人なのは分かるけれど、どう接したら心を開いてくれるか分からないと。


莉愛が育てている子供たちは、彼女の教育がしっかりしているからか、有り体に言うといい子たちだった。だからこそ、当時の奨を心配してしまうのだ。何か自分たちが奨を困らせているのではないかと。


莉愛もそれは把握していて、3日に1回程度、自身の本業に影響が出ない程度で、奨と何度も言葉を交わしていた。


「でも毎日が楽しかった。だから何も心配しないでいい。俺は先生にそう言った。それでも莉愛先生も他の奴も納得してくれなかったのは、あの時なんでか本当に分からなかったよ」


別に気にかけなくていい。


自分はこのままでいい。誰かのために生きることは十分に幸せだと。


それだけを常に訴える彼を、莉愛はどうしても認められない様子だった。これは奨も後に知ることだが、莉愛もまた孤児でここに連れてこられた子供だった。


しかし莉愛は奨のように、自分が幸せだと思ったことはなかった。当然今の暮らしに不満はない。人間であるにも関わらず、満足いく生活を送ることができているのだから。


しかし、莉愛には夢があった。それは、いつかこの小さな島から飛び出して世界中のいろんなものを見て回るという夢。


そんな莉愛から見て、奨は将来に希望を持っていない様子に見えたのだという。


現に奨は口にした記憶はないそうだが、ある日においては、居場所をくれた莉愛先生の為なら命を賭けてもいいくらい好きだしいつ死んでももう悔いはない、と言ったらしい。


当時、奨はまだ9歳になったばかり。


莉愛にとっては、奨が人間らしく生きられなていない、思考を歪められてしまった〈人〉の被害者なのだと映ったそうだ。


そして、その様子を近くで見ていたひとりの同級生、春もまた、悲しそうな目で奨を見る莉愛を見て、奨の意志に納得を示さない1人だった。

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