Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

chapterⅠ 白き蝶は思慕と戦いによって彩られる

プロローグ1 彼女の悪夢

公開日時: 2020年11月19日(木) 23:42
更新日時: 2020年11月19日(木) 23:44
文字数:3,568

「四十番」が漢数字なのはわざとです。

彼女は目を開ける。


そこは倭のどこかにある街の中。


各地で炎が上がり、すぐにでも肺が焼けそうなほどの熱を空気が帯びていた。


その中を、未だ15歳にも満たないだろう少年少女たちが、手に各々の武器を持って整列していた。彼女もまたその中の1人。


およそ40人ほどが6行5列で並び綺麗な長方形を作っている前で、白い直剣を片手に持ち彼らよりは大人に見える18歳の男子がいる。その目、その佇まいは若いながら支配者にふさわしい覇気を纏っている。


彼が子供を前に威風堂々と立ち彼らに指示を出す。


「倭を統べる12家のうち、親人間派を名乗る八十葉。我らはその理念のためにあらゆる悪と戦うために己を磨いてきた。そして今、ここは戦場となった。お前たちが何をもって我らに貢献をしていても、ここにおいて、お前達は戦わなければならない」


その男は〈人〉。八十葉家の重臣である源家の次期当主だ。彼は目の前の教え子たちに演説を続ける。


「敵は既にこちらへと向かっている。発見次第迎撃。これ以上の蛮行を決して許すな。行け!」


子供が走り出す。


ここは戦場だ。何かが放たれる音。建物が崩れる音。爆発。紅い液体がたまりに滴る音、断末魔。身の毛もよだつような音が、闇と炎ばかりのこの地に響き続ける。


自分達が所属している家が管理する土地を侵略し、我が物にしようとする侵略者。12の土地に分かれた倭という島国の中では日々起こることであり、それ自体はたいした事件ではない。


地獄と化した街を駆ける少年少女たちは、その外敵に対抗するため集められた戦闘員だった。


イヤホン型の小型通信機から音声が耳に飛び込んでくる。


「200メートル先、標的あり」


返事の必要はない。この通信機は双方向ではなく、街の外にある指令拠点にいる自分の主である〈人〉からの命令を、一方的に部下に伝えるものだった。


撤退は許されない。保身に走ることは、反逆とみなされ後に死刑となるだけだ。だからこそ、この場でともに走る多くの同胞たちは、恐怖を必死におさえ、敵に向けて特攻を仕掛けているのだ。


ひび割れ、時に穴も開いていた道を進み、被害が甚大な街の役所付近に到着した。これまではまだ建物としての姿を保っているものもあったが、この辺りになるとすでに、原型をとどめている物体がほとんど存在しない。


視線の先に1人の男が映る。


その男は、人間の姿でありながら、人間に牙を食い込ませて、何かを食っている。その肉体ではないだろう、その人間は死んではいた者の、肉を食われた形跡はない。海外には吸血鬼という、血を食う化け物もいたようだが、イメージとしてはそれが近いか。


「ああ。今度は子供かよ」


卑しい笑みを浮かべ、返り血に濡れた服を身にまとい、呆れた表情で子供たちを見て、ゆっくりと近づいていく。


彼女を含め、多くの仲間たちはすぐに、持っていた銃で攻撃を始めた。銃口から光弾が放たれていく。


弾は当たっている。間違いなく。顔にも、心臓にも、確実に。しかし効果がない。放った弾はことごとくがすり抜けていくのだ。


説明不可能な現象に言葉を失う、彼女の同胞たち。


次の瞬間。彼女の近くにいた仲間の体の一部が燃え始めた。相手は何もしていないにも関わらず、発火したのだ。


「あぁああ……!」


悲鳴が上がった。それを聞いて彼女は初めて理解する。自分達ではどうしようもない相手だということに。


たった1人、彼女だけはその標的にならなかった。


「え……? なんで」


「お前の持っている万能粒子を奪うことにしよう」


悪魔の如き所業を成すその男が徐々に近づいてきていても、自分は何もできない。


「可哀そうにな? お前達は後ろで隠れる阿呆の手駒として使われ、そして死ねと命じられる。いや、それは人間であるお前達にとっては、幸せなことなのか」


それを聞き、涙があふれてきた。


自分が生を授かったのはそんな理由ではないと、声を大にして訴えたかった。


しかし。


その言葉に音がのせられる前に、彼女の首にその男の鋭い歯が食い込む。


――視界が暗転する。







「四十番。お疲れ様でした。平気?」


己の番号を呼ばれ彼女は覚醒した。


自分がどこかに寝かされていることを自覚し、先ほどの光景が戦場を再現したシミュレーションの中のものであることを思い出す。


目の前にいるのは自分が特にお世話になってきた先生の1人。


肩の少し下まで伸びている黒に近い茶色の髪をサイドテールでまとめている。16歳とは思えないほど大人びていて、浮かべる笑みはとても大人びていて包容力を感じさせる雰囲気である一方、顔立ちは歳相応に可愛らしくも見られる。


「春先生。私、ダメでした」


「そうね。最後にパニックで動けなくなっちゃったのはマイナスかもしれないわ」


先ほどまで彼女がつけていた装置の電源を、彼女が先生と読んでいる女子が停止させて近くの端末で何者かに報告を送った。


そしてすぐに40番の近くに立体映像が展開された。映っていたのは先ほどのシミュレーション内で子供に命令を下していた自身の主だった。


「フィードバックを始める。……四十番、敵を前に恐怖でミ身動きができなくなっていたな。これは大きなマイナスポイントだ。他の皆は最後まであきらめなかった」


先生の時と同じことを言われ、四十番は自分の至らなさが情けなかった。


やろうとは思ったのだ。しかし足が全く動かなかった。まるで自分の意志はあまりにちっぽけなもので、動くことを人間としての本能が決して許さなかった。他の同級生は勇気を出して最後まで抗ったというのに、自分だけが諦めた。


他の同級生に比べ自分が劣っているという事実を、四十番はその時改めて実感することになった。


「意志の弱さが己の足を引っ張るとは、呆れたぞ。お前はもうすぐここを卒業し、別の〈人〉に奉仕をすることになる。使い物にならないと判断されお前の身分が危うくなるんだぞ」


「はい……申し訳ありません」


「お前は珍しい子供だな。俺達は〈人〉のために命を捧げることを教えてきた。お前の周りはそれを正義として行動に迷いがない。だがお前は、それを真の意味で是と認めず、故に己の命の使い方にどこか疑問を持っている」


「そんなこと……」


「だが四十。人間が命をかける意味は〈人〉のためだ。そうできない軟弱者は必要とされない。お前は真に己の命の価値を差し出す覚悟をするべきだろう。フィードバックは以上だ」


通信が切れ、四十番と呼ばれた彼女の心の中には、それをどうしても受け入れがたい気持ちがあった。


彼女の心中を察したのか、春先生は、彼女の隣に立ち目線を合わせ、手を握る。


「……大丈夫だよ。貴方はちゃんと私の指導も、閃様の訓練も頑張って耐えて乗り越えてきた。劣ってるわけじゃない。できないことはできるようにすればいいのよ」


「閃様の言う通りです。私は弱虫で成績もそんなに良くない悪い子だから、ここで春先生や主様に教えてもらったとおりにできない。いつも怒られてばかりで」


「でも、貴方はこの厳しい家での教育機関では優秀な方なのよ。本当にダメな子は『脱落』して、もう社会に出ることはないのだから」


「でも今いる周りの子に比べたら劣っています」


四十番である彼女は静かに、短く簡潔に自分の夢を語った。


それは決して叶わない夢だ。卒業したらその行き先も自分で決めるわけではない。自分で決められるものなど、人間である彼女が持っているはずがなかった。


教え子の未来を応援したい一方で春先生はその厳しい現実を知っている。故に、元気づけるのではなく、無責任を自覚しながら言った。


「きっとあなたにもいつか来るわ。この人のためなら命を懸けてもいいって、そんな存在に出会う日が。そうすればきっと貴方はすごい子になる」


そして落ち込む彼女の頭を撫で、彼女にシミュレーションの装置があるこの部屋から退出するよう促した。


「今日の授業はこれでおしまい。夜は自由時間よ。卒業候補生にとってはもうそんなにないから、時間を無駄にしないようにね」


「はい、先生」








四十番は先日13歳を迎えた。故に今年度末、初等教育を終えることになる。その後は自身の育ったこの育成機関を卒業して社会へとはばたくことになる雛鳥だ。


13歳。大人と言うにはまだ早すぎるその年で社会人となるのは古代においてはあり得ないことだった。しかし現代において、20歳以上の人間の数は、19歳以下の子供の人口と比べ著しく少ない。その分若い働き手も珍しくはない。


彼女が育ったこの教育機関も、敢えて『学校』と呼ばなかったのは、この育成機関がそのような若い働き手を育て、社会貢献できる人材を育成するための訓練施設だからだ。ここで育った子供は彼女を含めて、そのための勉学と修練に励んできた。


ここを卒業した後は、四十番もまた倭で大きな権力を持つ〈人〉の一族が管理、経営する組織の一員として働くことになるだろう。

『学校』:古代に会った義務教育をはじめとする、子供に必要な教養を身に着けさせることを目的とした学校は既に絶滅危惧種となっている。現代においては、〈人〉のために役に立つための知識と技能を徹底的に教え込まれる訓練施設のことを指す場合が多い。形態や様相は領によってちがうものの、6歳以上の子供が入学し7年かけて全寮制で磨かれ、13歳で卒業して社会に出ることになるのが一般的。

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