春も完全に自由と言うわけではなく、休みでも22時までには源家本館自室へと戻るように命令が下っている。
現在は21時。残念ながら、どこかの店で歓談というわけにもいかない。余裕があるのは30分くらいだ。
徐々に春にふさわしい気温になっていっているがそれでも夜は冷える。足を動かし話をして、体に熱を発生させるくらいで体温はちょうどいい。
春はさっそく明奈に訊く。これまで、奨と明人のもとで何があったのかと。
日記をつけてこれまでの日々を鮮明に頭に残している明奈は、その質問に細かく答えていった。
初日、そして次の日に出会った人々について。そして起こった出来事。
「すごいわね……、あの光様が直々に戦ったんだ」
その後の、研修の大変さ。
「懐かしいなーその訓練」
「懐かしい、ですか?」
「奨と一緒に、おんなじ訓練、9歳の頃にやったことがあってね」
「待ってください、9歳?」
「そうよ。奨はその頃から私の先生だった莉愛先生の弟子で、ずっと剣の修業してたよ?」
「そうなんですか……」
「私も負けたくないっておんなじことやって、いろいろ莉愛先生に教わったなー。ほんと懐かしい……」
春はそう言って、長袖の左腕側をめくり、腕を露わにする。左腕には夜光を反射し綺麗に輝く銀色の腕輪がつけられていた。
「この腕輪はね。莉愛先生を真似ているの。昔、莉愛先生と別れる直前、莉愛先生が見せてくれた綺麗な腕輪があってね。それをつけた莉愛先生はなんかきらきらしてるように見えて。綺麗だった」
語る春の顔は清々しいくらいに晴れやかだ。きっと素敵な思い出だったのだろうと明奈が察することができるくらいに。
「その後先生とはすぐに離れ離れになっちゃって、その後はちょっと辛いことがあったけど。それでも、こうして莉愛先生の真似をするために諦めなかった。今は源家に拾ってもらって、莉愛先生と同じように。子供たちを教えている。幸せ者ね私は。こうして夢を叶えられる人間なんてこの世界は1パーセントもいないだろうに」
エンジニアとしての研修を受けている明奈には、それがデバイスであることが分かった。
「デバイス……」
「あら目敏い。その通り。このタイプが頑丈だから便利なのよねー。それにしても、よくわかったわね。これも日頃の研修の成果かしら?」
「はい。奨先輩にも、明人先輩にもよくしていただいています」
その後話は奨と明人についての話へと変わっていく。
明奈は2人に大きな恩を感じていると言った。
「明人さんはともかく、奨ってどう? 私の印象だと可愛げの欠片もない冷……クールな男の子ってイメージなのよね」
「奨先輩は、私にとても優しくしてくれます」
「笑う? へえ……意外、見てみたい」
「そんなにって、奨先輩は笑わなかったのですか?」
明奈の話に、春は1つの静止画を空中に映し出し、明奈へと見せる。
「これは……?」
「莉愛先生と私、そして奨が映っている写真。まあ、みんなでの集合写真なんだけどね。見てこれ。こいつ、この時にも笑ってないの」
そこには奨が10歳前後の頃に撮られた写真だった。確かにそこには春の姿と、1人の保護者らしき女性、そしてただ一人すました顔をしている奨の姿がある。
「でもこれは、思い出の写真なんだ」
そう語る春の目が潤んでいる。奨に会えないのに、これ以上奨の話はまずい。
そう判断した明奈は、次の明人の紹介を始める。
「明人先輩も優しいです」
「もう、それじゃ奨と同じじゃない。もっとくわしく」
「ええっと……」
そう言われても、と明奈は迷う。どちらも優しい人、というのが明奈の印象だ。
違いを考え、明奈は1つの結論にたどり着いた。
「どちらかというと、お兄ちゃんみたいな……その、私には兄弟はいませんけど」
「へえ、お兄ちゃんね」
「その、あくまで前に見た映像の中での兄弟しか知りませんけど。そんな感じです」
「ふふ、幸せ者ね、明奈ちゃんは」
明奈は嬉しそうに頷いた。
散歩の時間も終わり宿へと帰る途中。
大通りを曲がりいよいよ細道に差し掛かろうとしていた。
夜なので人は既にほとんど歩いていない。少なくとも明奈が周りを見渡す限りは、人影は見られなかった。
「ここまででいいです。後は宿はすぐそこなので」
「ダメよ。最後まで送らせて。今は特に危ない状況なんだから」
そう言いながら、明奈を最後まで送ろうと、大通りの道を曲がろうとする。
その時。行く先に一人の影。
それもフードで顔を隠し、目を仮面で隠すという徹底ぶり。これを見て怪しくないという人間はいないだろう。
次の瞬間。
その男は一瞬で距離を詰めた。明奈が、〈爆動〉を使ったんだ、と考えた時にはもう遅い。明奈を庇うために前に出た春が蹴り飛ばされる。
防御は間に合わず、その一蹴をまともに受ける春。横に飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。
何とか意識は失わなかったものの、立ち上がろうとしてもうまくいっていない様子。明らかに体に大きなダメージが入っているということ。
「明奈、逃げて!」
しかし、ここでまで明奈に未熟さが出る。
体が咄嗟に動かなかった。
「すまないね。一緒に来てもらう」
襲撃者だ。源家の招待客を遅い、源家教育機関の卒業生狙うという、件の犯人。
その手が明奈に迫る。手の親指と人差し指の間に、電気が閃いている。スタンガンの代わりで、直撃すれば失神することは目に見えている。
「明奈!」
春の叫び。それでも明奈は恐怖から動けない。意識はしても体が硬直したままだった。
もうだめだ。明奈は覚悟する。
その時だった。
炸裂音が夜の闇を斬り裂くように響き渡った。
襲撃者は徐に飛び上がり明奈から距離を取る。その一瞬後、地面に強力な光エネルギーが衝突し、火花が発生した。
そして春の代わりに、その男に立ちはだかったのは、指だしグローブを着用し、大き目の自動式拳銃の見た目をしたテイル光弾銃を持つ男だった。
「明人先輩……!」
明奈の目からは自然と涙がこぼれ始める。
「怖かったろ?」
明奈に目を向けないのは未だこの場に残る敵を見据えてのこと。わずかに息があがっているのは、ここまで急いで来た証拠だった。
明人は銃口を敵に向け、もう片方の手に何かを持っている。
「ごめんなさい……」
「泣くな。君は必ず守る。俺の言う通りに」
「はい……」
正体不明の襲撃者は何も言わず、今度は武器を構える。細身の黒い刃の剣、それを右手と左手に一本ずつ。
戦いは突発的な遭遇戦が起こることは目に見えていた。
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