Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

30 教育係との再会

公開日時: 2020年12月27日(日) 14:50
文字数:1,995

登場人物紹介

明奈:この話の主人公。先輩である明人と奨の弟子として毎日を過ごしている。

須藤 明人:明奈を弟子にとった1人。そんなことを言いながら弟子の可愛さに一目ぼれしている。

太刀川 奨:須藤明人の相棒で、もう1人の明奈の師匠。幼馴染を探すため旅をしている途中の傭兵

神谷 春:源家の教育係の1人。そして、奨が探していた幼馴染の1人。

――承――



4月1日の夜。昨日までとりあえずつけてみた日記を見返し、明奈はため息をつく。


本当は自分の技能レベルを上げるためのメモとして使うつもりが完全に思い出帳になっていた。


(でも……やる気は出るから、これからも続けよう)


正直、剣術の訓練もエンジニアとしての訓練も内容はかなり難しく厳しいものだ。その中で、日々自分の努力がこのように残っていると、一歩ずつ成長している実感はわく。あがきは無駄ではないことを感じる。


1階に降りると、明人が机に突っ伏して寝息を立てていた。


見ると仮眠をとっているのが分かる。明奈は邪魔をしないように、足音をできるだけ立てないよう注意することに。


一方、奨は夜に源流邸へと赴くとあらかじめ宣言していたため今はいない。いよいよ、春と合うために行動を起こそうと最近はいろいろ作戦を練っていたのは、明奈も知ることろだ。


「今日も、夜食作ってあげようかな……」


そんな独り言を言った瞬間。


ドンドン。


この長屋の扉が叩かれた音がする。


これまで、この長屋に訪問客が来たことはなかった。


いったい誰だろうかと、明奈はその場で考えを巡らせる。奨ではないことは明らかだ。この長屋のカギを持っているので、そもそもノックの必要はない。


デバイスを持ち、一応警戒をする明奈。


しかし、その警戒は次に聞こえてきた声で解くこととなった。


「すみません。太刀川様、須藤様。源家従者の1人、春と申します。今、いらっしゃいますでしょうか?」


「え……?」


恐る恐る戸を開けてみると、そこには明奈が良く知っている自分の元教育係がいた。


「あら、久しぶりね?」


「春先生……」


「またそう呼んでくれるんだ。うれしいな」


奨が会いたいと願っていたその目的の女性、そして明奈にとっての恩人がそこに、確かに立っていた。


「そういえば、4月1日~7日は教育係の皆さん、お休みと言っていましたね」


「ええ。閃様は襲撃事件解決に奔走しているけれど、教育係にはお休みがもらえているの。だから、こうして街に出てみんなの様子を見に行こうと思ってたのよ。ほら、いつもは、卒業生は買われた後3日もしないうちに島を出ちゃうから。その後、生活に慣れたかどうかを見る機会なんてほとんどないしね」


源家の教育係は、子どもへの指導力や影響力を大きく評価されて採用されるが、それとは別に重視される能力もある。それは、子どもを誘拐されないために戦う戦闘力も必要となる。


春はその点において教育係の中でも群を抜いた戦いぶりを見せての採用だった。鋼が一目置くほどの戦闘技術をどこで身に着けたのか、という不安点があったものの、一応基準は満たしていたため様子を見ることになった。しかし2年経った今でも、春を雇用したことで源家に不利益は生じていない。それどころか、教育の質も目に見えてよくなったため、最近は閃も警戒をとき、春を信用している。


「もしかして……奨先輩に会いに来たのですか?」


もしそうであれば、奨の長年の願いはようやく叶うことになる。感動の再会だろうと明奈は思った。


しかし、春は否定する。それもその内容は、奨にとってはあまり喜ばしくない者だった。


「もしかして、奨は自分の過去を話してたり……? ごめんなさい。実は来たのは偶々じゃないの。奨がいなくなってすぐに帰ってこないのを確認して、ここに来た」


「あの……奨先輩は」


「あなたの卒業式の時に、彼は隙あらば私を見てた。きっと、私に話があるのでしょう。でも、今はだめ」


「なんでですか? 奨先輩はずっと捜してここまで来たって……」

春は、目に見えて寂しそうだった。明奈にもそれが分かった。しかし、続く言葉が明奈に反論を許さなかった。


「今、私は接触を禁じられている。まだ、その時ではないって」


「そんな……」


「お願い。彼とは絶交のタイミングでしっかりと話をしたいから。今日来たことも黙っていてもらいたいの。できればだけど」


明奈は、奨を裏切るようで後ろめたさをたっぷり感じたが、恩人の希望を聞き入れることにした。


春は明奈に大きな感謝の意を示し、つい癖で頭をなでてしまった。しかし、明奈は嫌な顔をせずそれを受け入れる。


「では、ここには何の用で?」


奨にコンタクトととることが目的でなければ、明奈がその疑問にたどり着くのは当たり前である。


「ちょっと一緒に散歩に行かない? 主様の前だと話しにくいこともあるでしょう。せっかくの機会だもの。2週間ぐらい一緒に居た感想を聞かせてほしいなって思って」


教育係だった春が相手ということもあり、明奈は躊躇うことなく了承する。


「メモだけしていきます」


そう言って、デバイスで辺とメモ用紙を用意すると、そこに簡潔に出かけることと同行人を書いていく。


明人先輩を起こすべきかとも考えたものの、気持ちよさそうに眠っているのを見て、明奈は邪魔をしないよう静かに外へと出る。


「行きましょうか?」


「はい」


こうして春と明奈の散歩は始まった。

教育係:源家に限らず、子供を育てる場合はそれぞれの子供に担当の人間や〈人〉がつく。彼らは子供がそれぞれの領にとって理想の大人になるように担当が強力に教育を施す。この立場は、それぞれの領で、たとえ人間であっても並みの〈人〉に比べて社会的な地位が高い役割とされ、それなりに優遇されるほど、責任が強い職である。

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