「剣術?」
光の問いに奨は頷き肯定する。
「八十葉の連中にはこの初期研修に馴染みがないかもしれないな。八十葉は戦闘が得意な家の中でも遠距離攻撃を得意としているから」
明奈もそれは一般教養と護身術の授業で少し学んだことがある。
倭は古来より武器としてもっとも知名度があったのは槍ではなく剣だった。それも、刃がまっすぐ伸びているものではなく反りがある特殊な日本刀と呼ばれるもの。
もっともこのご時世、時代劇で見るような鋼の刀身で、型を意識した古流剣術を用いる斬り合いは起こらない。現代の剣は、重量、デザインの点から、万人に扱えるような工夫がされている。
迎賓館の前の戦いで刀を使った男が見せたように、使われていた光の刀は決して特別なものではなく、一般的に使われている武器だ。軽さはバドミントンのラケット程度で、多少無茶な振り方もできてしまうのが特徴。
古代、刀は満足に振るまで十分な修練を必要としたが、今は振って相手に当てるだけなら数時間程度で形になる。
故に一般的には、訓練のときも先述の光刀を用いるのだが、奨はあえて重さのある木刀を出した。それに興味を惹かれる光。さすがに専門外でもある程度の知識を持っているため、光刀を出さないことに疑問を持つ。
「……まず初めに」
奨は余談を許さず、結果的に公開訓練となってしまった訓練を開始した。
「一般的には、剣、短剣で戦う術を、戦争のために積極的に学ぶ意義はない」
大問題発言である。それではこれから先に習うことはあまり役に立たないと言っているのと同じだ。
「真正面から向かい合うなら、やはり銃撃や砲撃の方が有利だ。いかに防御の術や障壁を創り出しても、受けるだけじゃ削られ続ける。接近が必要な武器を使うなら、敵の真正面に出る戦争でじゃない。どうしても武器を振り回したいのなら、槍にしろ。その方が長さもあるし、威力も出る」
明奈は、否、この場で奨の話を聞いた、明人以外のすべての人々が首を傾げる。
ならば、なせお前は剣術を明奈に教えようというのかと。
そして、周りの様子を見てその疑問を感じ取った奨は、誰からの言葉を挟むことを許さず、再び口を開く。
「……だが、それはこの国においては例外だ。銃火器と同じくらい、剣、特に刀が警戒されるに値する。倭では剣を使った戦闘技術が非常に発達している」
そして奨は続けて、なぜ倭で近接武器の技術が注目されたのかの説明に入る。
「テイルは人が生産するが制限がある。人間の最大値の平均を2000とすると1日100程度、〈人〉に至っては自己回復すら不可能だ。銃撃や砲撃は撃ちだす弾をつくるのだけでもテイルを多く使用する。最近は対射撃用シールドも高性能になってきていて、遠距離攻撃の被弾可能性は著しく低くなっている」
ここでは共通見解としてあえて言葉に出されないが、テイルを使わない弾丸は現代において使用されていない。現代においては飛来物探知型の自動障壁発生装置は実用化されている。
テイルの性質として、テイル純度100パーセントでできた物質以外から受ける衝撃を除いて、高い耐久力を持っているのだ。
以前街1つをテイルを使っていない巨大な爆弾で街1つを焼き払う実験があったが、テイルで作られた建物や、テイルで作った障壁で囲っていた木々は無傷でその場に存在したと言う実験成果が残されている。
「倭で鍛えられる剣は汎用のものでも出来は良い、故に倭では、主に遠距離攻撃に対する防御手段、および相手に接近する技術、もしくは斬撃をいかに当てるかという技術を、他国に負けない軍事力として極めてきた」
明奈は自らに渡された木刀を眺める。
真剣ではないうえ、教育機関でも見たことがあったものだが、今の話を聞き、この木刀にもそのような力があるのか、と首を傾げて見せる。
「日倭で生きる以上、刀を使った戦い方、刀を持つ者との戦い方を知ることは倭で戦闘を行う者にとって必須の知識だと俺は思っている」
ここまでの奨の話は、明奈が戦うという前提での話だ。これは単に奨が傭兵で、その仕事を明奈に手伝ってもらうためという意味に留まらない。
どこに住むにしても他の地域からの人間攫いは後を断たない中で、攫われたくなかったら自衛するだけの力が身についていないと意味がない。
「お前が使えるようになることも、相手がどのように接近してくるかということも、どちらも心得として会得しておくことは大切なことだ。故に俺は他の武器よりも先に、剣術を教える。ここまでで質問は?」
明奈からは何もなかった。しっかりと返事をして、渡された木刀を強く握る。
一方、訓練の見学者である光から質問が飛ぶ。
「でもどうして木刀なの? 最近だと光の刀が主流でしょ? あっちの方が軽いし、扱いやすいと思うのだけれど」
「確かにそれはそうだが、あっちは扱いやすいこと、そして作成に使うテイル粒子量を少なくしていること、この2つを主な目的としていて、攻撃力に欠ける。そこらへんの詳しい説明は、剣術の話の前に、戦闘の基礎の話をするからその時だ」
いつしか奨と明奈の周りを多くの人々が囲む。
ちょっとあなたたち訓練は、と光が咎めるが肝心のリーダーたる光が訓練の様子も見ずに奨の訓練の様子に夢中になっているため示しがつかない。いつしか光が見せてと言って始まって訓練は見世物へと変貌する。
奨は内心大きなため息をつきたかったが、目の前の真剣なまなざしを向ける明奈を見てそれは我慢する。
「俺が教えるのは個人戦の話。暗殺や遊撃、突発的な襲撃を想定しての戦い方だ」
奨はデバイスを操作して、空中に画面を出現させる。画面の中には『初心者への戦いの心得(基礎編)』と書かれた画面が映し出される。
作成者は『太刀川莉愛』と書かれ、その下に加筆者として奨の名前が書かれている。
「……これは俺の師匠手作りの指南書でな。口で説明するより分かりやすいから、見せながら話していく。後でお前にデータを渡すから今は話を集中して聞いてくれ」
画面が切り替わる。
しかし、明奈の驚きと少々の不満を感じ取ったのか、奨は画面を切り替える。映し出されたのは昨日の迎賓館前の戦い。奨の目に映った戦いの様子だった。
「これは俺が昨日の目の前で発生した戦闘について、俺の記憶の中に刻まれた映像をデータ化したものだ」
源家の次男が人間を蹂躙していく姿を見せられる。この場に殺人をどうこう言う人間はいない。人間が〈人〉の手によって殺されることなど日常茶飯事だからだ。人に刃を向けた人間が殺されるのはこの国では常識である。
奨も特に戦いの感想を述べることなく戦闘の映像を最後まで見せる。そして人間が展開した防御壁が突破される瞬間で映像を一時停止する。
「槍にシールドを貫ぬかれてその後何もできなくなっている。テイルは今あるものの性質や形状を変えることはできない。故に肉体の防御力を上げることはできない。どれだけ人離れした攻撃ができる奴でも、少しの衝撃で死に至る人間の体だ。故に、攻撃は基本的に封じるか回避して自分に攻撃が迫らないようにするのが基本だ」
奨が映し出す画面がまた変わる。
そこに書かれていたのは、テイルでの戦いの大前提となる言葉が書かれていた。
どれだけすごい者でも相手の攻撃に当たれば死ぬ。
それはこの世界での戦いを象徴するものだ。
「自分が動くのは相手の攻撃に当たらないようにするため。牽制も、攻撃であっても、相手に思い通り自分を攻撃させないために行う。意識の大部分を割くべきは、いかに相手の攻撃に当たらないようにするかだ」
光刀:テイルによって実体化したレーザーブレードの一種。鋼を使った刀よりも軽く、その重さはバドミントンのラケットほど。斬るという目的だけで使うなら、刀専用の戦闘補助を行うデバイスデータも使えるため十分な代物だが、相手がシールドを張っているとそれに止められてしまうことが多い。対して刃の部分を強固な金属で再現している武器は、そのようなシールドを一撃で裂ける可能性が高いため、一長一短ではある。
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