「あの家紋。新葉、へえ……伊東家の傘下で智位のところだったかしら」
迎撃に動こうとこの場にいるすべての戦える者がそれぞれの準備を始めている。
「動くな。人間を半数こちらに渡してもらおう」
「人さらいとは趣味が悪いわね。人間が欲しければ買いに来いというのに」
「冠位12家、伊東家からの命令だ、不運だと諦めて、人間を渡せ」
「攫った子供たちをどうするつもり?」
「お前に言う必要はないだろう。お前を分かっているはずだ。12家は相容れない。いずれ来る決戦の時に向けて兵にするか、礎にするか」
「外道ね。人間は家畜などではないわ」
「貴様も〈人〉だろう。内心は人間のような下等生物に正義を振りまくのも、反吐が出そうで仕方ないんじゃないか?」
光が一言。今の言葉が地雷だったのか、高圧的な声を出す。
「みんな、そこから動かないで。こいつらは私が始末する」
既に50名以上が光の目の前に現れ、冠位の家の一員である八十葉光に最大の警戒を向けている。
「光様。大丈夫でしょうか……?」
明奈が不安げに明人を見る。
「新葉家と言えば、連中の戦闘員は厄介なデータを持っていたけど……」
冠位の伊東家は、御門家、八十葉家と同じ国防を担う戦闘集団。しかし、冠位の中でも伊東家は人間下位主義を徹底している。人間は家畜と同義であり、道具として使うことで、〈人〉を栄えさせるものという立場である。
故に、人間の中でも役に立つ者は尊重し、それなりの自由と価値があるべきだと主張する八十葉や御門と真っ向から対立するのだ。
「どのように加勢を」
「いや、大丈夫だよ。むしろよく見ておくといい。八十葉次期当主が直々に戦うのは珍しいからな」
光に対する新葉家の戦闘集団が得意とするのは集団戦。
侵入者の目の前に巨大ながら透明度の高い壁が形成される。〈向絶壁〉と呼ばれる、新葉家一族が使用を許されたオリジナルの武器。
その壁は向かいからくる攻撃を、通常の障壁の数百倍頑丈な城壁がすべてを防ぎ、こちらからの攻撃をすべて通過させる一方的な攻撃を可能にする盾だ。
テイルでの戦いは〈データ〉があればいいというだけではない。どこにどのようにデータを実体化させるかを、使い手が視界の中で実際に在るところを想像して、初めて現実となる。
一瞬で壁を作ったその事実は、使い手のイメージ力の高さを示している。
「射撃用意!」
後ろの部下たちが弓を出し、その弦を引く。弓矢型の光弾射出武器であるそれは、一般的に利用されている中で最も攻撃力の高い射撃武器だ。
現代において、銃火器などの射撃武器はそれぞれの持つメリットによって使い分けられている。
光弾を必要数宙に浮かせてそのまま放つ方法は、道具がいらない分、威力は落ちるものの、弾丸のみをテイルで作れる点で低コスト。銃は生み出すのに高コストだが、弾丸に特殊効果を添付できる点で、相手の意表をつく戦い方が可能になる。そして弓矢は、弓をテイルで作るコストと連射が不可能なものの、溜めが長ければ長いほど、撃ちだす光弾の威力と貫通力を上げられ、一撃ごとの威力が高い。
相手からの攻撃を〈向絶壁〉が防ぎ、自分達が放つ高威力な矢を一方的に浴びせるという戦術。特にこのような障害物のない空間では、壁は遺憾なくその性能を発揮し、自分達を勝利に導くだろう。
すぐに攻撃しなかったのは、戦えば、自分たちもただでは済まないと考えたからか。交渉を持ち掛けたのも、自分たちの安全を考えてのことだ。
「残念ね」
光の声が耳に届くと同時に、明奈は見る。
八十葉光の周りに小さな煌めきが数多く、夜空に浮かぶ星の数々のように輝きを放ったのが。それはたった一瞬の幻ですぐに消えてしまう。
しかし、無意味な行為ではないことが、直後明奈の目に映った。
50名以上全員が持っていた弓は一瞬にして何かに貫通され破壊された。矢となり集中していたテイルのエネルギーすら、別のものに粉砕され消えていく。
それだけではない、新葉家の戦闘員が全員、20以上の穴を穿たれ、命が消える実感を持つことすら許さず、次々と絶命し倒れていく。
壁を展開していた男はただその様子を見て、1つの違和感を覚えるしかない。自分の部下を殺しつくしている弾はすべて新葉家の最高防御〈向絶壁〉にぶつかっているはずの軌道だということ。
3秒。
八十葉光が、城壁を展開した男以外を器用に殺しつくすまでにかかった時間。
その現象を引き起こした元凶が、新葉家の男へと向かっていく。男の顔は恐怖を感じていることが遠目でもはっきりとわかるほど歪んでいた。
「え……?」
優秀だと思われていた旧二十二番、光に、華恋と名付けられた女子が、何が起こったか理解不能だと暗に示している。当然それは明奈も同じで、ポカンと開いた口がふさがらないようだった。
一方でそれを見慣れている明人が、明奈にしっかりと説明を始めた。
「冠位十二家。連中が特に恐れられるのは、なんでもありのテイルがあるこの世界でも、魔法か何かと勘違いしたくなるレベルの武器なんだよ。八十葉家の次期当主、八十葉光の持つ武器は、〈星光の涙〉と呼ばれる射撃武器。貫通力が抜きんでて高いそれを真正面から受けきれる盾は、この世界に存在しないとされる武器だ」
光の周りに再び、数多くの小さな星が閃く。この場にいるすべての人間が理解する。あの最初の瞬きこそ、八十葉光が光弾を射出する起点なのだと。
「ばかな……どうして、壁は健在のはず!」
新葉家のその男は理解していなかった。光が操る武器〈星空の涙〉の本当の脅威を。
銃を使うにしても、弓矢を使うにしても、そのままテイルの光弾を放つにしても、自分が今立っているところから、狙いをつけて撃ちだす。
しかし、八十葉の至宝〈星空の涙〉は違う。
星々の閃きは八十葉光の上まで展開し、その数は既に100を軽々と超える。
「私の魔弾は、私を中心として半径30メートル以内なら、好きな場所から、残りテイルが許す限り好きな数、好きな威力で、好きな方向へと撃ちだすことができる。壁などと言うものに意味はない。まあ、もっとも」
今度は爆音と共に、明奈でもはっきり見て取れるほどはっきりとした光の筋が、新葉家の壁を軽々と貫く。壁は崩壊し粒子へと崩れ空へと飛んでいく。
「壁を壊すのも簡単なのだけれどね」
新葉家の誇りである壁も易く壊され、部隊は壊滅。そして目の前には既に自らを殺すための武器を突きつけられ、新葉家を名乗る男は既に生存を諦めた。
「私の可愛い新人ちゃんたちをさらおうとした罪は重い。消えなさい」
光の最期通告と共に、男の目の前から、一筋の流星が発生して頭を貫いた。
〈星光の涙〉:八十葉の至宝のデータの1つ。自分の周りに高い貫通力を誇る金色の光弾を生成して撃ち放つ。ダイヤモンドを容易く貫く並みはずれた貫通力と、最大同時展開数は100以上という圧倒的な弾数、それを同時に扱うことで、1人で軍団戦すら制することができる、八十葉家の力の象徴である。
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