その男はすぐに動かなくなる。光は死にかけその男の首を掴む。
「今ので使ったテイル、貴方から補充させてもらうから」
光はその男の保有していたテイルを、デバイスを通じて自分の中へと流し込む。光とて〈人〉。本来は『食う』ことで他人のテイルを奪うことだってできるが、それは下品だと本人が嫌っていて、特別なデバイスを使ってその代わりを果たしている。
目の前で起こったのは、もはや戦いではなかったと言える。
「すごかっただろ?」
「はい、光様は……すごいですね」
しかし、相手が決して弱いというわけではないのは明奈にも分かる。今のは単に光が圧倒的だっただけのあっけない幕引きだったのだと。
「光だけじゃないさ。源鋼だって昨日のあれが本気じゃない。あんな化け物にお前は狙われることになるぞ」
「……こうしてみると……やっぱり、人間は狙われたら終わりなように見えてしまいます」
「まあ、気持ちは分かるけどな。けど」
明人はさも当たり前のように、次の言葉を返す。
「それでも、もし、お前に何か成し遂げたいことが見つかったら、負けてる場合じゃないぞ? 俺達もそうやって、頑張ってきたわけだし。そのための訓練だ」
明奈は、自然な笑みを浮かべながら語る明人を見て、
(先輩たちの旅は、きっと私が想像する以上に、大変だったのかもしれない……。こんなのを相手に、うまく立ち回って生きてきたってことだから)
自分の先輩が、想像以上に凄い人たちなのではないかと、思い始めていた。
一方、仕事とテイル粒子の食事を終え、意気揚々と戻ってくる八十葉光を鋼が一礼して迎える。
「お疲れ様でした」
背中に気絶している新人の2人を背負っている。
「ホテルまで運びましょうか?」
「いいえ、それよりごめんなさい鋼くん。すこしこの館を汚してしまったわ」
「いえ。この程度なら、後に係の者が掃除します。お気遣いなく」
「ありがと」
「むしろ、本来なら侵入者の撃退は、源家警備隊の私がやるべき仕事なのに」
「いいの」
光は明奈の方を見る。
「どうたった?」
明奈は緊張ぎみに、
「すごかったです……」
と答える。
もっと言い方があるだろうと、鋼は教え子だった明奈を見て呆れた顔をしていたが、光はそんな稚拙な感想でも嬉しかったようで、上機嫌に反応を返した。
「でしょ? 身を守る術はいくらあっても足りないわ。あんな風に自分の持っているものに過剰な自信を持っていては、それが崩れた時にどうにもできなくなってしまう。剣術は確かに極められれば素晴らしい防御手段になり得るから、学んでおいて損はない。しっかり鍛えておきなさい」
明奈の頭の撫でる光。
「明人君、手を出すんじゃないわよ」
「いやいやいや……」
「……なんか怪しい。まあ、もしもの話。貴方と奨くんが捕まったら私が彼女を引き取ってあげる」
奨が苦笑を見せる。
「捕まったらって、そんな嫌なことを」
「あら、そうでもないと思うわ。私も含めて、傭兵で実績を残している君たちを鹵獲しようとしてる連中は多いと思うわ。もしも傭兵稼業が辛くなったらいつでもうちに来ていいからねー」
にこにこしながら、その場を後にする八十葉家次期当主。全員に訓練の中止と撤収を命じたのは、騒ぎが起きたこの場でこれ以上の長居をしたくなかったのと、意識を失った2人が心配だったからか。
「じゃーね。また近いうちに」
部下を伴って帰っていく八十葉。優秀な者は好みという話は本当のようで、将来有望な旧二十二番の華恋を近くに侍らせている。
言葉を交わすこと騒ぎのせいで無かったが、偶然の邂逅を挨拶無しで去ることに後ろめたさを覚えたのか、華恋は明奈に手を振って挨拶をした。明奈もそれに応え、ジェスチャーをする。
源鋼が、奨に近づいたのもその時だった。
「見事な訓練でしたね。参考になりました」
「やめろ。あれも師匠の受け売りだ」
「同じ訓練も、技を受け継いでいく師弟関係というものの醍醐味でしょう。いずれ詳しく聞きたいですが、それより一つ忠告を」
「忠告?」
鋼が口調を変えたのはその時だった。
「源家が八十葉家の傘下である以上、お前の情報は我々が掴んでいる」
「何が言いたい?」
「……せいぜい兄の悪趣味な手には気を付けろ。陥れば終わりだ」
それだけ言って鋼はその場から姿を消す。
しばらく黙ってその背中を見る奨。
「先輩……?」
明奈にも、その声は聞こえている。まるで閃が今の主を狙おうとしているように聞こえた。
明奈はふと考える。
商売相手を狙うなど普通に考えれば動機が分からない。そして、奨や明人、自分がいるときに、あらかじめ宣言するのは不自然だ。
これは閃が、主を守れるか自分を試そうとしている試練なのかもしれない。しかし本当に奨を狙っているかもしれない。どちからは今の明奈にはわからない。
しかし、どちらにしても奨は狙われる。ここでなにか失敗をしたら、自分は強制的に契約解除となり、先輩2人と離れることになるのではと考えた。
明奈は、決して付き合いは深くないけれど、自分を買ってくれ、自分を面倒良く見てくれている2人には、きっとこの先で会えない良い主ではないかという予感がある。だから、まだ別れたくはないと、明奈は思った。
奨はそんなひそかな覚悟を決める明奈の頭を見て、なぜか頭をなでる。
「心配するな、狙われる者としてこんなのは日常茶飯事だ。まあ、今回は相手が少し強いかもしれないが。今のお前が心配することはない」
奨は、先ほどの脅しを気にしていないようだった。
「でも、私は先輩の」
「まずは己を鍛えることだ。役に立つと判断したら使ってやる。それまでは、甘えていればいい。まだ13歳の子供なんだから、君は」
慈愛が籠った目で明奈を見て、奨はこの話は終わりだと、話題を変える。
「俺は料理の買い出しに行って来る。その間、明人の研修を終わらせておいてくれ」
「ああ、いいけど、大丈夫か?」
「今から心配しても仕方ないさ。準備と心構えはしておくよ。それ以外はいつも通り行こう」
「けど、いつもと違って俺らには、今この島で目的がある。用心はすべきだと思うぞ。一人で買い出しとか」
「今は明奈が最優先だ。教えられる時にすべて教えたい」
明奈はなんとない今の奨の言葉を聞いて、ふと嫌な予感を持つ。
(先ほどの研修、先輩の為じゃなく私が生き残る術を教えてくれるものだった。今、先輩は源家と戦うつもり満々みたいだし……無謀だ。もしかして、奨先輩は)
明奈は首を振った。そんなはずはないと。
源家の人間は使われるために買われる。その金額は数十万から数百万を1人に使う。故に役に立たないなどと言うことは許されない。
自分は不良品だからこそ、主が危機であれば出来損ないなりに助けないといけないし、主も、従者にそれを望んでいるはずだと決めつける。
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