Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

33 夜間の死闘

公開日時: 2020年12月30日(水) 00:45
文字数:2,124

追撃を欠かさず、後退し距離を稼ぎながら銃口を向ける明人。


しかし煙の動きが不自然なものに変わったのを見る。


その直後、2つの黒い刃がまっすぐ自分の方へ飛んできているのが分かった。その速度は光弾よりも速く、今の距離で2つを撃ち落とすことは不可能と判断。明人はそれを右に躱す。


罠だった。それが気づいた時にはすでに、先ほど襲ってきた斬撃が己の近くまで飛んできていたことに気づいた瞬間。


明人はとっさに〈爆動〉を使い、自分の体を飛ばす。壁に叩きつけられても致し方ないと考えたのか初速は100キロメートルを超えていたかもしれない。すぐに〈抗衝〉を用いて体を制御するが、それが甘かった。


「な……!」


次は明人が驚きの声をあげる番となる。先ほど弾き飛ばしたはずの剣が回転しながら、明人を両断しようと襲い掛かった。


すでに大きく速度を落としていた跳躍の勢いでは間違いなく追いつかれる。


あれは剣であり、通常の対射撃を想定したシールドでは簡単に割られて意味がない。テイルを用いて咄嗟にシールドではなく、近接武器を迎え撃つため盾を創りあげ、飛んでくる剣を弾こうと試みた。


とっさの想像による作成だった。


作成した盾は一撃大きく歪み刃がほんの少し貫通したとはいえ、それでも飛翔してきた刃から身を守るだけの防御力を作り上げたのは、明人の卓越した想像力があってこそだったろう。


防御された刃は再び襲撃者のもとへと戻っていく。


片方だけになったはずの剣は再び右と左に握られフル装備となった。さらに身に着けていた服は非常に耐火に優れていたのか、服に傷はなく、肌に少し火傷があるだけでその他に目立った外傷はない。


一方そんな相手を見る明人は苦悶の表情を浮かべている。


無理もない。盾で刃を受け止めたところは深い切り傷と大きな痣になっている。衝撃と裂傷を同時に受けて血が流れ始めている。テイルによって傷口を塞ぎ出血をおさえる、医療用シールドを張ったもののその痛みとダメージが消えるわけではない。


しかし、それよりも明人が危惧しているのがテイルの残存量だった。


明人は元々、最大値に近い残存値1900のテイルをもってこの場に来た。


銃の作成に200、弾丸だけでこれまでで100、その他戦闘に使った金属製の棒をつくったり、弾丸に特殊効果をつけたり、爆弾や明奈と自分を守るために使った2回の障壁などを作成するために、既に1000近くもの体内テイル粒子を使っている。


残りは900程度であり、ここまでやって相手に有効打は何一つつけられていない。


「ふう」


襲撃者は剣を構えながら口を開く。


「一つ聞かせてほしい。ここで明奈さんを手放すという選択肢はないかい?」


相手は降参し明奈を手渡せと要求してくる。おそらく明人の不利を見越してのこと。明人はそれをしっかりと理解している。


それは戦いを見ていた明奈もしっかりと見ていて、一瞬、自分が攫われれば明人は無事だ、と思ってしまう。


「明奈は渡さない」


その明奈の自己犠牲を思いとどまらせたのは、明人の強い意志を感じさせる宣言だった。


「舐めるなよ。俺と奨は、買ったあの子に責任を持つと言ったんだ」


「舐めていないさ。だからこそ、君はここで死ぬべきではない」


襲撃者がいままでの沈黙を覆すかのようにしゃべりだす。


「僕の剣戟を止めた鉄の棒、そしてシールドを割った赤い炸裂弾。そしてさっきの盾。おそらくは今想像して創り出したものだろう。すごい能力だ」


「てめえに褒められてもうれしくねえな」


「実戦レベルでその場にモノを生み出しながら戦える人はそうそういない。急造品で質が足りていないことに目をつぶってでもそれは大きな能力だ。僕にはできない芸当だからね」


「だったらなんだってんだ」


「僕の受けた命令は我が主に、明奈さんと引き渡すこと。そしてそれを邪魔する〈人〉を殺し、世間に晒すこと。理由は知らない。僕は命令を果たすだけだ。けど、現場判断はアリだ。〈人〉どもは皆殺しだけど、君は人間。見逃しても問題ないだろう。それほどの才能を無為に散らすな」


「黙れ」


明人は銃口を再び襲撃者に向ける。


「今まで何度も戦ったから分かる。お前も〈人〉だ。そっち側の奴に、俺が屈することはない。こうなったらどんな手を使っても貴様を殺す。嫌なら明奈から離れろ」


「和解の道はないか」


襲撃者は懐からさらに4本の黒い細剣を繰り出す。片刃の直刀ながら鋼ではなく異質な構成物質をしている黒い刃。


先ほど明人に投擲した刃も再び襲撃者の元へと戻ってきた。


「〈宙踊器〉、起動」


手に2本の剣、そしてその周りに宙に浮く6本の剣が、その刃先を明人に向けた。先ほど明人に向かってきた刃の投擲、そして盾を貫いた空中を踊る刃を見て、明人の背に冷たい汗が流れる。


そしてそれは当然明奈にも。


(もしもあの剣6つが明人先輩に向かったら……!)


明奈の目からも、明人の絶対的危機は明らかだった。


刃は宙を動き出す。6の黒い刃は回転し、猛スピードで明人へと飛んで行った。


当然それだけではない。襲撃者もまた明人に接近する。


同時7方向からの攻撃を、明人が凌ぐ手段はない。受ける側の明人には絶体絶命の表情が浮かぶ。


「先輩!」


悲鳴が上がった。そして、


「あ――」


明奈の声が、直後再び発せられた。

オリジナルデータ:テイルでは肉体の強化はできない。故に初見殺しは非常に有効な攻撃手段になりえる。故に戦闘の心得がある者は多くが、市販されている武器や、広く知られた戦い方に加え、自分で一から想像を重ね、オンリーワンの戦い方ができる武器や方法を開発する。ただし、テイルは正しい想像でないと想定した通りに、現実化ができないため、テイルを用いたオリジナルの戦術の開発は半年から2年以上はかかる。


〈宙躍器〉:自分の周りに、宙に浮き、自分の思考した通りに動く刃を8本~16本顕現させる。実質手数が最大18個の斬撃になるため、相対する相手は対応しきれずに、その刃に切り刻まれるだろう。

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