登場人物
明奈:主人公の少女
太刀川 奨:明奈の主となった人間の少年。傭兵を自称している。
須藤 明人:同じく主となった奨の同行人で、人間の少年。
一行は迎賓館を出た。奨が先導し、その後ろを明人と明奈が並んで歩いている。時折後ろを見てはニヤけてまた前を向く奨に、明人は少しムカついている。
明奈はさっそく1つ問題を抱えている状態だ。
源家では主の呼び方は絶対に『様』をつけて敬うように呼ぶよう教育されてきた。それを拒否されてはどのように呼べばいいか分からない。
考えを巡らす明奈を見て、明人もまた何か考えを巡らせている。2人は髪色や顔立ち、雰囲気が似ているからか、前から二人の顔を見ている奨が、似ていると言わんばかりにニヤけるのも無理はなかった。
空を眺めれば、黒に染まった空を様々な星々が彩っているのが見える。
明人があくびをしたのも、既に時計が21時30分を刺し、1日分の疲れをため込んだ体が、脳に休みたいと主張しているからと言っていい。
「明人。お前のバカみたいなあくびやめろ」
「いいだろ。ここでくらい。ただでさえ人様のど真ん中に突っ込んだんだ。バレたら大変なことになる状況だったんだし。少しぐらいリラックスしても」
このままではこのような事態が続く事が予想される。明奈にとって、二人の名前を呼ぶ方法を見つけることは、大至急解決しなければならない最初の問題だ。
建物の外。迎賓館正門までは、車も通れる石造りの道が続いている。
「お二人の事はどうやって呼べば、よろしいでしょうか?」
結局訊いてしまうのが一番速いと明奈は即断し、隣で再び見事なあくびを見せている明人に尋ねた。
「俺の地元では、年上の人を先輩と呼ぶことが多い。それに倣おうか」
「あ、明人先輩?」
「ん。いいね。それで行こう」
前で失笑した奨の声が聞こえたものの、先輩と呼ばれた優越感が勝ったのか笑みをやめることはなかった。
奨が唐突に立ち止まった。何も言葉を発することなく、ジェスチャーで後ろの二人に、足を止めるよう促す。
「どうした?」
「……荒事になりそうだ。武器を用意してくれ」
「ん……?」
そこから続く単語の数々はまるで自分たちが襲われるような話をしているかのようだった。そうなれば明奈の役目は、身を挺して主を守るために何かをすることだ。
明奈は前に出ようと足を踏み出すが、明人はその手を握り彼女を制止する。
「え?」
「だめだ。俺から離れるなよ」
なぜ、と問う前に、明奈の目には衝撃の光景が飛び込んで来た。
ここは迎賓館の前庭だ。源家が客をもてなすための館であり、決して誰かが殺されたり、戦いが起こったりする場所ではない。
それにも関わらず、何人もの人間が倒れている殺伐とした光景が広がっていた。その目にはもはや生気が宿っていない。
「え……?」
そして倒れている中には、明奈がよく知る顔もあった。
明奈はそれ以上の言葉が出ない。
対して明奈のそばにいる明人、そして前でそれを見る奨はそれほど驚いている様子はない。見慣れているのか、さほど表情は変えていなかった。
立っている男が1人、その周りには血を流している人間と、流さずに倒れている子供が1人。
「……?」
その惨劇を引き起こした男が明奈たちを見ると狂喜の表情となる。
「見たな……?」
男は足元に転がっていた子供を、邪魔だと呟いて蹴飛ばしてしまった。その子供の顔を見て、明奈の嫌な予感は的中した。
「四十八番?」
卒業式では明奈の次に卒業証書をもらい主を得たはずの同級生だった。
悪夢を思い出す。確かに〈人〉にテイルを捧げたために死ぬ未来を見た。それは人間にとって、特に源家出身で人に尽くすために育ってきた明奈やその同級生にはあり得ることだ。
しかし、しかしだ。
こんなにも早く、その生涯を終えることになるとはきっと四十八番も思っていなかっただろう、そして明奈もまたそんなはずはないと思っていた。
(嘘だ……)
みんな、将来の主の役に立つために頑張っていたのだ。辛い訓練を必死に耐えて、ここまで必死に生き延びてきた。
明奈の体が言い知れない恐怖を感じたからか震え始める。
「……ああ。そうか。お前、野良だな?」
残虐に見える行為を躊躇いなく行った男は明奈たち3人を見る。その服は赤く汚れていた。
「俺にはわかる。さんざん人間を殺してきたからな。だが……それはいけないな。人間を買っていいのは〈人〉だけだ。お前らに、その資格はない。ここで死ね」
奨は否定しなかった。
明奈は驚く。まさか、2人は本当に人間なのか、と。そうすると、自分は過去に例を見ない人間に買収された子供、ということになる。
男はゆっくりと3人への距離を詰め始めた。
「人間の幸福とは、俺達〈人〉の下でその命を捧げることだ。お前たちは絶対の忠誠を〈人〉に誓い、俺達はお前達の働きに報い、生存を保証する。それが今の倭の秩序。それに従わない馬鹿は、社会不適合者に他ならない」
「なるほど……。それが真実ならいいだろうが、それを真実とする〈人〉は、この世界でどれくらいいるんだろうな?」
「なにが言いたい?」
「戦場でこき使われ死ぬことが誉れか? あるいはそこで倒れる彼女のように、食われ死んでいく。己が生涯に意味などなく、お前らの欲望のために」
奨の言った『食われる』というのは、〈人〉が人間からテイルを奪うという行為を指す。
テイルは人間のみが生み出すもの。故に〈人〉は人間からテイルを摂取することで己らもテイルの奇跡を使用できるようになる。
ただし、テイルは貴重なものであり、人間や〈人〉の生命維持にも微量ではあるが日々使用されている。
人間の保有できるテイルは人の15分の1、さらに人間が1日に生み出すテイルの量はおよそ最大保有量の5パーセントしか回復しない。湧き出ては来るが量が限られる資源ではある。
そして個人のテイルは一度でも0になれば二度と回復せず、0になった人間や〈人〉は意識を消失する。心臓が動いていても、意識は二度とは回復しない。それは死と同義と言っても過言ではない。
つまりテイルを奪うという行為は度が過ぎれば命に関わるのだ。倒れている四十八番が吸われ過ぎて0になり、二度と目を覚まさなくなったように。
「人間は弱い。今は戦いが日常、真に弱肉強食の時代、誰かの庇護なくして生きていけない弱者は、強者に縋《すが》るしかない。だがそれは、俺達〈人〉様に命を差し出したということだろう?」
敷地の外周を巡回していた剣を武装している兵士が異変を察知したのか、表門から流れ込んでくる。
「大丈夫ですか!」
男は敵の追加を察知して、自分の周りに、等身大の氷の人形を数体作りだす。手の部分が鋭利な刃になっている事から、それが兵器だと言うことが容易に想像がつく代物。
その人形たちは、表門からやってきた援軍を迎撃。高い練度を誇る氷の人形は、なんと容易く兵士を惨殺していく。
「見ろ。人間はこの様だ。これを弱者と言わずになんという」
断末魔があがる。痛々しい声に明奈は耳をふさぎそうになったが、明人は震える彼女を抱きとめ、頭をゆっくりと撫でた。
「しっかり、捕まっていろ」
「あ。でも、私、主様を……だって従者だから」
「そんなこと気にするな。君は俺達が受け取った大切な子だ」
明奈と明人の様子を振り返って確認した奨。明人が頷くのを見て、再び男の方を見る。
その右手に武器が握られた。黒の持ち手と一尺ほどの鋼の刃で構成された短刀。
「戦う気か? 人間風情が粋がるなよ。おとなしく命を差し出せ」
「悪いがそうはいかない。俺達も、明奈も、まだ死ぬわけにはいかない」
〈人〉の人間狩り:非常に便利な万能粒子ではあるが〈人〉はそれを己の体で生み出すことができない欠陥をもつ。故に人間からそれを奪うことで自分でも使えるようにする。人間からテイル粒子を頂戴する方法は多岐にわたり、吸血鬼のように噛む方法もあれば、専用の機械を使うことで痛みなく得られる方法もある。
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