登場人物
明奈;主人公。13歳の少女で源家の教育機関を卒業した新社会人。
太刀川 奨:明奈を買った主の1人。16歳の少年で、傭兵として各地を旅している
須藤 明人:奨の相棒で明奈のもう1人の主。こちらも16歳の少年で、奨よりはやや頼りない
荒事を終えてようやくたどり着いた場所は、どちらかと言えばホテルと言うより借家と言った方がいいかもしれない。
倭の国が木造建築を主体としていた遥か昔から集合住宅として存在していた長屋の一室を真似た部屋。2階建てで1階が広間、2階に寝室があるだけの簡素な作りの部屋で、戸を開けたらすぐそこに四畳半の畳が広がっている。
もちろん何もかもが昔の様相を見せているわけではない。キッチンはさすがに最近代のものが設置されているし、寝具も質素なものではなくこの島で作られる中でも高級な敷布団と掛布団が用意されている。
二階には作業用の机が用意された洋室になっていて、両階共に天上には部屋に調和するような見目の照明が完備されている。さらに、この借家のすぐ近くには温泉を楽しめる浴場施設も存在するため、休みをとるための施設としての不足はない。
「ものが少ないな……」
「さすがに源家が直接管理してるホテルに手を出せないだろ。高過ぎだあんなの」
「それはそうだけどさ。何もこんな安いところじゃなくてよかっただろ?」
文句を言う明人に奨は、
「何も分かってないなお前。とりあえずその布団敷いて寝っ転がってみろ」
と帰って早々睡眠を勧めた。
不服を示す顔をしながらも、先ほどの急な緊張場面を乗り越えた明人は、自身の疲れによって目の前の布団へと向かわせることになった。
「どれどれ……おおお!」
先ほどから相当眠かった様子を見せていた明人は迷うことなく敷布団を広げそこに寝そべった。明人の顔に自然と笑みが浮かんでいる。
「これは、人をだめにするヤツ」
「寝具はここのウリらしいからな。これだけ最高級品だって宣伝に堂々と書いてあったよ」
旅をしていると言うだけあり、宿に入った後の動きは素早かった。明人は掛布団を手にとり己の上にかけると、すぐに横になり寝息を立て始める。が、なぜかすぐに起きた。
「いかん。明奈がいるんだった」
この後どうすればいいか分からないままの明奈が入り口で立ち尽くしている。
奨は先に二階へと上り、部屋を隅々とチェックしている。監視カメラや爆発物等の危険物を警戒していて、明奈に構っている余裕はない。
故に明奈を案内するのは明人の役目なのだ。
「明奈、今日はもう寝よう。ほら、隣に布団を敷いて、気持ちええよ」
「え……でも、私は隣では恐れ多いです」
「にゃんで?」
完全にお休みモードに入った明人は既に口調もおかしくなっている。すぐにでも横になりたいという欲求がひしひしと明奈に伝わっていた。明奈にとっては主の快眠を邪魔するのは憚られる行為のため、自分が隣に行くこともためらいを感じている。
そこに2階から降りてきた奨が、寝ぼけている明人に言う。
「おい変態」
「な、変態だと?」
「当たり前だ。年頃の女の子を隣に寝かせようなんてしといて、何言ってやがる。明奈は上だ。点検は全部俺がやっといたから、お前が布団を上に持っていってやれ」
あくびをしながら立ち上がり、明奈に近づくと、
「じゃあ、二階、見に行ってみようか」
と手を勝手に握り、二階へと引っ張っていく明人。あまりにためらいのない行動に、明奈はさらに困惑する。
2階の洋風の部屋は、作業机と二段式のベッドが一つという、宿として貸し出すにしてもあまりにどうかと思えるほどの物のなさだった。しかし、これも時代を考えれば当然で、細かいものはすべてテイルを使って、その場で創成すればよい。
さすがに手伝えるところは手伝おうと、布団の運搬をやろうと立候補したものの、女の子に持たせるなどあってはならないと頑なに譲ろうとしなかった。明奈はまたも主である明人に仕事をさせてしまい、後ろめたさが心に残る。
そんなことは知らず2階に到着し、持っていた布団をベッドへと墜落させる。形を整え、明奈が寝られるようにすると、
「じゃあ、そこの椅子に座ってもらっていいかな?」
と、突然着席を促される。
明奈は何をされるのか全く見当がつかないものの、主の命令に反抗する気はなく、宿に備え付けに椅子に腰を下ろした。
明人は先ほどと同じオープンフィンガーグローブを右手に着用する。明奈は先ほど良く見えなかったその手袋がはっきりと目の前に来た時、それが特殊なものであることにすぐ気づいた。
手の甲の部分に小さな機械が付いている。デザインを著しく損なうほど異端には見えないものの、手袋として使うにはその機械は必要ないものであるのは見て取れる。
「これは?」
「まあ、見てて」
開いていた手を閉じ、すぐに開く。直後、手の上にはヘッドホンが創り出された。色は黒一色という、全くおしゃれではない色をしている。
「念のため聞くけど、テイルを使うのに必要な操作を知っているかい?」
明奈は向けられた質問に迷いなく答える。一般教養については、源家で徹底的に叩き込まれている。これも、横断歩道を渡る前は左右を確認する、程度の常識。
「自分の体にあるテイル粒子を必要な分体の外へ出すこと。そして出した粒子に頭の中のイメージを伝える事こと。この二つのプロセスが必要です。しかし、人の体にそのような機能はありません。故に、このプロセスを行うための専用の機械、デバイスが必要です。しかし、それほど大きくはありません。指輪、ピアス、服など身に着けるものにその機械を埋め込んだり、もしくは体内に埋め込むこともできます」
「おお、さすが源家出身。及第点の答えを言うのに苦労はしないか」
「そのグローブ、明人さ……先輩のデバイスなのですね」
訊いておいて、はっとすぐに顔を逸らしたのは勝手に発言したことがまずいと考えたからか。明人は苦笑しながらも、明奈にその必要はないと諭す。
「なあに。気になったことがあったらどんどん聞いていいよ。せっかく、こうして縁ができたんだから、仲良くしていこうよ」
明人は当然のように明奈にそう告げたが、源家の教育で、雇用主を絶対的存在と敬うようになっている明奈にはそれはとても難しいことに聞こえる。
どのような距離感なら正解なのか、今からでも長考に入りたいほどの大問題だ。
「仲良く……ですか?」
気軽に話掛けられるような関係は言語道断。敬いが足りないのではないかと思ってしまう。では、常に従順でいるべきか。しかしそれは、仲良くなるとは少し違う。
「それは、難しい、です……」
「難しく考える必要はない。どんどん話して、お互いのことを知っていけば」
「でも、私は従者で、明人先輩は主です。私は、従者として失礼のないように、お二人と接したいと思っています」
明人が、明奈が持っている今の自分と雇用主との関係を聞き、
「道は長そうだな」
と苦笑した。
日用品:テイルが日常的に使われている現代では、日用品も必要になるたびにテイルを用いてその場で作り出すのが主流。また掃除や洗濯はこだわりがある人間を除き、これもテイルによって汚れを消滅、消毒を行うような技術も開発されているため使用されない。ただし、机や棚などは生産にそれなりのコストがかかるため、現代においても普通に作られている。ちなみに、テイルで作成したものは、特別な効果を付与しない限りは1日で消滅する。
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