絶望的な攻撃を前に、明人はまだ諦めていなかった。
既に手は打ってある。
明人は、元々1人で何とかしようとは思っていない。そもそも明人が得意とするのは後方支援であり、1対1で戦うこと自体は不可能ではなくとも、自信をもってこなせるとは言わない。
故にここでの襲撃者との戦いは、殺すためではなく時間を稼ぐための戦い。
本来、シールドに楔を撃ちこみ、爆発させるという手間をかけずとも、シールドもろとも貫ける可能性のある弾を明人は持っている。しかし、あくまで可能性であり、最終兵器。故に明人は確実に勝てる状況をつくることを優先した。
では、なんの時間を稼いでいたか。それは言うまでもないだろう。
「あ――」
明奈が声を上げる。その表情は安心と歓喜を表していた。 明人の加勢をする凄腕の剣士と言う時点で、その乱入者が何者かはすぐにわかる。
「奨先輩!」
明人の目の前に一人。短剣をもち、迫る刃を迎える。正気を疑う襲撃者は次の光景に目を疑っただろう。短剣を凄まじい速さで振り、迫る刃を最低限の挙動で砕いたのだから。
「何……?」
乱入した奨は襲撃者の攻撃を対処するだけで満足しなかったのか、一気に襲撃者との距離を詰める。
迎え討つために剣を前に構える襲撃者。それも問題ないと攻めの姿勢を緩めない。
2人がともに接近し自らの得物で敵を斬り裂くことができる距離。
短剣でのフェイントにひっかかることなく、襲撃者は猛攻を仕掛けようと二本の剣で舞う。
しかし、数回の剣戟ののち立場は逆転する。
途中の2回を躱しその後繰り出される奨の一撃から、襲撃者は防御と回避に専念せざるを得なくなる。
動きが読めない。明奈から見た奨の動きに対する感想はこの一言に尽きる。
短剣を得物としているのだから刃を警戒するところ、その短剣の動きはもう片方の拳や足による蹴りをぶつけるための動きの一部だったり、かと思えば続けての攻撃は普通に斬撃を目的としていたり。動きに翻弄され反撃を躊躇い見切りに集中する襲撃者。
しかし、それすらも奨の思う壺だった。
明奈は奨の短剣が白く光るのを見る。
そして相手の剣を砕いた。まずは右手の剣。そしてすぐに左の剣。
「な……!」
剣は頑丈なのが取り柄の一つ。これがあっさりと砕かれた事実は、使い手の襲撃者にとっては思いがけないこと。
これこそ、奨が接近戦を制するために使う、近接武器を破壊する専用の攻撃支援データ〈砕刃〉。
白く光る刃に当たったものに大きな損傷を与え、たいていの物体を砕き無力化することができる。
その後の渾身の足の一撃を受けるのも一瞬遅れ、思いっきり腹に受けた後、遠くへと蹴り飛ばされる。
〈爆動〉は自身を加速させるものだが、触れた相手を自分の一部と定義することで、その相手を加速させ、任意の方向へと飛ばすという裏技がある。
蹴り飛ばすという表現はまさに的を射ているもので、奨が相手の腹を蹴ることで相手に触れ、その勢いで〈爆動〉を使用し襲撃者をふっ飛ばしたのだ。
明奈からも、明人や奨からも大きく距離を離され、さらに一蹴を腹に受けた痛みで、片膝立ちになり苦しそうに歯を食いしばる襲撃者。
「く……うく」
奨は静かにその相手を見据え、目つきが鋭くなる。
「お前、右手のそれは……!」
奨は襲撃者が腕に装着している腕輪を見て、突如声を大きくする。
「……君の予想どおりだろう」
「まさか、連中がここに来てるのか……」
その言葉と態度から、この場にいる誰もが、奨と並々ならぬ因縁を持つことが察せられる。それは明奈を含め明らかなほどだった。
(先輩、何か知ってるの……かな?)
しかし、奨はそれ以上目を細める以外激しい感情を出すことなく、何か具体的なことを話すこともなく、襲撃者に近づいていく。
「探したぞ……! お前を捉え、尋問にかけさせてもらおう」
「それはできない。まだ、捕まるわけにはいかない」
「……明奈を狙っておいて、ただで逃げ帰ろうなんて虫が良すぎるんじゃないか?」
「いや、こういう時の備えもしてある。申し訳ないが帰らせてもらうよ」
突如。何かが投げられ、その小さな球体が激しく発行する。その光の強さは視界を奪うには十分な光量を伴っており、この場にいる者たちをひるませた。
次に視界が元に戻ったときには、襲撃者は姿を消していた。
「奨、いいのか? アレは俺らが捜してた敵かもしれないぞ」
明人の意味ありげな問いに奨は、
「……まあ、明奈が無事なだけ今日はよかった」
寸分の間も置かず答えると、明奈の元へと歩み寄る。
明奈は、明人と奨が無事でいることに、ホッとした表情を見せる。
「無事か?」
「はい、奨先輩、明人先輩、ありがとうございます」
「間に合ってよかったよ。だが、騒ぎになっただろうから、今日はもう帰ろう」
「え、でも……」
「何かあるのか?」
明奈は痛みで顔を歪めている明人の代わりに、春が来たこと、そして今誰かを呼びに行っていることを奨に伝える。
奨はしばらく悩み、そして次の方針を示した。
「なら、俺が残る。お前達は先に帰って休むといい」
「でも……」
「俺の心配は必要ない。それよりも、今日見たことはしっかりと日記にメモしておくと良い。きっと将来に活用できることは多いだろう。……俺が身をもって実証した教訓だから、信用できるぞ?」
「はい!」
ちょうど明人も応急処置をすべて終了させ、奨の提言に従い、宿へと足を動かし始める。
その時。
「まあ、待ちたまえよ。君たち」
この場に新たな人間が現れた。
その姿を見た瞬間、奨の警戒度が一気に跳ね上がる。
「お前……」
明奈もその顔を知らないということはない。目の前に現れた男はあまりにも有名だからだ。
「なんで……」
「いい驚きようだ。ありがとう」
にっこりと笑みを浮かべて奨達を見るその男。一見覇気が欠片も感じられないさわやかな青年だ。
しかし、その男は、現代の倭を統べる最高権力者の冠位十二家の中でも、現時点で最も勢力が大きく、最強の存在と呼ばれる。御門家の現当主。
名を御門有也《みかどありなり》と言った。
〈砕刃〉:奨が使うオリジナルデータ。刃の周りに、触れた箇所に強力な斥力を発生させるエネルギーを纏わせるデータ。そのエネルギーにより、斬鉄を始め、様々な攻撃を刃で受けて、それを両断することで無効にしたり、相手の強力な対テイル装甲を貫き、断裂させることを可能にする。当然、このデータ自体に、人体強化の類の力はなく、宿った刃の持ち主の技量により、その脅威度は変わるだろう。
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