人物紹介
明奈;主人公。13歳の少女で源家の教育機関を卒業した新社会人。
太刀川 奨:明奈を買った主の1人。16歳の少年で、傭兵として各地を旅している
須藤 明人:奨の相棒で明奈のもう1人の主。明奈のことを気に入っている。
八十葉 光:やとのは ひかり 倭を統べる最高権力の12家のうち島国の倭の中で旧兵庫県と中国地方東部を支配している家の御令嬢
華恋:かれん 旧二十二番。今は光に華恋という名前をもらい、八十葉家の新人となっている。
建物が立地するこの土地は、他の地域と高低差があり、ここに来るまでに100段程度の階段を上ってきている。
源家が何かの発表をする際や、冠位の家の当主を招いた重要な会議をする際には使われることがあり、その際は閉鎖されるものの、それ以外の日は出入り自由。
建物を破壊したり、危険物をつくったり、ごみをポイ捨てしたり等の迷惑行為でなければ、フリースペースとして、建物の外や内を自由に使っていいことになっている。
奨たちが足を踏み入れた時から何度かすれ違っているのは八十葉の家紋を服に刻んだ集団の一員。明奈の見知った顔数人を交えた武器の訓練が行われていた。
「あなたたちも研修?」
後ろから肩をトントンと叩かれ、唐突のことに明人は頭が真っ白に。敵襲であればすでに死んでいたという恐怖心からだったが、幸運なことに、明人を後ろから叩いたのは八十葉の当主時期継承権を持つ、未来の領土の君主候補、八十葉光だった。
「これはこれは、お久しぶりです。光お嬢様」
「もうその呼び方はやめて、護衛の話はもう1年も前の話じゃない」
奨くん、明人くんおひさー、と慣れ慣れしく先輩の名を呼ぶ光を見て、明奈は当然のことながら一つの疑問を抱く。
「八十葉様とお知り合いなのですか?」
「まあ、昔1か月くらいの間、金を稼ぐために八十葉の人盾隊、いわゆるボディーガードとして雇ってもらったことがあってね。その縁で少し面識がある」
光は奨の説明に反論を加える。
「少しじゃないわ。だってあの時生き残ったの、貴方と明人君含めて4人だけよ。最初は100人以上の部隊だったのに、テロリストとの交戦でいっぱい死んじゃったのよね。生き残ったボディーガードとして、信じられないブラックなシフトで働いてもらったんだもの。よく覚えているわ」
「まあ、過剰労働分のボーナスたっぷりくれたんで恨んではないですよ。でもよく覚えてましたね。俺みたいな傭兵如きを」
「だってあなた、強いもの。立場がどうでも、人間でも強い人は私好みよ? 記憶に残りやすいし」
2人の関係は思っていたよりも良好で、少なくとも閃と話をしていた時より、奨には緊張はないように明奈の目には映っている。
そして、映るのは話している2人の姿だけではない。周りにいる八十葉の人間の訓練の様子も目に入ってくる。少し意識を傾けると、彼らは弓矢や光弾を生成して、同じく作り出した的を30m先から撃ちぬく練習をしていた。
訓練のレベルは初心者である新入りに合わせているようで、明奈同様昨晩買われた新入り以外の八十葉の戦士たちは軽々と的を射貫く一方、後輩の指導を行っている。
八十葉家は御門家と並び親人間派を名乗るのと同じく、御門家と肩を並べる戦闘を専門とする家。
島国である倭が海外からの小規模の襲撃、数回の大規模攻撃にに耐えられてきたのも、国防軍と肩を並べて戦った御門家、八十葉家、そして、天城家、伊東家の4つもの冠位の家が戦闘を専門としていたからだと言っても過言ではない。
そんな八十葉家が人を欲する理由はやはり兵力増強が一番だ。御門家が個の力を重視し、火力重視の呪術を得意とする戦法をとるのに対し、八十葉の主戦法は集団戦、数と高い命中精度を誇る射撃攻撃を得意とする。
「あ、22番……」
明奈の目に特に映るのは22番。源家の教育機関でも、優秀な成績を収め主席卒業を果たした同級生だ。ここでもやはりと言うべきか、他の同級生数名を置いて、成果を出し始めている。
22番は一瞬明奈を見ると、少し手を振り、また訓練へと戻った。元々性格も悪くないので、明奈が落ちこぼれに近い同級生でも気兼ねはない。
「あの子、周りに比べていいセンスしてるな」
明人は、明奈が見ている先を同じように見つめ、22番を指さす。それは無意味な行為ではなく、光に誰の話をしているのか分かりやすくするため。
「あら、華恋ちゃんのこと? 可愛いわよね……」
「いやいや、そう言う話をしてるんじゃ」
明奈は意外な形で、彼女の新しい名を知ることとなったが、聞いてて嫌な気持ちにはならない良い名前だと思った。
「冗談。明人君、真面目なんだからー。でも、まあ、あなたの言う通り、華恋ちゃん才能あるわ。うちで雇って正解だった。そっちの子はどう? 前評判は少しあれだったけれど」
明奈には何の反論もする余地はない。光の言う通り、自分が才能のない人間だということは自覚しているからだ。
しかし、明人と奨は、反論の余地があった。
「何を……うちの明奈だって可愛いだろ」
「おい、明人。真面目にやれ」
「ああ、そうだな。素直なところがとてもいい、感情も豊かだし、質問があればしっかりと尋ねてきてくれる。初期研修はまだだけど、今のところは高評価だぞ」
「あら、お宅、初期研修はまだなの?」
「食いつくところそこかよ」
明人はやれやれと苦笑するのを気にも留めず、光は華恋を呼び出す。
「せっかくだし、ご一緒させてもらおうかしら。あなたたちの初期研修、何をするか楽しみだわ?」
「まさか勝手に覗き見る気じゃ……俺は今できないぞ。まだ何の準備もしてない。奨!」
興味ありげに八十葉の訓練を覗いていた奨は、明人の声を聞き、中断。光は一度その場を離れ、華恋と名づけられた新人の子供を含め数人を連れてきた。
「できる?」
奨は思わぬ乱入者にため息をせざるを得ない。
かつて剣術を師匠に叩き込まれたときは、師匠と二人、厳かに行った。幼い頃は夢見がちで、自分にもしも弟子ができたなら、このようにやるのだろうと奨は思っていたものだったが、現実はそうはいかない。
しかし、それはそれでいいか、と奨は諦める。機会はまたあるだろうと。この場は、八十葉の令嬢とその仲間がいる場で、ご令嬢を不機嫌にさせるのは望ましくないと判断する。
「……明奈、もう始めるか? 俺が使うのは木刀だけだから、すぐにでも始められる」
明奈は頷く。反対する理由はなかった。
「分かった。せっかくの機会だ。八十葉の令嬢のリクエストに応えるとしようか」
奨は武器用の短刀デバイスを起動するのではなく、その場で念ずる。仰向けに開かれた手のひらに、二本の木でできた刀を生成すると、そのうち1本を明奈に投げ渡す。
「冠位の家に見守られながらというのも貴重な経験だしな」
八十葉家:旧兵庫県区域と中国地方東部を支配している、倭を12分した最高権力を持つ家の1つ。戦闘を得意とする家で、特に射撃戦であれば、八十葉家の右に出る家はない。八十葉家が治める地域は親人間派であり、〈人〉と人間が共存している数少ない領地となっている。
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