Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

2 運命の出会い

公開日時: 2020年11月24日(火) 20:02
文字数:2,333

源家の仕事は、〈人〉に仕える人間の育成。


彼らに管理される子供は赤子の頃から、〈人〉に仕えるために最低限必要なマナーや教養、コミュニケーション能力を身につけさせ、また護衛として役に立つように、体術、武器の扱い等を徹底的に叩き込まれる。


ここまでの厳しい源家の教育に耐え見事成人式を迎えられた子供たちは晴れて、源家監修の義務教育機関出身という名誉と共に、他の〈人〉の家に雇用される栄誉を与えられるのだ。


今日この式を迎えた四十番もまた、今日の結果によって今後の自分の運命が左右される。誰に自分の雇用権を買われるかによって今後が左右される。


ライトの光が一層会場を明るく照らした。


これが成人式が幕を開ける合図。それを察知した主役たちは背筋を伸ばし、姿勢を正す。


源家の次期当主にスポットライトが当たる。


「式の開始と共に本日参加している、数の小さい番号の者から、源家義務教育修了証明書の贈呈と共に、雇用権の買収を希望する家の立候補を受け付けます」


この言葉と共に会場は静まり返る。


静粛を促す言葉が必要なくなり口にしようとしていた閃は少し言葉に詰まったものの、それが決定的に混乱させるものではなく、次期党首は式の開始を宣言した。


「これより成人式を開始致します。これよりは1人ずつ修了証明書の手渡しを行いその後すぐに雇用権買取の立候補を募集いたしますので、式の途中はお聞き逃しのないようお願いします。最初の5人壇上へ」


四十番を含め、周囲の人間と共に立ち上がり、春の誘導に従い移動した。


雇用権を買いに来た〈人〉の目的で多くを占めるのは、名家が自身の領地で働く労働者をスカウトすることにある。


四十番たちをじっくりと観察する多くの〈人〉。彼らが買う子供を評価する際にはたいてい共通の評価ポイントがある。


最も重視されるのは、万能粒子を体内にどれほど持てるかを示す、一般的に保有テイル値と呼ばれる数値だ


この数値は、生まれてから徐々に伸び続け、12歳前後でその値はピークを迎える。テイル粒子値はこの世界で生活し、働く際にも非常に重要な数値となるため、多ければ多いほど高い評価を受けるのは言うまでもない。


たった今修了書が渡された二十二番、そのテイル粒子値は2200。同年代の平均値よりもおよそ200高い。


そのため、彼女の雇用権の買取に立候補する家は30を超えている。高い数値を持っている二十二番が人気になっているのも道理だ。多くの立候補者を見て、それが誇らしく思ったのか、二十二番の女子は笑みを浮かべている。


一方で四十番は自分を見る。自分は平均から250ほど値が少ない、1752。他の子よりも魅力に感じられないとは自覚していた。


続けて修了書を受け取ったのは、先ほど四十番に話しかけた三十九番。彼にも8つが手を挙げ、とりあえず将来が安泰の三十九番はほっとした表情を見せた。


四十番はさらに不安に駆られる。三十九番出さえ60あるうちの8しか立候補がなかった。彼女には三十九番のように特別なスキルもない上に、様々な能力は平均的で特別得意なものもない。あまりにも平凡だ。これでは立候補も見込めない。


もしも誰にも買われなければ、基本的には源家で働くことになる。しかし、それは自ら落ちこぼれだったと後輩に自白するのと同じだ。馬鹿にされても仕方のない状況になるのが、四十番は嫌だった。


「次、四十番。こちらへ」


「は、はい……」


源家の次期当主に呼ばれた四十番は、次期当主の近くへと歩み寄った。


「修了書。四十番。ここまでよく頑張った。これよりはこの地から羽ばたき、広い世界の中で活躍することを心より願う」


修了書を差し出された四十番はそれをリハーサル通りに受け取った。


「笑いなさい」


静かな声で諭される。四十番はそれを言われ始めて、何とか頑張って唇の端っこを釣り上げた。


会場には拍手の音が響き渡る。これで四十番は今日から成人となったのだ。


「では、彼女の雇用権、25万円から受けます。希望する方は挙手を」


受付が始まる。しかし、手は挙がらない。雇う側も何かその人材に魅力を感じなければ見向きもしないものだ。


現実をはっきりと見せられ、四十番は心が締め付けられそうになった。


しかしその時、四十番の目に、手を挙げている2人が映った。それは先ほどじっと彼女を見つめていた記者だった。


源家の長男は、本心では、彼女は成績が悪いからすぐには売れないとは思っていたのだろう。


3秒ほど言葉に詰まり、

「太刀川様、須藤様、よろしいのですか? 彼女で」

と尋ねてしまっている。


しかし、記者の方は何の憂いもなく、片方の記者が答える。


「さっき目があった。ピンときたよ。この子がいいって。なに、成績なんて私たちの仕事には関係ない。気にするな」


自分が不良品のように言われるのはあまりいい気分ではなかったものの、四十四番にとっては彼らは救世主だった。


「太刀川様と須藤様は一緒のお会計だったと記憶しています。本当に彼女で?」


「ええ」


「……では、他の方の希望もありませんので、ここで契約成立になります。後ほど頂いたアドレスに請求書をお送りしますので、そちらから雇用権購入の手続きをお願いします。なお、ご入金が確認できない限り、この島から出ることはできませんので、そのつもりで」


いつの間にか四十番の後ろに立っていた春が、嬉しそうにその記者の顔を見て、背中を叩く。


「さあ、もうあなたはあの人たちのものよ?」


四十番は頷き、自分の救世主となった記者の元へと走り出す。それを見て、記者の一人、須藤が口を開いた。


「この後込み入った事情を彼女に話さなければならないので、先に席を外します」


司会の閃が許可したのを見計らい、2人の自称記者の元にたどり着いた四十番を片方の記者がエスコートする。

テイル粒子値:万能粒子は体内にあまりに小さく数が膨大にあるため、1つ1つを数えるより、百分率や割合表示にするか一定の基準で決められた数値でテイルの量を示すことが多い。人間や〈人〉が一度に保有できる最大量は個人ごとに決まっており、人間は粒子値でいえば、平均で2000、〈人〉は30000ほど体内に保有することができる。

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