Against human:恋し紅色に染まった蝶 影の女神を殺すため戦場を飛ぶ

『彼女は恋をして、その恋のために命をかけてでも戦う』
戸﨑享
戸﨑享

3 授けられた名前

公開日時: 2020年11月25日(水) 21:59
文字数:2,876

四十番の前を歩く2人の容姿はそれほど奇抜なものではない。


「奨、お前全部払えよ。手続きはしとくからさ」


奨と呼ばれた彼は、身長は170センチ後半、黒のクセのない髪で顔立ちは男らしいというよりは中性的な美しさを持っている。目つきが鋭いところが、彼を男性だと見せている。対し体は細いながら節々を見るとがっちりしていて、良く鍛えられていることがうかがえる。


「マジかよ」


「じゃんけんで負けたのはお前だぞー」


対してもう1人の男子は、ブラウンの髪色で少しツンツンしているようだ。背の高さは奨と同じながらそれほど鍛えている様子ではなく、隣に並んでいるとややよわよわしく見える。


四十番を置いて支払いの話を片付ける様子から、この2人がそれぞれ、須藤明人《すどう あきと》、太刀川奨《たちかわ しょう》という名前であることを彼女は理解する。


2人は特別倭の男性の平均身長より高かったり低かったりはしない。体つきは少し異なり、奨とは腕を見ると体を鍛えていると予想できる程度には筋肉がついた細身の体、一方で明人の方は本当にただ細いだけだ。


「さて……」


一通りお金の話を終えた二人は、迎賓館の入り口付近で止まる。四十番も2人に倣いその場で停止した。


「まず、呼び名を決めないとな。いつまでも四十番じゃ可哀そうだ」


「あ、ありがとうございます……」


四十番はそれほど自分の呼ばれ方にはこだわりはなかったので、特にこれ以上反対もしなかった。


「……明奈だな」


「は?」


奨の唐突な提案に、明人が思いっきり口をあけ、疑問符を発音する。


「だってお前、可愛い妹が欲しいなぁ、とか言ってたじゃんか。良かったな、可愛い妹ができて」


「お前、明奈……彼女の前で」


「ノリノリじゃん」


「く……」


目の前で繰り広げられた謎の話の中で、呆気なく決まった自分の名前候補。四十番は反対しない。この地で受けた義務教育の中で、主人がつけた名前に意見することは非常に失礼なことだと教えられた。同級生の中では最も愚図だと自覚のある四十番だが、源家で受けた教育はしっかりと身に染みている。


四十番は二人の前で、聞こえるように発声した。


「私を雇っていただき、ありがとうございます。明奈、そのお名前受け取ります」


この台詞もまた、雇用されたときに言うように命令を受けたもの。


「まあ、いいじゃないか。悪くない名前だ。この方が呼びやすい」


「俺は恥ずかしい」


リラックスしている面持ちで話をする二人に対し、四十番、改め、明奈はこれからどうなるのか全く予想できず、そもそもフリーの記者が人間を買う必要があるのか、というところから謎で、明奈は不安そうな顔でおろおろしてしまう。


そんな様子を察した明人は、義理の妹に対し声を掛ける。


「そんな緊張しなくてもいいよ。俺達もお前もそんなに歳の違いはない」


「でも、あなたたちは主です。失礼な事はだめだと言われているので」


「主か……、なんか、しっくりこないな」


明奈はそう言われ、さらに二人との関係を測りかねる。明人は明奈がさらに困った様子になってしまったのを見て、対応を考えた。


「まあ、まずは自己紹介しようか。俺達のことを良く知ってもらおう。これから、一緒に居るわけだし」


明奈の緊張と混乱を和らげるために明人が思いついたのは、自己紹介というありきたりな行動だったが、明人の提案に奨は反対しない。2人この行為はいずれは明奈に対して必要になるものであり、遅かれ早かれだった。


言い出した明人から始めようとしたものの、奨がそれを制止する。先に自分が言う、とアイコンタクト。明人はそれに乗り、口を閉じた。


「俺は太刀川奨。十六歳のフリーの記者……というのは嘘だ」


「は……い?」


早速嘘をつかれ明奈は困惑する。職歴の詐称はいい顔して受け入れられるものではない。偽りはいつの時代も良くないことだ。


「フリーなら自称でも通じるからな。本当は傭兵をやってる。食費を稼ぎながら、ちょっとした目的のため、倭の国の各地を旅してる」


「な、んで嘘を……あ、申し訳ありません。勝手に質問を」


「いいや。別に隠す必要ももうない。傭兵は、人様にはあまり聞こえが良くない職だ。このご時世、そこらで命の取り合いが発生しているし小遣い稼ぎにはちょうどいいんだが、武器を振り回す野蛮な職業というイメージもあってな」


明奈は新たに口を開きかけるがその口をすぐに閉じる。その様子を見た奨は、彼女が先ほど質問を返したことを謝っていたのを思い返す。


源家出身の子供は、自分を雇った人間には絶対服従。質問は主への失礼とあたりよほどのことがない限りは、相手の命令に無条件に従う教育されている。


「まだ質問があるんだな?」


「……いいえ」


「気になったことがあったら訊け。初期のコミュニケ―ションは相手のことを知ろうとする努力から始まるものだ。分からない事、質問したいことがあれば遠慮せず尋ねるべきだ。俺達も知られたくなかったら言いたくないとはっきり言うから」


その言葉を聞いた明人がニヤニヤしながら、

「奨も最初は言葉足らずだったもんなー」

と口を挟んだ。


苦い思い出なのか、一瞬奨が目を細めたのはその頃を思い出してだった。


主の許しを得た明奈は、改めて主が望んだとおり言葉を紡くことにした。


「立場を偽ってまで、この地に来たのですか?」


「ああ。俺は人を探して各地を巡ってる。幼馴染でね、この源家のお膝元に来たのは、ここで目撃情報があったからだ」


「どんな人、なんですか?」


「女の子。名前は春。俺と同い年くらいの人間だ」


明奈にとって聞き覚えのある名前だ。それは源家に仕え、自分たちの世話をいろいろとしてくれた少女だ。


「その人、源家の使用人の1人です」


「知ってたのか」


「はい、いろいろとお世話になりました」


「そうか。いいことが聞けた。元気にやっているようでとりあえず安心したよ」


奨の表情が少し和らいだ。


奨の自己紹介が少し長くなってしまい、明人がいつ口を開こうか様子を窺っている。それを表情から察した明奈はそれ以上は聞かずに明人の方を見た。


明人は、明奈の視線を感じ、奨が黙ったのを見てようやく口を開く。


「俺は須藤明人。基本的に俺は奨のサポート役みたいなものだ。奨とは3年前に出会ってから意気投合してね。それ以来一緒に行動してる」


奨もここで話に割り込んでくる。


「そういえば明奈。お前、今何か持っているか?」


「いいえ。私はこの服以外何も。源家から物の持ち出しは禁止なので」


「なら、明日はこの島を巡る予定だからな。いろいろと買い揃えてやるか」


奨は明人の方を見て、明人もまた同意を示すため頷く。


(明日……? 早い。まだ私、お二人に何もしてもらえてないのに……優しい)


明奈は新しい主人の気遣いに感謝するために、緊張で震えた声でお礼を述べる。


「お、お気遣いありがとうございます……奨様、明人様」


「そうだ。その呼び方はやめよう」


奨が明奈の方を見たのは、それを言うためだった。


「何故ですか……?」


「俺達は立場を偽ってるって言っただろ。俺も明人も、本当はお前と同じ側なんだ」


同じ側、その言葉の真意を明奈はどう捉えればいいか分からなかった。

太刀川 奨:たちかわ しょう。源家本家が管理する土地にやってきた倭出身、16歳の少年。四十番改め明奈の雇用権を買った傭兵。

須藤 明人:すどう あきと。奨と行動を共にする同じく16歳の少年。奨に比べ見目はやや心許ない。


傭兵:〈人〉が互いの領地や利権を賭けて他の〈人〉の家と武力抗争になることはよくある。その時、自領の人間の他に必要な戦力を補うためのアルバイトを募集することがある。それが傭兵。単価はそれなりに高く。1件雇われるだけで1か月は生活できるだけのお金が稼げるものの、実力がないと死んでしまうため、生業として成り立たせている本当の意味での傭兵を名乗る者はそれなりに高い戦闘力を誇る証でもある。

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