「この国の人々の心といえば米だ。1週間に1回は食べないと死ぬ」
「死なねえよ。何言ってんだ」
そんな奨と明人のやり取りから始まったのが料理の研修である。
「料理が重要視されないのは、テイルがあるから、必要な栄養をわざわざ料理した食べ物で補う必要がないからだ。人間も〈人〉も忙しい。少しでも自由な時間を取るために、料理は避けられがちだ」
この研修が始まってから、奨の顔は剣術の時からは想像もできないほど、声が弾んでいる。
「まずは何から教えようか。今一度確認するが、明奈は料理をしたことは?」
「ないです」
「そうか。ならばやはり基本からいくのが良いだろう。そうしよう」
とてもハイテンションになっている奨を見て、明奈はどのように反応すればいいか困惑する。明人もやれやれとため息をついていた。
基本となるお米の炊き方をやってからそれを使って夜ご飯を食べることになった。
「炊飯器という便利なものもあるが、釜を使うのもいい。ほどよい焦げのつくり方がわかれば、炊飯器でしっとりご飯もできるし、おこげをアクセントに入れた炊き込みご飯もできる。よし、今日は寝かさないぞ」
「馬鹿かお前。後言い方考えろ」
今日だけでも多くの人と出会い、きっと周りの人々はこの2人を真面目だと受け止めているだろう。
しかし、実際は個のように冗談を言い合うほど仲が良い。明奈はそんなところ見られているだけで、買われた子供としての特権だと感じることができた。
「やはり、まずはおにぎりだろう」
「おにぎり……?」
「炊いた米をだいたい三角形にするが、もちろん米を纏めるだけじゃなく、中に具を入れて、お米本来の甘味、旨味、感触とハーモニーを楽しむんだ」
「ハーモニーですか……」
「まずはさっそく作ってみよう」
目の前には釜が用意され、長屋にあらかじめ置いてあった調理コンロを用意する。精米はあまり研ぐ必要はなく、汚れをささっと洗い流す形で、後は米を水に浸け然るべきタイミングで火を入れるのだ。
「そうそう。うまいぞー明奈」
剣術のときの厳しさと変わって、今の奨は優しさの塊だった。
顔はいつでも晴れやかで、明奈に良いところがあれば褒めまくる。適度な指導や注意はするが、別人じゃないかと思うくらいに態度が柔らかい。
「やはりお米を使った料理は基本だ。手に入りやすいし、値段も安定している。倭で遥か昔からずっと栽培されてきた穀物だからな」
お米が炊けるまでしばらく時間がかかる。放っておいても大丈夫と言う奨のアドバイスに従い、話題は明人が過去を語りながら源流邸でやっていた作業の件へ。
明人は画面を展開し、しばらくキーボードを操作する。空中に展開された画面の中で、動画が再生された。
「あ……!」
たった数回だけだったがそこに行ったことのある明奈が気づく。一方奨は首を傾げている。
「なんだこれ?」
そう尋ねられ、明人は自慢げに答える。
「え、源家宗家の敷地内」
「おま、バレたら殺されるぞ」
「バレなきゃ大丈夫だって、それにばれても機械の暴走っていえばいいし」
キーボードを操作すると方向転換する。
「ちなみに生配信だ。今手動操作に切り替えた。まあ、画面が小さいのは許してくれ。ハエくらいしかない偵察機だから大きなカメラつけられなかったんだよ」
何故そんなことをしているのか、そう問う前に明奈は凍り付く。
「なんてことを……」
「ほら見ろ、明奈だって顔真っ青だ」
「奨だって、源家宗家敷地内の情報が手に入ればなーとか言ってたじゃん。それにどのみち奨は狙われてんだろ。なら先手必勝。しっかりと敷地内の情報を手に入れて、もしものとき春ちゃんに会いに行けるようにしようぜ」
へらへらしながら偵察機を操作しているが、やっていることは当然違法行為である。源家が許すはずもない。
奨はそれ以上何も言わなくなったのは、『もしものとき』を考えてのことだった。これ以上明人を咎めはしない。
一方、目の前で現行犯を見ている明奈はすでに絶句している。
頭の中では止めるべきか、もう遅いから諦めるしかないか、など様々な思考が巡る。しかし、主である2人が止まらない様子なので、明奈も反対するべきでないという選択を選んだのだった。
「源家は本家まで、森が続いているんだな」
「ああ。これは源流邸の裏口から本家敷地に入っているけど、一通り飛んだ感じ、林は間引きされて人が通りやすくはなっているけど、整備された道がないな。多分侵入者対策の一環だろ。森を抜けたらそこはすぐに建物とか施設とかって感じだ」
「どんな施設がある?」
「入り口から入って東に行くと広場があるな。地面が傷んでるからたぶん戦闘訓練場かな。そこからすぐ先には厳重に封印されている施設がある。研究所かなんかか。敷地の中央に本家があって、俺達の居住区の向こう側には……田畑が広がっている」
明奈が付け加える。
「その農耕地帯は、私たち初等教育生の居住区です。私たちは日々、訓練と一緒に労働を義務付けられていて、この島の農業もになっています」
「なるほどー」
「あの、でも春さんは教育係なので。たぶん普通の居住区よりは、本家にいることが高いんじゃないかと。本家で部屋を与えられているとか……」
源家の子供は1000人規模で管理されている。その教育係と言えば100人以上は必要になる。そんなに住めるのかと疑問を持つところだったが、次に映し出された、本家宅の外観を見てそれはなくなる。
「広」
奨が2文字で述べた感想の通り、広く大きい。
3階建てのため高さはそれほどないがその分、横に長く、録画映像の中には、広い正面玄関門とそのから外に広がる庭から始まり、木造ながら華族のために立てられた立派な屋敷という印象を多くの人間が持ちだろう屋敷。
奨はここまでの情報をしっかりとメモし、簡易的なマップを作る。
「こんなことを私の隣で……」
確かに明奈は、研修の時に片手で何かをしているのを目撃している。
まさかそれがこのようなことだとは思わなかった。確かにこれは人に誇れることではないが、偵察機をつくる腕、そしてそれを研修をしながら器用に操作していた器用さは、自分にはまねできないすごい能力だと感心。
「じゃあ、戦闘場を詳しく観察してほしい」
「奨、本家に入らなくていいのか?」
「いや、まずは監視の少ないところから見ておきたい。奴と戦うことになれば、きっとそこに追い詰められるだろうからな」
奨の意図は、今の明奈には分からなかった。
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