登場人物
明奈;主人公。13歳の少女で源家の教育機関を卒業した新社会人。
太刀川 奨:明奈を買った主の1人。16歳の少年で、傭兵として各地を旅している
須藤 明人:奨の相棒で明奈のもう1人の主。明奈をとても気に入っている。
閃は腕時計を確認する。古来のアナログ型の時計は、現代においても腕時計はファンションの一つとして残っている。閃もそのお洒落をする1人だったようだ。
「源家はこれより事件の追及に全力を注ぎます。しかし、現在において、手掛かりがない状態です。どうかご油断はなさらないように」
閃の忠告に、
「もちろんですとも」
博士が反応を示すことはあっても、反対する者はこの場にいなかった。
「すでに源家領内を密閉状態にしてあります。結界を張っているため、皆さんは事件が解決するまで外に出ることはできません。その点もご注意ください」
「逃げられないではありませぬか?」
「ご安心を。源家の名に懸けて、必ず、目的を果たして見せます」
奨は、犯人を捕まえてみせる、という言い方ではなかったのが少し気になったものの、今この場で追及はしなかった。
閃は立ち上がり、
「では、もっと談義を楽しみたいところでしたが、皆さんへの注意喚起は済みました。私はこれで失礼します」
そしてこの部屋を後にする。
明奈だけは今の話をすべて理解はしていなかった。しかし、奨が重大な事情を背負っていて、今起こっている事件が、それに関係しているというのが何となくつかめただけだった。
いろいろと気になることがあったが、気軽に話せるような話ではないのは分かったため、今は質問を慎んだ。
残ったのは、奨達3人とフォー博士のみ。事件の話の続きと言っても、現状これ以上話すことはなかったため、話はこの場に来た最初の目的へと戻る。
「では、そのお嬢さんのデバイス選びの続きとしましょう。この老骨もテイルの研究を始めて数十年。少しはお役に立てるかと」
「なるほど、ではお願いします」
明人とフォー博士が2人で、様々なデバイスを選び吟味する。デバイスに詳しい者同士、専門用語を多く交えながら話し初めて、奨と明奈は置いてけぼりに。
その間、少し奨が、この後の予定について明奈に話す。
「今日は散策して、明日以降、君にいろいろと必要なことを教えていくよ。見たところ、まだまだ知らないことが多そうだからね」
「お、お願いします」
「緊張する必要はない。最初はだれでも、そんな時期があるものさ。遠慮なく教えられてくれ。俺も、この機会に莉愛先生の真似事を少しでもしておきたいからな」
たったそれだけの会話をした直後、
「決まった!」
明人が大声を出して、明奈へデバイスの決定を報告する。
「いや、助かったよ博士さん。さすが専門職」
「いやいや、テイルと人についての研究しか能のない爺ですからな。デバイスの選定くらいは専門職としてのそれを見せないといかんのですよ」
個室に店員が頼んだデバイスを持ってくる。宝石類は特についていない銀の指輪だった。
「これですか……?」
「あまり派手なのも悪目立ちするしな。手だして」
明人が明奈の手を取ると、その手に指輪をはめた。奨は苦笑して、それを眺める。
「ほほほ、仲睦まじいことで。実に良い」
博士の一言を聞き、明人は顔を赤くしたのは気のせいではないだろう。
明奈は右手の指にある、主からの贈り物を嬉しそうにじっと見つめている。
渡されたときは、もちろん嬉しかったが、手につけているところを何度も見るたびに、自分に与えられたものという事実が、徐々に意識できるようになり、意識すればするほど、嬉しさが自分の奥底から溢れてくる。
教育機関では、贈り物はあまりされなかった。ただ1つだけ、春から髪留めを貰ったことがあったが、教育機関からは物を持ち出しができないため、結局は寮に置いていくしかなかった。それは非常に心残りとしてある。
しかし、今度はそういうことはない。明奈には、一生大切にしなければ、という義務感に近い思想さえ生まれていた。
そして、明人はそんな明奈をじっと見つめている。
「微笑ましい姿だ」
「申し訳ない……」
奨のこの言葉によって、明人と明奈は、恥ずかし気に今目を向けていたものから目を逸らす。
「いえいえ、不快ではないからいいのですよ。それよりそちらはこの後は?」
「この後は町の散策のついでに、明奈の日用品を一通りそろえようかと」
「そうですか。確かに、デバイスのデータで購入するにしても、やはり専門店であれば、面白いものもあるでしょうな」
「そちらは?」
「従者と合流した後、天城殿との会談です。いやあ、一介の研究者が、日ノ本最強の男と会談ができるとは、仕事も極めてみるものですな」
フォー博士は一礼して、次の目的地へと一人で歩いていく。
奨は、その背中を見ながら、一瞬、何かに気が付つき、何もないはずの右を見る。
どうした、と明人が効く前に、奨は右を見た理由を言う。
「人の気配がした。身を隠しながら、フォー博士を追っている」
「おい、それ襲撃犯じゃないか?」
「可能性は0ではないけど、俺が思うにおそらく護衛なのだろうな。ずっとあの博士を見ている。どうも、腕もよさそうな奴だったな」
「……俺が恐ろしいのはお前だよ」
明人が苦笑しながら、
「なんで気が付くんだか。普通、見えないと思うけどな」
奨の卓越した気配感知を褒める。
明奈も今のやり取りの間に右を見たが、商店街の中なので、目に映るのは店ばかり。とても人が通っていたような様子はなかった。
「まあいい。さすがに人が多いなかで、犯人も襲ってはこないだろう。大っぴらに問題を起こせば、源家だけじゃない、八十葉家や、他の冠位の家も動く。国家戦力並みの連中を相手にしようなんて考えにくい」
「でも実際に事件を起こしてるぞ」
「……それもそうだな。だとすると、敵は手ごわい可能性がある。俺らも警戒をしておくに越したことはないだろう。なんにせよ、人間差別主義の連中に捕まったら終わりだ」
その言葉を聞き、明奈は2人に会う前に見た悪夢を思い出す。
人間差別主義の家に捕まれば、待っているのは地獄。明奈も、有事に何もできない現状を差し置き、主の言う通り警戒しようと意気込んだ。
戦闘専門の家:倭を統べる12家の中でも、呪術を得意とする御門家、射撃を得意とする八十葉家、武術とオーラの扱いを得意とする天城家、生物兵器の運用を得意とする伊東家の4家は、特に戦闘を得意とする家である。国外から侵攻があるたびに、この4家が迎撃を行い、小さな島国でありながら独立を保ってきた。特に、御門家は群を抜いて強いとされ、1家で国家戦力並みと言う者もいる。他11家が今も慎重な姿勢を見せているのは、それが一因ともいえる。
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