二十二番も四十番同様、漢数字にしているのはわざとです。
四十番にとって、それは自らが育った実家から独り立ちするのと同じで、具体的に言葉にできない漠然とした不安が拭いきれない。
自由時間の間も、他の同級生が笑顔で交流をしているのに対し、四十番は暗い顔をしながら、図書室の隅で気を紛らわすために本を読んでいた。
「あれ、四十?」
偶然出会ったのは二十二番と名前を付けられている優秀なクラスメイトの女子だった。自分と対称的なしなやかなロングヘア―、澄んだ翠玉色の瞳、容姿に乱れはなく、彼女の真面目な性格をしっかりと表している。
「二十二番は、今日も勉強?」
「うん。まだ資料室の本を全て見てないから。電子書籍はダウンロードできるけど、ここにある紙の図書は、今読んでおかないと」
「すごい……意識高いね。きっと卒業試験の成績も優秀だったんだろうな」
「今までしっかり頑張ってきたもの。でも、貴方だって合格したじゃない」
「ギリギリだよ。もしかすると成績は最下位くらいかも」
「でも、合格は合格よ。……隣、座ってもいい?」
図書室の壁際に造られた木製の椅子と机が並ぶ読書スペースではあるが、四十番が座ってる隣に椅子はない。四十番は慌てて周りを見るが、すでに別の使用者がほとんどの椅子を使っていて、空きはない様子だった。
「大丈夫、自分で創るわ」
二十二番は慌てる四十番を制止して、四十番の隣のスペースに向けて手を伸ばす。
彼女の右手には1つ、指輪がはめられている。
二十二番は目を閉じ、想像する。
四十番の隣に椅子があるという想像を。形を、色を、大きさを、正確に頭の中に描き出す。
右手の指輪が一瞬輝き、そして、その彼女の想像は現実となった。
四十番の隣、空いているその場所に、四十番が今座っているものと同じものをそこに創造したのだ。
「速い。さすがだなぁ……」
四十番はその光景見て驚きはしない。なぜなら、これは決して彼女だけの能力ではなく、この世界の誰もが練習すればできる技能だからだ。
「お褒め頂き光栄ね」
全ての人類は、このように無からモノを創り出す力を有している。
『テイルとは、一言でいえば万能粒子だ。人間が考え得るすべてが、たとえファンタジーであっても、この粒子によって現実のものとなる』
万能粒子開発録、開発科学者の言葉の中にこのような一文がある。
その粒子を使えば、あらゆる物や現象をその場で無から創りだすことができる。何もないところから金を生み出すことは容易く、炎や水を再現したり、レーザーを刃とする剣のような、聞く限りでは作成不可能だろうものまで再現が可能である。
自分の思ったままの物を創造する。まさに神の所業とも言える行為をテイルは可能にしたのだ。そしてそんなおとぎ話のような万能粒子は、自然界の資源ではなく、人体で生成されている。
隣に座った二十二番は、じっと四十番の顔を見ていた。
「どう……したの?」
「気に障った? ならごめんね。あなたのことこれで見納めかもって思うと、記憶に残しておきたくて」
「私、変?」
「そんなことない。むしろ可愛らしいよ。でも、別に見た目だけであなたに興味を持ったわけじゃない」
二十二番は、笑みを浮かべながら、昔話を始める。
「私、あなたに興味があったの。自由時間がある日も残り少ない、どうしても、それを伝えたくて」
「興味……?」
そんなはずはないと四十番は首を横に振った。
「そんなことないよ。あなた、閃様や春さんに随分お叱りを受けていたでしょ?」
閃様、春さん。この2人は、四十番だけでなく二十二番をはじめとする多くの訓練生を監督する教育係。
多くの訓練において主にこの2人が四十番の教導を行っていた。それぞれ齢18と16でありながら貫禄ある指導を行っていて、生徒たちから畏敬の対象になっている。
厳しい教官である閃様と、優しく根気強く教えてくれる春さん。2人は自分を一人前に育ててくれた大きな恩人ではあった。
二十二番は言う。
「私、あんな毎日怒られたら心折れそうだなって、それでもずっと頑張ってきたあなたがすごいって思った。いつも自分の勉強と修練を優先しちゃってたけど、最後の日くらいは、あなたと話したかった。聞いてみたかったの。頑張れる理由を」
「え……それは……」
四十番は答えに迷うわけではなかった。しかし内容は13歳という現実を考え始める頃に抱くものとしてはあまりにもメルヘンチックだと自覚していて、言うべきかどうか迷ったのだ。
しかし明日には別れるのだ。自身の評価を気にする必要はないと思い、告白することにした。
「……私、訓練頑張って、卒業式で良い主に手をとってもらうことが夢だった。そしたら私、その人に喜んでもらえるように必死に頑張れるって思ったから。……結果は、残念なことになってるけど」
「そうなんだ。じゃあ、私と同じだったのか」
二十二番が笑わず意外な反応を返してきたことに、四十番は声を裏返す。
「え?」
「私も、そうだといいなって思ってる。だから頑張ったよ。そうか。こんなにも近くに一緒の夢を持ってる人がいるのなら、私たち、もっと早くに友達になれたかもね」
笑いかけてくる二十二番。
それを見て四十番は思う。努力家で才色兼備な彼女こそが、良い出会い、人間でありながら厳しい世の中で輝きを放つと。
そして四十番は、自分は、主にも環境にも恵まれない家に雇われ、役立たずと認められ、きっとあの悪夢を辿ることになるだろうと。
「明日が運命の日ってことだね。一緒に頑張ろう?」
「……うん」
「あ。いけない。これじゃあ、会話終わっちゃう。せっかくこうして話ができたんだもの。いろいろ聞かせて。例えば――」
四十番はその調子で、自分に興味津々な二十二番とその夜を過ごすことになった。
――実は、ほんの少しだけまだ思っている。良い人に出会えたらいいな、と――
『テイル』:通称万能粒子と呼ばれるエネルギー粒子。専用の機械を使うことで頭の中で想像したものを現実化することができる。またテイル自体がエネルギーをもつもののため現代では電機やガス等の代わりにテイルが使われることが多い。この粒子は人間のみが生成する粒子であり、〈人〉は人間から粒子をもらうことで初めて使用することができる。なお、人間の中のどの器官がテイルの生成に関わっているのか、生成の仕組みに関しては未だ解明されていない。
次回から本編開始です
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