3月14日、卒業式が執り行われる。
四十番もまた同級生たちと共に、翌4月から成人を迎えることを祝う儀式に参加することになっていた。
式典を執り行われる場所は、来賓をもてなすための豪華絢爛な宿泊施設、迎賓館。その建物の中でも式で使われるのは、館の地下にあるパーティー会場となっている。
主役の少年少女達は、参加者となる来賓に見えやすい位置に席を用意され、今は式の開始を待っている。純粋な笑顔と共に。
「四十番。どうした?」
自分の番号を聞き、四十番は今日までの育て主である男を見る。この建物の管理者であり、この辺りの領土を持つ倭国の華族の1つである源家の〈人〉。
四十番、その名前は、彼女を含めたここにいる子供たちの育て主、源家の長男であり次期当主、源閃《みなもとせん》がつけたものだ。彼は育て主の1人として、今回の成人式の司会を行うため、この迎賓館へ従者と共に来ていた。
次期当主は自分達が育てた多くの子どもの様子を細やかに観察し、今日の式典に支障がないように細心の注意を払っている。
「……不安です」
四十番は今までの育て主に自分の今の心境を正直に話す。
これは不吉なことが起こる予言ではない。成人となると同時に、一切の支援を源家から受けられなくなる彼女が抱く不安。
「素直だな。普通、ここでは愛想よく見えるようにするものだぞ?」
「……ごめんなさい」
「まあ、悪いことではないが、これからは自分を偽ることも必要だ」
次期当主は残りのケアを従者に任せ、自身は残りの子供の様子を確認し始める。従者である春は、彼女に寄り添う。
「大丈夫? 緊張してる?」
その春が四十番である彼女を心配する言葉を投げかけた。
「大丈夫よ。あなたは努力家だもの。頑張る人にはきっとそれだけの報酬がある」
「……そんな事、ないかもしれないじゃないですか」
春は手を広げた。銀の腕輪が一瞬だけ光り、次の瞬間に小さな櫛《くし》が握られていた。春は少しだけ乱れた四十番の髪を今創ったその櫛《くし》で整える。
「いいえ、努力は報われる。私がそうだもの」
役目を終えた櫛《くし》は、幻だったかのように消えた。
「こんな世界でも、頑張ればそれなりに何とかなるものよ」
春、その名の通り暖かな風を感じられるような笑みを浮かべ、四十番の頭をなでる。優しい姉のような存在で、13歳になった今でもやぶさかではない。
「大丈夫。〈人〉の主を恐れる必要なんてなくなるわ、きっと」
春なりのエールを受け、
「……はい」
別れの挨拶になるだろうこの瞬間、四十番はできる限りの笑顔を春に見せた。春は頷き、満足げにその場を去る。同時に、彼女の主、閃が彼女に新たな命令を下した。
「そろそろ時間だな。春、お前は万一に備えてここで待機だ」
「閃様、ご当主様の代理、頑張ってください」
「ああ。大仕事を楽しんでくるさ。そろそろ、客も来る頃だろう」
最後まで言い終えるのと同じ瞬間、会場の入り口である大扉が勢いよく開かれた。その先から来たタキシード姿の男の報告が会場に響く。
「閃様! 来賓到着しました!」
予知が当たったことにさほど感情を抱かず、閃は報告をした男に叫ぶ。
「入れろ! 式を始めるぞ!」
執事がその掛け声と共に、内開きのドアを完全に開放する。
四十番にとってそれは地獄の扉そのもの。今日までの平穏に終わりを告げる〈人〉たちがこれから流れ込んでくるのだから。
〈人〉と人間、ある時代までこの2つの言葉は一般人の中では同じ意味を持つ言葉として使われていた。しかし、現在ではこの2つの言葉には決定的な違いがある。
〈人〉は万能粒子によって生まれた人間の進化体の総称であり、人間の上位種であることが共通認識となっている。
〈人〉の見た目は人間と違いがない。しかし、差異は確実に、外見では分からない場所に存在する。
人間より優れた数多くの能力を備えているが故に、自然と〈人〉はこの時代の上位種として、大きな権力を持つようになった。
現代の強者としてこの世界を動かす〈人〉、そして〈人〉の間に生き、人の生活を支える存在である人間、人類を2種に分け定める言葉が新たに定義された。
「本日は、我ら源家が育てた、雛鳥たちの羽ばたきを祝う成人式に来ていただきありがとうございます。式では皆様へ、雛鳥たちの紹介と派遣手続きを行います。ご自由な場所でご覧ください」
案内に従い次々と会場の中へと足を踏み入れている。敷き詰められた高級な赤いカーペットの床を堂々と踏みしめこの場に最初に現れたのは、〈人〉の中でも力をもつ一族に与えられる称号、〈冠位〉を有する一族の代表者たちだ。
四十番達は、ここに来る前に今日の参加予定者の情報を春に伝えられている。順番にこの場に入ってくる〈人〉を四十番は観察し、教えられた情報を復習する。
冠位の中でも最高位〈徳位〉の一族である、八十葉《やとのは》家、その長女にして次代当主候補、八十葉光。同じく〈徳位〉御門家当主の御門有也。〈徳位〉天城家当主の長男、天城正人。
現代の最高権力者である冠位十二家のうち3つもの家の一員が集うのは、源家が人材育成を専門とする家として評価が高いことを示している。
「すごいな……ねえ四十」
隣の少年、三十九番が目の前の〈人〉たちが集まっている光景に感動を覚えている。四十番が訓練のとき二人組でよく組んでいたペアなので、友人と言える程度には四十番と親交がある。
「静かに、閃様に怒られる」
いつもと同じ口調で注意をしながら、四十番は他の客を見る。
この場に来れるのは源家が招待状を出した人間だけであり、源家公認の招待客であることは間違いない。名前が知られていない何人かがいても、危険は少ない。
最終的に60人ほどが、成人式の会場であるこの場に集まった
招待客を目の前に、四十番は自分の周りの緊張度が高まっていくのを感じていた。
彼女を含めすべての子供たちが緊張を見せているのには、この式が開かれる本当の理由が、この成人式が純粋な式典では終わらない目的を有しているからだ。
簡潔に紹介するならば、この会場は卒業生の雇用権を買うための取引会場となる。
源家:倭を統べる12家のうちの1つ、親人間派を名乗り〈人〉と人間の共存を目指す八十葉家(やとのは)家の傘下の家。教育に力を注いでおり、特別な許可を得て、自分の領地で育てた子供を八十葉家や同じ傘下の家、あるいは領外の〈人〉へと売る稼業を行っている。源家が輩出する卒業生の評判は良く、毎年3月には遠路はるばる多くの〈人〉が源家へと集まる。
〈人〉:人間の進化体の総称。外見は人と同じではあるが、代謝、身体能力、頭脳は平均して人間の機能を上回っている。万能粒子を人間の最大値よりも15倍ほど多く持つことができるものの、人間とは違い万能粒子を体内で生成できない体になってしまったのが唯一の欠点。基本的には〈人〉は人間よりも権力を持っている場合が多く、〈人〉の支配する治世の中で生きている人間がこの世界では大多数を占める
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