登場人物
明奈:主人公。13歳の少女で源家の教育機関を卒業した新社会人。
須藤 明人:奨の相棒で明奈のもう1人の主。こちらも16歳の少年で、奨よりはやや頼りない
そこは焼け野原だった。
大きな火事が起こっている。栄えていたはずの街は一面の廃墟に変わっていてた。
何かの戦いの後なのだろう。外傷で死んでいる人間が数多く存在した。
火は弱まっている。建物はほとんど崩れ落ちていた。
「誰か、誰かいないか!」
地獄と化した街を巡回するのは、この事後、後から救援に訪れた人間たちなのだろう。
しかし、彼らはずっとその男子を無視していた。
仕方がなかったのだろう。彼らにとって生きている人間は、生気を感じられる人間だったのだ。
彼は違った。既に目に光は宿っていない。息を吸い、吐くだけの機械になりかけていたのだ。
彼は絶望していたのだ。
昨日までは普通に生きていた。友達がいた。家族がいた。そして恋人がいた。その子のために叶えたい夢があった。
しかし、たった一瞬で、帰るべき場所も、仲間や家族、恋人も殺し尽くされた。気づいた時には一人になっていて、自分も足を撃たれ。、ひどいけがを負っている。
襲撃してきた人の軍団。戦う術すらない一般人は、ただ蹂躙され、食いつくされ、反抗する者は殺された。
すべてを失った彼には、もはや生きる意味などなかったのだ。どうせなら、一緒に死にたかった。
空を仰ぎ見ながら、ただ死ぬ時を待つ。彼のその時の決断だった。最後に大きく息を吐いて、そして目を閉じた。
しばらく時がたち、救援隊にも無事、無視されようやく死ぬ決意ができた時。
唐突に、彼を呼ぶ声が、彼の耳に届いた。
「おい」
無視した。しかし、諦められていなかったのか、その男は頬を思いっきり叩き、
「お前、生きてるな?」
と確信しきっているように、彼を呼ぶ。
元々、人を無視するような意地悪い正確ではなかったため、反射で目を開けてしまう。
彼の前に、同い年くらいの少年が見えた。彼をのぞき込んでいる。
「何故生きていたのに、助けを乞わなかった」
「……もう、死にたい」
「何に絶望している。まさか、すべて失った程度で、死にたいと」
「お前に……何が分かる」
目の前の男に情けをかけられているのか。そうおもった彼は、同情などいらないと怒りをぶつけようとしたが、すでにそれだけの体力は残っていなかった。
しかし、意識が少しはっきりしてきた中で分かったこともある。足が治っている。この男が治したのか。
「分かるとも、俺も同じだ」
よく見ると、その少年は、同郷の仲ではなく、明らかに外から来た人間だった。
人ではないとは直感的に分かった。連中の醜さを散々見せられた後では、感覚的に嫌な生物だと感じ取れるようになっていたのかもしれない。
「助けてやる。その代わり、俺の復讐の手伝いをしろ」
「は?」
「金は要らん。その代わり、俺のために働け。俺の目的のためにもう一人人手が欲しいと思っていた。だからお前に生きる目的ができるまで、こき使ってやる。だから、お前はそれまで、俺のために生きろ」
生意気な要求だった。
「それが嫌なら自殺しろ。それか俺が殺してやる。俺は役に立たない人間を助けるほどの余裕はない。どうする、二つに一つだ」
しかし、隣に生成された刃物を喉につきつける勇気はなかった。
自覚する。死にたいと願っていながら、まだ死を恐れているのだと。
「お前について行けば、俺も復讐できるか?」
「それは知らん。だが、どうせ死ぬのなら、今は力を蓄えて、ここを襲った連中に思い知らせてやってからでも遅くはないだろう?」
「そうか。そうだな」
栄養も体に入れられていたのか、体には不思議と力が入った。それは、肉体的な問題か、それとも、目の前に示された道に縋りつこうと決意したからか。
「君、名前は?」
彼は、救世主にしては目つきが悪く、野蛮そうな目の前の少年に尋ねる。
「俺は、太刀川奨。人捜しのために旅をしている、傭兵だ」
「奨……か。俺は、須藤、明人だ」
「来るか、一緒に?」
「ああ。奨。しばらく、厄介になるよ」
彼は立ち上がり、少年の後ろを歩き始める。
それが彼――明人と奨が出会った時の話だった。
寝息を立てている明奈を目の前にして、過去を思い出す。
「かわいいな……あいつに、よく似て、ふにゃっとした顔だ」
明奈。その名前を口にするたびに心がドキドキするのを感じているのは気のせいではないだろうと、勝手に自分を分析する。
昔の恋人と重ねているのか。
「いや、違うか」
昔抱いていた感覚と少し違かった。体験したことのない感覚で果たしてどんな感情を自分で抱いているのか分からない。
しかし、明奈、という呼び方はすごく気に入っている。
何の根拠もないものの、明日から楽しくなりそうだと、希望を抱き、道具を片付けて下へと就寝しに向かう。
明人がやや強引にヘッドホンをつけたのは、明奈の記憶の整理の為だけでなく、彼女の記憶を見るためだった。
明奈を預かるにあたり一番の問題は着替えの話だ。
明奈は紅一点の女子のため、明人も奨も、彼女に合うような服を持っているはずがない。2日目の行動時まで、同じ服なのは彼女にとって気持ちの悪い話ではないかと考えたのだ。しかし店は閉まっているため、自分のデバイスで創り出すしかない。
しかし、大前提として、明人は女性用の服を着たことがない。着たことがないのでは、イメージもできるはずがない。できたらそれは別の容疑がかかってしまう。
そこで明人が考えたのが、源家で使っていた服のアレンジだった。
デバイスに記録されるデータをアレンジするのもエンジニアの役目だ。
まず、明奈の記憶にある服の情報を読み取り、デバイスで再現可能なデータにする。その後、データの中身を変えることで、わざわざ脳内にアレンジ後を想像して創る必要がなくなる。この方法はエンジニアである明人ができることだ。
「着心地はどうだい?」
「はい、違和感が全くありません」
「そりゃ、君の記憶にあった服を選んだからね。もちろん、源家の支給服と間違えないよう、ところどころ変えているけど」
よく見ると、肩に刺繍されているはずの源家の家紋がない。これがアレンジ品であることがしっかりと分かる場所だ。
「よく、持ち出し禁止の支給服を読み取れたな。そういうのは、ロックがかけられてるんじゃないのか?」
脳を見ることができると言うことは、その人間が知りうる機密情報も読み取れるということだ。そこで、企業や組織は、読み取られてはまずい記憶がある場合、その記憶にカギをかけるようにしている。
「なんとかアンロックできたから、服のデータは頂いたよ」
「悪いねぇ、お前」
「お前に言われたくないけどな」
目の前で話を続ける二人を見て、自分たちの主が人間なのだという事実を、今朝の出来事の踏まえながら考えた。
別に、二人が人間だと分かったからと言って、態度を軽くするつもりはない。この二人の異常さは昨日の戦闘や立ち振る舞いの中に、ところどころ見受けられた。
「私、役に立てるかな……」
目の前の2人を見て一抹の不安に駆られる。
デバイスのデータ:デバイスの中に保存されている情報は、想像によってできたイメージであっても、改変できる。ただし改変には専用の機械と専用の言語によってテキスト化されたものを読み取り、それを文法に従って適した形で改変する必要があるため、実際に行うには高度なスキルを必要とし、それができる存在は一般的に〈デバイスエンジニア〉と呼ばれ、各地で重宝される人材となる。
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