明人が明奈に教えるのはデバイスの扱いについての専門的な知識だった。
「デバイスと内部の〈データ〉はメンテナンスをしないとすぐにだめになるんだよ。奨の奴なんか、1か月で使い潰してた頃もあってな。奨のデバイスのメンテナンスを始めたんだ。そしたらはまっちゃっていろいろと資格もとっちゃったよ」
昔話を織り交ぜながら、デバイスのメンテナンスの方法を明奈に教えていた。
ちなみにここは、宿ではなく、源流邸の中だった。奨は食料を買いに行って、現在は不在。奨の言う通り明人が研修を行っている途中である。
明奈が今、明人のアドバイスを受けて使っているのは、数百年前に使われていたとされるノートパソコンのキーボードに似たもの。ディスプレイはなく、代わりに空中に画面が必要に応じて最大20まで出現するようになっている。
この時代でも変わらずキーボードと呼ばれているそれは、現代では誰でも使えるものではなく、エンジニアが使う専門的なものになっている。自由に文字を印字するだけなら現代は音声認証だけでなく、頭で考えるだけでいい意識認証もある。
デバイスをキーボードに接触させ、画面は10ほど展開されている。もちろんこの画面は人肌の接触でも動かせる仕様になっている。
明人が主に見るよう指示しているのはその中のたった1つの画面。今明人は何かの作業を作業を行いながら指示を出し、明奈は指示に従って操作を行っている。
「これは……」
「全部、デバイスコントロール用言語なんだよ」
「なんて……書いてあるんでしょう?」
「種類が1000くらいある文字、4文字1セットで1つの意味を成す語に対応する。今回は俺が教えてあげるから、まずは体験ってことでやってみよう」
「目が回りそうです……」
明奈の目の前に、理解不能な文字が5000文字以上並ぶ、文字の羅列が現れる。
「ちなみにこれはさっき使った木刀のデータの中身だ。デバイスデータは、いわばテイルで作る見た目、材質は何かとか、どのように加工されて、どれくらいの大きさなのかとか、事細かにすべて書いてある」
「……そうなんですか?」
「そう。ここに書かれているすべての言葉で説明されるものを、デバイスがテイルによって実体化させて、保存したデータを使っているんだ。でも、弱点もあって、このデータの中身は、とにかくテイルに触れることで、エラーを蓄積させていく」
明人が指さしたところに、細かな語法の違いがみられる。倭の人々が聞く分にはあまり気にしない誤用だが、正確ではない。
「テイルとデータを接続するたびに、接続したテイルから余計な情報がデータに流れ込んでくる。その結果、同じデータを使っていても徐々に様子がおかしくなったり、挙句の果てには定義破綻で使用不可、もしくは破壊されることもしばしばある」
エンジニアはそれを日本語ではなく、素人ではまったくわからない文字列を見て、個人で判断し、修正を行わなければならない。
「余計な音が入る音声認識には難しいところだな。こんなふうに、キーボードで一文字ずつ地道変えていくのが、エラーが少ないベストのやり方なんだよ」
「でも、文字を覚えるのは大変ですね」
「あとで教本貸してあげるよ。人任せより、自分でできた方が早く済むし、安く済むし、小遣い稼ぎもできるからいいんだ。苦労して覚えておくのは悪くない」
明人が、エラーがある場所をタッチし、明奈に変え方を指示。明奈はそれに従い、慣れない手つきでゆっくりとタイピングしてエラーを直していく。
明奈は何をやっているか自分でも分からない。そんな作業がおよそ1時間。
「まあ、こんなところかな」
「……ふう……」
「どうだった。最初は退屈なことより、将来どんなことができるかを体験すれば、今後のモチベになるかなって思ったんだけど。退屈だった?」
「いえ、そんなことはないです」
明奈の顔は決して怒りや退屈を感じているものではなかった。
一言でいえば、憧れている、と形容するのがいいか。
「すごいです、明人先輩。こんなことを毎日やっていらっしゃるのですね……。その、私はこの1時間くらいで目が疲れてしまって……」
「まあ、すごく集中するからね。この作業は……じゃあ、今日はおしまいにしよう。そろそろ奨も戻ってくる頃だ」
明奈は頷き、明人に渡されたお茶を、お礼の言葉と共に受け取った。
奨、という言葉を聞き、明奈は先ほどの奨とのやり取りを思い出してしまう。
自分は主の身を守るため盾であり、主を助けるための生きた道具になる。源家でずっと言われてきた自分や他の同級生たち生きる意味。主が命の危機ならば、何かをしたい。しなければいけない。たとえ命がけでも。
明奈は意を決し、明人にまず自分の思いを伝えることにした。
「先輩……あの」
明人は何故か嬉しそうに、
「なに?」
と聞き入れる意志を示す。
「奨先輩が狙われているって、大丈夫でしょうか」
それだけ言って明人はなんと、明奈の心境をズバリ言い当てた。
「自分でも何か役に立てないかって?」
「あ、その……」
明人は。生意気だとも、迷惑だと言わなず、明奈の頭をなでる。
「真面目だな。君は」
意外な返答だった。何を根拠に真面目と言われているのか、明奈には分からない。
「でもそうか。君からそう言ってくれているということは、とりあえず、主っぽくはできてるってことか、良かったよ。奨としっかり話し合っておいてよかった」
明人は安心の証明に一度大きなあくびを見せ、
「奨が帰ってくるまで、少し昔話をしようか」
唐突に昔話を始めようとする。その意図を明奈はつかめなかったが、きっと今の話に関係するのだろうと信じ余計な口は挟まない。
「俺と奨の話だ」
普通の人とは違う、先輩2人の話について少し興味があったことも、素直に話を聞くと決めた理由の1つだった。
データの中身:デバイスのデータの中身は、専用の言語を用いて外見、材質、性質、重量、体積、必要なテイルの量などが定義され、デバイスに万能粒子を注ぐと、その定義通りに再現することができる。さらにその言語を理解し、正しい文法で改稿することができれば、想像をせずともデバイスの中身のデータを改装できたり、言語の羅列を見ただけで、そのデータにテイルを注ぐと何ができるのかを判別できたりできる。エンジニアはそのプロだ。
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