卒業記念式典が終われば、あとは官吏就任に向けての準備のみとなり、シレイア達は王宮から通達されたスケジュールに従って、淡々とその準備に取りかかった。
女性官吏は人数が少ない事もあって手順が後回しになっているらしく、男子生徒達が何日かに分けて王宮内の官吏用の寮に引っ越しするのを見送っていたシレイアだったが、漸く引っ越しの日を迎える。
シレイア達は昼過ぎに王宮から差し向けられた荷馬車に三人分の荷物を積み込み、一緒に来た馬車に乗り込んでクレランス学園を後にした。そして順調に王宮内に入り、数々の棟を抜けていく箇所からは、荷物を台車に積み替えて運搬してもらった。
「それではこちらが女性官吏用の寮になります。この玄関ホールに荷物を置いていきますので、部屋まではご自身で運んでください」
「ありがとうございます」
「助かりました」
「お世話になりました」
シレイアとミリー、オルガの三人はここまで荷物を運んでくれた係官に笑顔で礼を述べ、これから生活の場となる建物内を見回した。
「本当にあっさりと学園寮からの引っ越しが済んでしまったわね」
「馬車を手配して貰えた上に、馬車を降りてからもここまで運んでもらえたし」
「家具付きで制服も支給されるし、衣食住に問題ないものね。頑張って働くわよ!」
「やる気があって、結構なことね」
「え?」
三人で話し込んでいると、突然楽しげな声をかけられた。シレイア達が声がした方を振り返ると、いつの間にか玄関ホールに面しているドアの一つが開いており、四十過ぎに見える女性が佇んでいるのが目に入る。その女性に見覚えがあったシレイアは、目を輝かせて挨拶した。
「アイラさん!? お久しぶりです!」
「本当に久しぶりね。官吏就任おめでとう。これから一緒に頑張りましょうね」
(本当に何年振りかしら!? 相変わらず、これぞ働く女性って感じで素敵だわ。それに以前会った時は私服だったけど、今日は官吏の制服よね!? この制服を、本当に私も着ることになるのね! 急に実感が湧いてきたわ!!)
かつて修学場で官吏についての話をしてくれたアイラ・マーベルは、当時と変わらぬ穏やかな笑顔で応じた。そして内心で大興奮しているシレイアの横に立つ二人に、優しく声をかける。
「始めまして。ミリー・ジルバンとオルガ・ニジェールね。私は内務局所属のアイラ・マーベルです。こちらはこの寮の統括管理者で、ルシアナ・アジェスさんよ。今日は私とルシアナさんで、これからここで生活する上での規則や主立った施設の説明をしていきます。よろしくね」
「はい!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
アイラが隣に立った五十前後に見える女性を紹介し、シレイア達は揃って頭を下げた。するとルシアナが、穏やかな笑顔で頷きつつ問いを発する。
「それではまず、あなた達の部屋を教えますので、各自の荷物を運びこんでしまいましょう。そのあと談話室に案内するので、そこで細かい規則等を説明します。部屋は二階になりますが、重い荷物などはありますか? 運ぶのが困難なら人手を確保しますが」
「大丈夫です!」
「家具はありませんし、必要最小限ですので」
「少々かさばる物はありますが、自分で持ち運びができる物ばかりですから」
「分かりました。それでは手荷物を持って、二階に上がってください。部屋に案内します」
そこでシレイア達は二往復程度で玄関ホールに置かれた荷物を二階に運び上げ、案内された各自の部屋に運び込んだ。まず説明を受ける為、荷解きや収納は取り敢えず後回しにし、揃って一階に下りて談話室に集合する。
頃合いを見てルシアナがお茶を淹れてくれており、シレイア達はありがたくそれを飲ませて貰った。それから彼女達は、アイラ達から今後の生活についての説明を一通り受けた。
「ここで生活していく上での規則と注意事項は、このくらいですね。何か質問があればその都度寮在籍者最年長者である私や、ルシアナさんに遠慮なく尋ねてください」
そう告げられた時、不思議そうな顔になったオルガが控え目に尋ねた。
「あの……、そうするとお二人とも、ずっとここで生活しているのですか?」
「ええ。私みたいに独身で、この年までここで生活を続けているのは珍しいのだけどね。この寮には人数が少ない女性官吏と女性騎士が集められていて、結婚退職で入れ替わりが激しいから」
「私は夫が亡くなってから雇って貰ったから、今更帰る家も無いしね。子供も独り立ちしているし、気楽なものよ」
「はぁ……、そうですか」
「侍女とか下働きの女性達の生活棟は離れた所にあって、ここは独立した造りになっているの。その女性達と比べると圧倒的にこの寮の生活者は少ないし、すぐに全員と顔見知りになれると思うわ」
(アイラさんは、やっぱり今でも独身なのね……。絶対、マルケス先生はアイラさんを好きだと思ったんだけど。告白していないのかしら? それとも私の勘違いだったのかな?)
微妙な話題になってしまった事で、シレイアは勿論、オルガとミリーも咄嗟にどんな表情をすれば良いのか分からなくなってしまった。するとルシアナが、妙にしみじみとした口調で言い出す。
「本当に……。優秀な人が結婚で辞めてしまうのは残念だけど、独身のまま残っているのもそれはそれで心配よね」
そんな事を言われてしまったアイラは、苦笑しながら言葉を返した。
「ルシアナさんに必要以上に心配をかけないように、老後の資金として給金はしっかり貯めていますので、安心してください」
「まあ、確かに。アイラさんくらいのベテランならお給金はそれなりに貰っているだろうし、ここにいる限り生活費はほとんどかからないだろうけど。お金だけがあれば安心ってものでもないでしょう?」
「私の老後についてはこのくらいで。設備の説明に移りませんか?」
「そうね。それでは説明書類を持ったまま、ついてきて貰えますか? この談話室の隣が、食堂になっています。朝食と夕食はこちらで出しているので、指定された時間帯の中で食べてください。昼食は執務棟に近い食堂で食べて貰うことになっていますから」
「はい」
そこで話題が変わってシレイア達は安堵し、急いで書類を手にして立ち上がる。それからアイラとルシアナの後について、掃除用具や必要な備品が置いてある倉庫や、洗濯物を出しておく回収室などの説明を受け、引き続きアイラの引率で寮の外へと向かった。
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