「はぁあぁぁぁっ!? アイラさん、一体どういう事ですか!!」
「王太子殿下が婚約破棄!? しかも一方的に!?」
「ありえない! というか、そんなの認められるんですか!?」
「公式行事中に? 認められるわけないじゃない!!」
(そのあり得ない事を、大真面目にやらかしちゃったのよね。あのお花畑カップルは。本当に、良くここまでエセリア様の筋書き通りに進んだものだわ。正直、どこかで破綻するかもしれないと懸念していたのに)
驚愕のあまり固まっていた面々は、衝撃が過ぎ去った次の瞬間口々に騒ぎ立て始めた。そしてその中の一人が、しみじみと考え込んでいたシレイアに噛みつく。
「ちょっとシレイア! あなた、どうしてボケっとしてるのよ!! クレランス学園在学中から、エセリア様とは懇意にしていたじゃない!! 一方的に婚約破棄されただなんて、彼女がそんな理不尽な扱いを受けて悔しくないの!?」
一つ年上の近衛騎士である彼女は、剣術大会の実行委員をしていた時に知り合っており、シレイアとエセリアの関係についても熟知していた。それ故の非難であるのは分かっており、シレイアは慌てて弁解する。
「え、ええと、あの……。確かに腹立たしいですが、あまりの事態に理解に頭が追いついていないと言いますか……」
そのしどろもどろの弁解を聞いたアイラが、先程までの激昂を抑え、疲れたように溜め息を吐いて慰める。
「気持ちは分かるわ、シレイア。私もあまりの愚行を目の当たりにした瞬間、頭の中が真っ白になったもの。会場中の殆どの人間がそうだったと断言できるわ」
「そうですよね……」
「それにしても……。婚約破棄の理由が、エセリア様がクレランス学園内で横暴の限りを尽くしていたからだと王太子殿下が主張したの。まだ彼女と直接言葉を交わす機会には恵まれてはいないけど、王妃様を介して聞いた人となりは全く問題ないどころか貴婦人としては最上級である上に、幼少時から数々の有益な提案をされてワーレス商会と共同で開発したり、国教会と共同で様々な制度を運用しているのは以前から聞き及んでいるわ。そんな方が、在籍している学園内で、弱い立場の者を虐げるですって? そんな事があり得ると思う?」
いかにも疑わしげにアイラが口にした瞬間、クレランス学園在学期間がエセリアと被っている面々は、一斉に声を荒らげて反論した。
「アイラさん!! 今の話、本当ですか!?」
「冗談じゃありません! 虐げるどころか、エセリア様は常に平民の生徒を尊重して慮ってくれていたのに!」
「剣術大会を企画立案運営して成功に導いたのは、他でもないエセリア様の手腕ですよ!?」
「あれで貴族と平民の隔意がぐっと和らいで、学園内の空気が一気に改善したのに!!」
「平民を見下して虐げていたのは、寧ろ王太子殿下の方よね!!」
「それでどうなったんですか!? まさか両陛下が、そんな与太話を鵜呑みにされたわけはありませんよね!?」
エセリア様にそんな濡れ衣を着せるのなら、たとえ国王王妃両陛下でも許さないとの気迫を醸し出している彼女達を、アイラは笑顔で宥める。
「皆、大丈夫よ。安心して。両陛下はそんな埒も無い話を真に受ける程、愚かな方ではないわ。公式行事でそんな暴挙に出られたことに内心で激怒されていたけど、冷静に対応されていたわよ。取り敢えず明後日に、王太子殿下の訴えに関する審議の場を設けることになったの」
「え? それはどういう事でしょう?」
「本当にエセリア様がクレランス学園内で横暴で非道な振る舞いをしていたのかどうか、事の真偽を確かめる場を設けるのよ。そして、現場であり被害者も在籍しているであろうクレランス学園内にその場所を設定するよう、内々にご指示が出たの」
「明後日……」
「あの……、因みにそれには誰が開催するのでしょうか?」
半ば呆然としながらの問いかけに、アイラは深い溜め息を一つ吐いてから答える。
「両陛下立ち合いの下での開催ね。だからお二人のスケジュール調整と、クレランス学園に場所を提供していただく申し入れに加えて関係者の参加要請を行った上で、当日の随行員の決定、警備を担う近衛騎士団への連絡、今後の処置の為の法務局との連携、その他諸々を急遽決めて処理しなくてはいけなくなったのよ」
「…………」
(確かにここまで大事になったら、後始末が大変でしょうね。アイラさんもそうだけど、その他大勢の巻き込まれて迷惑を被る羽目になった方々、本当に申し訳ありません)
王太子のする事とは思えない暴挙の果てに、その尻拭の一端を担う羽目になったアイラに、その場全員が無言で憐憫の眼差しを送った。密かにシレイアが申し訳なく思っていると、ルシアナがトレーを持って厨房から戻って来る。
「アイラ、お待たせ。お腹が空いていると気も高ぶるわよね。取り敢えずお腹に入れて、落ち着いて頑張って。はい、ワインも持って来たわ」
「ありがとうございます。頂きます」
気を取り直して食べ始めたアイラを邪魔しては悪いと、他の者達は少し離れたテーブルに移動して小声で話し始めた。
「びっくりした……。公衆の面前で婚約破棄だなんて、エセリア様が気の毒過ぎるわ」
「でも、考えようによっては良かったかもしれませんよ? そんな愚かな人と、結婚しなくて済むんですから」
「それはそうだけど……、王太子殿下はなにか勝算があって、そんな暴挙に出たんじゃないかしら?」
「私も話を聞いて、不審に思っていたのよ。エセリア様を疑うつもりはないけど、幾ら王太子殿下が馬鹿でも、そんな自分に不利な事を敢えてするかしら?」
「もしかしたら……、殿下は何か自分に都合が良い証拠を、捏造しているのかもしれませんね。それで自分に非がないように見せかけて、穏便に婚約破棄に持ち込よう目論んでいるとか」
急いで食事を食べ終えたシレイアも、食器を片付けてから会話に交ざる。そしてさりげなく真実をほのめかしてみると、周囲は揃って気色ばんだ。
「シレイア! あなたそんな事、冷静に口にしている場合!?」
「万が一、そんな事になったら大変じゃない!」
「エセリア様が汚名を着せられた上、婚約破棄されることになるのよ!?」
「大丈夫ですよ。エセリア様に非が無いのは私が一番よく知っていますし、たとえあの王太子殿下が多少の小細工を弄したとしても、あっさり蹴散らしてくださると信じていますから」
シレイアがそんな余裕の笑みを浮かべると、周囲は不満そうにしながらも怒りを鎮める。
「まあ、一番エセリア様と親しかったあなたがそう言うのだから、大丈夫だとは思うけど……」
「うぅ……、不安で仕方がないわ。明後日の審議の内容がもの凄く気になる」
「王宮内で開催ならなんとかして潜り込めるように頑張ってみるけど、さすがにクレランス学園開催だと無理よね」
「今からだとさすがに休暇申請は無理だし、上に睨まれたくはないわ」
急遽持ち上がった審議の場について、どうあがいても直接この眼で目撃できない面々が悔しがっていると、唐突に声が上がった。
「シレイア! ごめんなさい、忘れていたわ!」
「え? 何がですか?」
「式典に総主教会を代表してキリング総大司教様が出席されていたのだけど、その婚約破棄騒動が勃発した時に、心労からか意識を失って倒れてしまったのよ」
「なんですって!?」
声のした方に目を向けると、アイラが立ち上がって予想外の内容を告げてきた。反射的にシレイアも、血相を変えて立ち上がる。
「デニーおじさんが倒れた!? それで容体は?」
「取り敢えず、控室の一つに運ばれる手筈になったの。今頃は、医師が診察をしている筈よ。偶々会場にいた、外交部所属の息子さんが狼狽しながら付き添っていたけど、私が一度寮に戻ると話していたら、その彼からあなたに来て欲しいと伝えてくれと頼まれたのよ」
「分かりました! ありがとうございます!」
そこで勢いよく駆け出したシレイアに、アイラが続けて指示を出す。
「まだ制服だし、大広間の近くまで行っても問題ないわ! 警備の騎士に事情を話して、通して貰いなさい!」
「分かりました!」
(まさか、こんな事になるなんて! デニーおじさん、本当にごめんなさい! 酷い事になっていなければ良いけど!)
個人的な感情からエセリアの婚約破棄計画を邁進してきた結果、親しい人物に被害が及ぶ結果になってしまったシレイアは、血の気が引いた顔で廊下を駆けて行った。
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