マルケスとアイラの婚約式当日。朝から空は晴れ上がり、絶好の祝宴日和となった。
昼から開催予定の式の準備に、シレイアは朝食を食べると急いで礼服に着替えて修学場に向かう。自分は早い方かと思っていたシレイアだったが、レスターを初めとする中心になって準備していた十人程は既に顔を揃えており、彼らの意気込みが感じ取れた。
彼らに交ざって会場となる中庭に演台や机、椅子などを移動し、頼んでいた店からの料理や飲み物、食器などの数と量を確認しつつ配置を済ませる。そうこうしているうちに参加者が少しずつ来場し、懐かしい顔を見つけるたびにそこかしこで笑顔での挨拶が交わされていた。
教室内もその日は解放されていたが、婚約式開催予定時刻になったことで室内にいた人達に声をかけ、中庭に出て来てもらう。参加者全員が中庭に集合したのを見て取った司会役のレスターは、中庭の端に設置した演台の前で落ち着き払って式の開催を告げた。
「ご臨席の皆様。お忙しい中、マルケス・アズレーとアイラ・マーベルの婚約式に足をお運びいただき、ありがとうございます。今から、お二人の婚約式を開催いたします。最初に主役であるお二人から、皆様への挨拶と決意表明をしていただきます。それではお二人とも、よろしくお願いします」
流れるような挨拶をしてから、レスターは背後の二人に声をかけつつ斜め後ろに下がった。遠目にも上質な礼服姿の二人は、彼と入れ替わりに前に出ると、僅かに緊張した面持ちで口を開く。
「今日は私達の婚約式の為に集まってくれて、大変感謝しています。これだけの人数の前で宣言するというのは、身の引き締まる思いです」
「私も、予想外の人数と顔ぶれを見て、懐かしさと共に恐縮しています。でも自分で思っている以上に周囲との絆が切れていなかったのだなと認識できて、予想外の嬉しさを感じています」
「世間一般の結婚とはかけ離れた形とはなりますが、この度、私達二人で新しい関係と生活を構築する約束を交わすことに至りました」
「まだまだ未熟で至らない所があると思いますが、これからも温かく見守り、時には厳しく意見して頂けたら幸いです」
「よろしくお願いします」
交互に口上を述べて頭を下げると、ここですかさず遠慮のない冷やかしの声が上がった。
「言いたい事は分かったがな! お前達、相変わらずかたっ苦しいぞ!」
「結婚してからも、お互いそんな口調で喋るんじゃないだろうな!?」
「つまらないわよ! もっと照れまくるアイラが見れると期待していたのに!」
「そうそう! 半歩離れていないで、もっとくっつけーっ!」
年齢からすると、子供時代を二人と共に修学場で過ごした同級生だろうなとシレイアは思った。
「最初から、そんなに砕けた口調で喋れるか。こっちは緊張しまくりなんだぞ?」
「あ、あのねぇっ! あなた達、私達に一体何を求めているのよっ!!」
旧友達からの冷やかしにマルケスは溜め息を吐き、アイラは僅かに頬を紅潮させる。そんな二人を、レスターは苦笑しながら宥めた。
「まあまあ、先生、アイラさん、落ち着いて。それでは全員にグラスがいきわたったようなので、ここでお二人の婚約を祝して、先生の不肖の教え子である私、レスター・デラントが乾杯の音頭を取らせていただきます」
その物言いに、今度はマルケスとアイラが苦笑する。
「誰も今の君を、不詳の教え子だなんて思っていないがな」
「本当に。一番お世話になっているもの」
「恐縮です」
笑顔で小さく頭を下げたレスターは、近寄って来た担当者からグラスを受け取った。次いで出席者の方に向き直り、軽くグラスを持ち上げながら声を張り上げる。
「それでは……、お二人の婚約を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「いや、本当にめでたいな!」
「お幸せに!」
口々に二人の前途を祝福する声が上がり、一気に和やかな空気が会場に満ちた。それからレスターの仕切りで歓談の場に移行し、先程冷やかした面々を中心に年配の者達が主役二人を取り囲む。それを少し離れた場所から眺めていたシレイアの所に、エマがやって来て声をかけた。
「シレイア、朝からお疲れ」
「エマだって、早くから来ていたじゃない」
「普段から朝は早いもの。二人に改めてお祝いを言いたいけど、まずは先生達と同級生の人達よね」
「やっぱりこういう場では、年上の人に譲らないと。私達は様子を見ながら後で行きましょう」
「そうね。でもここまで持ち込めて良かったわ」
「本当に。一時はどうなる事かと思ったもの」
これまでの紆余曲折を思い返し、二人は苦笑しながら顔を見合わせた。そして会場内を見回しながら、しみじみとした口調で続ける。
「本当に盛況よね。もう殆ど同窓会って感じで、久しぶりの再会で皆盛り上がっているし」
「修学場出身者は勿論だけど、王宮の女性寮に入っていた元官吏や元騎士の人達も、固まって再会を喜んでいるみたい」
「思えば、こんな機会は滅多に無いものね」
「子供連れで来てくれた人も結構いるし」
「その子供達を、今修学場に通っている子供達で面倒を見てくれているから、親御さんも安心して旧交を温められるわね」
今まさに教室内で、現在の在籍生徒が親が同伴してきた子供の面倒を見ていた。その様子を横目で見ながらシレイアが口にすると、エマが即座に頷く。
「そうなのよ。レスターが、小さい子どもがいそうな人に連絡する時に『子守も手配していますので、遠慮なく子供同伴でご参加ください』と一筆添えた上、修学場に通っている子供達に『婚約式当日、子守をしてくれたら手当を出すから参加してくれないか?』と、いつの間にか話をつけていたのには心底呆れたわ」
「エマ……。そこは感心するところじゃない?」
「この間のレスターの八面六臂の活躍ぶりに、もう感心を通り越して呆れたって話」
「確かにそうね」
どこか遠い目をしながら語るエマを見て、シレイアは思わず笑ってしまった。そこでエマが、アイラに視線を向けながら話題を変えてくる。
「それにしても……。アイラさんって、本当に優秀な官吏なのね。婚約の話が王妃様に伝わったら、お祝い金を頂けるなんて。そのお金で、今日の先生達の衣装を整えたんでしょう? それに今日の料理や飲み物も。お店から大量に運び込まれた上、グラスや食器もかなりの数を揃えて、返却は汚れたままで構いませんからと言われているんだけど……」
微妙に困惑しているエマに、シレイアは改めて説明した。
「あぁ~、うん。アイラさんの所属は内務局で、そこは王宮内の管理全般を請け負う部署だから、王族の生活管理も業務の一部なのよ。当然直接王妃様とやり取りする事も多いし、古参の官吏であるアイラさんには王妃様も絶大な信頼を寄せておられるから、今回は特別にね」
それを聞いたエマは、途端に目を輝かせる。
「そんなすごい人がマルケス先生と結婚する予定で、同じ修学場出身者だなんて、凄い自慢できるよね! あ、勿論シレイアと同級生だった事も自慢しているけど!」
「あはは、ありがとう。王妃様からのお祝いなんてとアイラさんは最初固辞していたけど、王妃様個人からだと色々差し障りがあるから、表向きにはシェーグレン公爵家からのお祝いってことになっているんだけどね」
「え? どうして?」
「ほら。一官吏の婚約に王妃様がわざわざお祝いを贈ったとか話が広まると、『全員の官吏に祝い事があるごとにお祝いを贈らないと不公平だ』とか言い出す馬鹿がいそうじゃない? だからシェーグレン公爵家嫡男の婚約者であるカテリーナさんが、アイラさんと同じ寮生活をしていて多大なお世話になったからというもの凄いこじつけで、対外的にはそうなっているの」
シレイアの説明を聞いたエマは、目を丸くして固まった。しかし、すぐにもの凄く疑わしげに尋ねてくる。
「……官吏って、頭が良い人の集まりじゃないの?」
「頭が良い人の集まりが、もの凄く賢い人ばかりだとは限らないわ」
ここでシレイアは真顔で断言した。それを受けて、エマも何かを察したように頷く。
「なんとなく納得した。王妃様もシレイアも色々大変そうね」
「王妃様に比べたら、私の気苦労なんて大したことないわよ」
「それじゃあ取り敢えず私達の年代の順番になるまで、料理を堪能しつつ皆と顔を合わせておこうかしら」
「そうね。このワインが予想外に美味しくて、何かお腹に入れておかないと、先生達に挨拶に行く前に酔いつぶれそうで心配」
「シレイアも? 実は、私もそう思っていたのよ」
そこで意見の一致をみた二人は、揃って笑顔で料理が並べられているテーブルに向かった。
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