ローダスと別れたシレイアは、そのままシェーグレン公爵家の馬車で総主教会まで送ってもらい、御者に礼を述べた。その馬車を礼儀正しく見送ってから、シレイアは総主教会の外部取り次ぎ窓口へと向かった。
「すみません。シレイア・カルバムです。父のカルバム大司教に急用があるので、可能なら取り次いで貰えますか? できればキリング総大司教様にもお話があるのですが」
幸いなことに、その日の担当者はシレイアを子供の頃から見知っており、穏やかに頷きながら応じる。
「シレイアさん、お久しぶりです。今の時間だと、お二人とも会議や面会などは入っていない筈ですから、第三応接室でお待ちください。すぐにお二方にご連絡します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
手早く手持ちの予定表を確認した彼は、シレイアを奥へと続く扉へと促しつつ、同僚に大司教達への伝言を頼んだ。それにシレイアは感謝しつつ、浮き立つ気持ちのまま足を進める。
(少し驚かせるかもしれないけど、今後の事もあるし早めに言っておいた方が良いわよね。明日は通常勤務だから、寮に戻らないといけないし)
勝手知ったる総主教会内を案内無しで進んだシレイアは、大人しく指定された応接室で父親達を待ち構えた。すると少しして、ノランとデニーが揃って顔を見せる。
「シレイア、こんな時間にどうしたんだ? 久しぶりにエセリア様とお会いしてくると言っていたから、てっきり夕方まで家に戻らないと思っていたのに」
「やあ、シレイア。元気そうでなによりだが、わざわざこちらに尋ねてくるなんて何事だい?」
訝しげな表情の二人に、シレイアは取り敢えず座るように促した。そして彼女と向かい合うように二人がソファーに座ると、シレイアが冷静に話を切り出す。
「お父さん、デニーおじさん。お仕事中に呼び出してしまってごめんなさい。でもこういう話は、早く報告しておいた方が良いと思ったの」
「一体何の話だい? 帰ってからではまずいのか?」
「まずくはないけど、他にも色々報告する所があるから、手紙を書くのに忙しくなりそうだから」
「それなら仕方がないと思うが……」
まだ微妙に納得しかねる表情のノランに続き、デニーも慎重に尋ねてくる。
「それで、どんな話なのかな? 私が聞いても良い話かい?」
「はい。おじさんにも一応関係する話ですから」
そこで一度話を区切ったシレイアは、次に二人を眺めながら淡々と宣言した。
「お父さん、私、結婚するわ」
それを聞いたノランは一瞬絶句し、次に驚愕の叫びを上げた。
「……はぁ!? 結婚!? お前が!? 本当か!?」
「ええ。今日エセリア様から、今後の構想を色々お伺いしてね。仕事も家庭も総取りが、真にできる女の真骨頂だと開眼したのよ」
「そうかそうか! さすがはエセリア様だな! お前が決心してくれて本当に嬉しいぞ!!」
「それでシレイア。誰と結婚するのか聞いても良いかな?」
喜色満面でエセリアを褒め称えつつ、ノランは大きく何度も頷いてみせた。そして友人と共にエセリアに息子の結婚話の相談を持ちかけたデニーも、期待を込めて詳細について尋ねる。それにシレイアは、これまでと変わらず冷静に答えた。
「取り敢えず、ローダスです。ですからローダスと結婚したら、おじさんとは義理の父娘になりますね。その節は、宜しくお願いします」
「それは嬉しいな! 私もシレイアが義理の娘になってくれたら本望だ。よろしく頼むよ」
礼儀正しく頭を下げたシレイアを見て、デニーも嬉しさを隠さずに言葉を返した。しかしここでノランが、先程の娘の台詞に若干の引っ掛かりを覚える。
「シレイア。『取り敢えず』というのはどういう意味だ? ローダスと話が纏まったのだよな?」
「纏まっていないわよ。条件付きだもの」
「え? 条件?」
淡々と返された言葉の意味が分からず、ノランの目が点になった。さすがにデニーも違和感を覚え、問いを重ねてくる。
「シレイア。条件とはどういうことなんだ?」
「私、アズール伯爵領に設立されるアズール学術院に派遣されるのが決まっているので、ローダスが外交局から民政局に移動して貰って、一緒にアズール学術院派遣されるのが決定したら結婚すると伝えてきました。因みに期限は一ヶ月です。まあそれがダメだったら向こうで適当な結婚相手を探しますので、おじさんと義理の父娘になれないのは残念ですけど諦めてくださいね?」
そんな予想外過ぎる台詞を、にっこりと微笑みながら言われてしまったノランとデニーは、先程までの喜びが霧散して激しく狼狽した。
「ちょっと待て、シレイア!?」
「何がどうなって、そんな話になったんだ!?」
「それじゃあお父さん達に、エセリア様の素晴らしい画期的な構想を紹介するわね? もう本当にエセリア様の才能は、余人には想像もできないくらい偉大なんだから!!」
それからシレイアは、ノラン達にエセリアとの会話を再現して聞かせた。そして語り終えたシレイアは、満面の笑みで父親達に同意を求める。
「そういうわけで、私は男女平等社会参画特区の恩恵を享受しつつ、栄えある既婚女性官吏第一号の栄誉を手にしてこれまで以上に職務に邁進するのを決意したわけ。どう? 凄いでしょう?」
「………………」
この間、声もなくシレイアの話に聞き入っていたノラン達は、彼女の話が終わっても無言で固まっていた。そんな無反応な父親に、シレイアが不思議そうに声をかける。
「お父さん。どうかしたの?」
「ノラン! 黙ってないで、親としてなんとか言ったらどうだ!」
ここで気を取り直したデニーが、いまだ無表情で固まっている友人を叱りつけつつ肩を掴んで揺さぶった。それで我に返ったらしいノランは、シレイアに視線を合わせながら口を開く。
「シレイア」
「なに?」
「お前の考えは分かった。私も腹を括った」
「『腹を括った』って、何を?」
「せっかくお前が結婚しても良いという気になったんだ。お前がアズール学術院に派遣されたら、私もアズール伯爵領の教会に移動願を出す」
唐突にもほどがあるノランの爆弾宣言に、シレイアはもとよりデニーまで驚愕の渦に叩き込まれる羽目になった。
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