クレランス学園の学生寮に入寮し、入学して半月程が経過した頃。
シレイアは放課後にエセリアや友人達と同行して、校舎の一角に設けられているカフェに出向いた。カウンターで各自好みのお茶を貰い、円卓を囲んで会話を楽しもうとしていると、エセリアが物憂げな溜め息を漏らす。
「ちょっと、考えが甘かったかしら……」
「あら、エセリア様。何がですか?」
「学園は優秀な人材であれば、平民は学費を無料で受け入れているから、入学後はこれまでの貴族間の付き合い以外の交流が図れるかと、内心で期待していたのだけど……」
不思議そうに声をかけたサビーネにエセリアが答えると、一緒にテーブルを囲んでいた友人達は苦笑いで応じた。
「無理もありません。平民の方々から見れば、ただでさえ貴族は遠巻きにされるのに、王太子の婚約者たるエセリア様となれば雲の上の存在ですもの」
「それ以前に、自然にグループ分けがされてしまっていて、互いの交流が殆どありませんから」
「それを考えたら、平民なのに紫蘭会の会合で以前からサビーネやノーゼリアと面識があった私は、かなり幸運でした。入学早々、皆様と同席する機会に恵まれましたもの」
笑顔で本心からの言葉を述べたシレイアを、他の皆が笑顔で宥める。
「まあ! 幸運だなんて。私達もシレイアと一緒に学ぶ事ができて、嬉しく思っているのよ?」
「ええ、さすがカルバム大司教様のご令嬢なだけあって、古今東西の学問に通じているし」
「それに何より、同じ物に関して熱く意見を闘わせる事ができる方は、貴重ですもの」
「ありがとう。私も皆と親しく交流ができて嬉しいわ」
(本当に、幸運だったのよね。紫蘭会繋がりで、入寮早々サビーネからエセリア様に紹介して貰ったし。これで自ら突撃するとなったら、さすがに腰が引けていたわ)
紫蘭会での繋がりの他に、元々エセリアが社交的で革新的な思考の持ち主であったことで、他では未だに隔意がある空気が流れていても、エセリアの周囲には身分の格差がない、かなり友好的な交友関係が築かれていた。
(それにしても、未だにエセリア様から、例の婚約破棄に関して打ち明けて貰えないのよね……。確かに子供の頃から付き合いがあるサビーネと比べたら全面的に信用できないのは分かるし、それでエセリア様を責めるつもりはないわ。これから確実に、信頼を勝ち取っていかないとね)
密かにそんな決意を新たにしていたシレイアは、掛け時計で時間を確認しながら口を開いた。
「そういえばエセリア様。私から紹介したい者がいるのですが」
「あら、どなたかしら?」
「私とは幼馴染で、キリング総大司教のご子息のローダス・キリングです。本当なら入学直後にご挨拶したいと考えていたのですが、エセリア様の周りには大抵上位貴族の方がおられるので、落ち着いたらご挨拶に出向きたいと言っておりました」
控え目に彼女が語った内容を聞いて、エセリアは少々驚いた。
「まあ、総大司教のご子息が同級生にいらしたの? 全然知らなかったわ」
「クラスが違いましたから。お話しするのが遅くなって申し訳ありませんが、今お時間を少し頂いても宜しいですか?」
「ええ、私も是非お会いしたいわ」
「ありがとうございます」
(良かった。今日の集まる面々が貴族でも比較的革新的な考え方の人ばかりで、平民の男子生徒が個別にやって来ても嫌な顔をしないと思ったから、急遽ローダスに伝えておいたのよね。エセリア様が快く応じてくれてよかった)
エセリアが笑顔で了承してくれたことでシレイアは安堵し、出入り口でこちらの様子を窺っていたローダスに軽く手を振って合図した。それを見た彼がシレイア達が座っているテーブルに歩み寄り、その場全員に対して恭しく頭を下げる。
「ご令嬢方でおくつろぎの所、お邪魔して申し訳ありません。ローダス・キリングと申します。皆様、宜しくお見知り置き下さい」
「エセリア・ヴァン・シェーグレンです。お会いできて嬉しいわ。どうぞそちらにお座りになって下さい」
「失礼します」
エセリアに笑顔で促されたローダスは、シレイアが自身の隣に用意した椅子に静かに腰を下ろした。すると初対面にも係わらず、エセリアがにこやかに話しかけてくる。
「入学の準備等で色々忙しくて、手紙や文書のやり取りはしていても、総大司教様には半年以上直にお目にかかっておりません。御父上にお変わりありませんか?」
「はい、父は元気です。というか近年色々やる事が増えて、嬉々として活動しております」
「それは何よりですわ。お忙しい総大司教を更に忙しくさせてしまった自覚はありますので。ご自愛するようにお伝え下さい」
「ありがとうございます。それを聞いたら、父も喜ぶでしょう。入学前に父から『在学中にエセリア様とお近づきになって、また何か画期的なお考えをお持ちなら、それを学んでこい』と、叱咤激励されて参りました。宜しくご指導下さい」
「まあ、総大司教様ったら、買いかぶり過ぎですわ」
和やかに言葉を交わしている二人を周囲はおとなしく見守っていたが、ここで唐突に無粋な声が割り込んだ。
「エセリア。そいつらは誰だ? 私が来たのだからさっさと紹介しないか」
(え? 王太子殿下? それは確かに紹介して欲しかったら紹介するけど、一言そういうべきじゃない? こっちは気持ち良く会話している最中なのに、公式な場でもあるまいし、どうして王太子が近くを通りかかっただけで、一々紹介しないといけないわけ?)
シレイアは内心苛ついたものの、同学年の王太子の顔を見間違える筈もなく、また無視もできず、出迎えの姿勢を取るため無言で椅子から立ち上がった。他の者も同様だったが、ただ一人エセリアだけは椅子に座ったまま笑みを浮かべる。
「これは王太子殿下」
「お久しぶりでございます」
「こちらに何か、ご用がおありでしたか?」
しかしここで、エセリアが予想外の事を口にした。
「皆様、必要以上にかしこまる事はありません。王太子殿下はこの学院内での、身分差を問わず学ぶ姿勢を貴んでおられますもの」
「何?」
「なんと言っても殿下から数えて四代前の国王陛下が、広く平民に門戸を開いたこの学園。王族だという一点のみで腫れ物に触るが如き扱いは、却って殿下に失礼です。挨拶も済みましたし、皆さんお座りになって」
座ったままのエセリアを、グラディクトは不機嫌そうに睨みつける。しかしエセリアはそんな物は歯牙にもかけなかった。その様子を見たシレイア達は、彼女に倣って笑顔で腰を下ろす。
「そうですわね。こちらでは殿下も私達と同じ、一生徒ですもの」
「仰々しい行為は、却って失礼に当たりますわ」
「さすがはエセリア様。私達は未だに、校風が身に付いておりませんのに」
横のシレイアが堂々と座ったことで、ローダスは一瞬躊躇したものの、無言のまま着席する。この場の全員が自分を敬っていないと感じたグラディクトは無言のまま怒りを露わにしたが、確かに学園規則では身分による差別や優遇行為を禁じており、これ以上無理強いはできなかった。そのため怒りの矛先は、見覚えの無い二人に向かった。
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