建国記念式典の日に突如勃発した騒動は、全く鎮静化の気配を見せないまま一日が過ぎ、瞬く間にエセリアの王太子婚約者としての欠格事項に関する審議の日を迎えた。
その日は朝から王宮全体が微妙に浮足立っており、シレイア自身も午後開催予定の審議が気になっていたが、なんとか集中して午前中の仕事をこなす。昼休憩に入って食堂に向かったシレイアは、そこで少し離れた場所から声をかけられた。
「シレイア! ここが空いているぞ」
「あ、ローダス。お疲れ様」
手を振ってきたローダスに手を振り返してから、シレイアは受け取った昼食を抱えて彼のテーブルに向かった。そして向かい合って座ると、開口一番、ローダスが頭を下げてくる。
「シレイア、一昨日は遅くまですまなかった」
「ローダスの方が大変だったでしょう。仕事中に、父親が倒れた場に居合わせたんだもの。おじさんがすぐ回復して良かったわね。私がしたのはおじさんが帰るまでの付き添いと馬車の手配くらいで、大した手間でもなかったわ。気にしないで」
「そう言ってもらえると気が楽だが。昨日レナード兄さんから『シレイアに迷惑をかけたと母さんが気にしていたから、お前から礼を言っておいてくれ』という手紙がきた」
「おばさんも、そんなに気にしなくて良いのに……」
神妙な面持ちで告げてくるローダスに、シレイアは苦笑しながら食べ始めた。そこで気になっていた事を思い出す。
「あ、そうだわ。レナード兄さんの手紙に、総主教会内の様子が書かれていなかった? あのジェラル大司教の狼狽ぶりで、総主教会内で事態が悪化したり混乱したりしていないか心配だったの」
既に司祭として総主教会内で日々の務めを果たしているローダスの長兄であれば、立場を考えなければいけない総大司教のデニーよりも、率直に現状を書き送ってきているのではないかとシレイアは考えた。その推察は間違っておらず、ローダスはテーブル越しに僅かに身を乗り出し、微妙に声を潜めながら警告してくる。
「叫ぶなよ? こんな人目がある所で、爆笑するのもなしだ」
「一体、何を言い出す気よ?」
急に真顔になったローダスを、シレイアは訝しげに見返した。すると彼が、想像の斜め上の内容を語り出す。
「聞いて驚け。クレランス学園である意味有名だった、あのアリステア・ヴァン・ミンティア嬢は稀代の悪女で、王太子殿下を誘惑しただけでは飽き足らず、非の打ち所の無い殿下の婚約者であるエセリア嬢を、事もあろうに建国記念式典の場で毒殺しようと試みたそうだ」
「……はい? え? ちょっと待って」
あまりにも事実と乖離していると思われる内容を聞かされて、シレイアは目が点になった。しかしそんな彼女にお構いなしに、ローダスの話が続く。
「しかしその企みが失敗に終わり、エセリア嬢の代わりに総主教会総大司教が毒杯を口にして倒れる事態になったそうで」
「ローダス。あなた、自分が何を言っているのか分かってる?」
「悪事が露見した時点で観念すれば良いものを、そのアリステア嬢は往生際悪く、王太子殿下を操って国王夫妻を監禁し、即刻退位して王太子殿下と自分を国王王妃とするように迫ったとか」
「どうして婚約破棄から、一足飛びに暗殺とかクーデターに発展するのよ!? 頭がおかしいんじゃないの!?」
「だから叫ぶなと言ったのに……」
「ごめん……」
思わず椅子から立ち上がり、声を荒らげたシレイアに、周囲から驚きと物言いたげな視線が集まった。不必要な騒ぎを起こしたくないローダスが、すかさず注意する。それで我に返ったシレイアは、彼に謝罪しつつ大人しく椅子に座り直して尋ね返した。
「それじゃあ本当に、総主教会内ではそんな話がまかり通っていたの?」
「ああ、当初はな。それで総主教会が上へ下への大騒ぎになっている所に父さんが王宮から帰還して、ほどなく鎮静化した」
「デニーおじさんがすぐに意識を取り戻してくれて、本当に良かった……」
もし回復が遅れていたらどんな騒ぎになっていたかと想像して、シレイアは頭痛がしてきた。その心情はローダスも理解できたらしく、苦々しい顔で騒動の元凶について言及してくる。
「レナード兄さんも安堵すると同時に、ジェラル大司教に対して『間違いだらけの情報を流して、騒ぎを大きくしやがって』と憤慨していたらしいな。その辺りの事を、凄く乱暴に書きなぐっていた」
「それはそうでしょうね。でもそれなら、総主教会内で騒ぎが大きくならなくて良かったわ」
「それが……、問題が一つある」
「……あまり聞きたくないけど、何かしら?」
もう嫌な予感しかしなかったシレイアだったが、取り敢えず話の先を促してみた。するとローダスは、溜め息を吐いてから語り出す。
「ほら……、彼女、財産信託制度での保護対象者で、ケリー大司教様が後見人の扱いだっただろう?」
「そうだった……。色々あってこの二日、すっかり忘れていたわ」
「どうやら、その混乱しまくった第一報の内容を、視察に出ているケリー大司教様に伝える使者を出したらしい。そして、大至急王都に戻るように指示を出したそうだ」
それを聞いた途端、シレイアはカトラリーから手を離し、両手で顔を覆って項垂れた。
「よりにもよって、そんな内容で伝えたの? ケリー大司教様が驚愕して、その場で卒倒しかねないわよ。本当に、色々な意味で申し訳ないわ……」
「本当にそうだよな。特に、当事者の一人としては」
「それで、まさかケリー大司教様の責任問題に発展してはいないわよね?」
「それに関してもレナード兄さんが書いていたが、大げさに騒ぎ立てているジェラル大司教を初めとする何人かを、父さんやノランおじさん達がきっちり抑えているそうだ」
ここですかさず、シレイアが確認を入れる。
「現状では、お父さん達の方が優勢なの?」
「ああ。もともとジェラル大司教は周囲や下からの人望があまりなかったし、今回不必要な騒ぎを起こしたことが総主教会内で問題視されているそうだ」
「それなら不幸中の幸いだけど……」
「ケリー大司教様が総主教会に戻ったら、上層部からこの間の状況を伝えて誤解を解いた上で、変に思いつめないように説得するつもりらしい。だからあまり酷い事にはならないはずだ」
ローダスに宥めるように言われ、シレイアは顔を上げながら自分自身に言い聞かせるように告げた。
「そうね……。もうこうなったら、なるようにしかならないわよね。実際、クレランス学園での審議開催までもう少しだし」
そこでローダスが、どこか面白がっているような顔で尋ねてきた。
「実際に、この眼で見たいと思っているだろう?」
「当然よ。この間、散々仕込みをしてきたのに、結果を直に確認できなくて残念だわ」
「後で詳細が伝わるとは思うが、いち早く内容を知る事ができそうだぞ?」
「どういう事?」
「国王王妃両陛下が臨席する、公式行事に準ずる場になったからな。護衛の他、法務局から何人も同行して、詳細な記録を取るらしい。それで経験を積むように、新人達が動員されることになったそうだ」
それを聞いたシレイアは、即座に法務局配属の同期を思い出す。
「え? そうなると、まさかエリムが?」
「ああ。昨日廊下で顔を合わせた時に聞いた。それで実際どんな事があったのか、落ち着いたらで良いからシレイアに説明してやってくれと伝えておいた。快く引き受けてくれたから」
ローダスがそう口にした瞬間、シレイアは喜色満面になって礼を述べる。
「ローダス、ありがとう! それを楽しみに、午後からの勤務を頑張るわ!」
「それなら良かった。万が一にも王太子達の主張が認められる筈も無いから、安心して仕事ができるしな」
つい先ほどまでの重苦しい空気を一掃して機嫌よく食べ進めるシレイアを見ながら、ローダスは満足そうに微笑んでいたのだった。
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