王宮中に驚愕と困惑をもたらしたアイラの婚約話も、数日であっさり鎮静化した。それにシレイアが安堵したのも束の間、新たな問題が勃発した。
「シレイア。ちょっと談話室に来てもらっても良いかしら?」
「え? カテリーナさん?」
夕食を済ませたシレイアが自室で読書をしていると、ノックの音に続いてドアからカテリーナが姿を現した。それを見たシレイアが、驚きながら立ち上がる。
「あ、はい。勿論行きます。何か急用ですか?」
「ええ、ちょっとね」
(なんだろう? これまでカテリーナさんから親しく声はかけて貰ってはいたけど、個人的に突っ込んだ話とかはしていなかったんだけど)
何故か言葉を濁したカテリーナの後について、シレイアは廊下を歩き出した。そして階段を降りながら、一体何事かと考え込む。しかしその冷静さも、談話室に入るまでだった。
(え? ちょっと、本当に何事? 上の方々が勢揃いだなんて!? 私何か、先輩方に締め上げられるような事、していたかしら!?)
結構な広さがある談話室にずらりと椅子が並べられ、二人を待ち構えていたらしい状態を見て、シレイアは本気で恐れおののいた。彼女のそんな戸惑いを知ってか知らずか、カテリーナは中心に設置されている空席にシレイアを促す。
「それじゃあ、ここに座ってね」
「……はい、失礼します」
カテリーナと向かい合う位置で座ったシレイアだったが、二人をぐるりと取り囲むように他の者達が座っており、彼女の緊張は最高潮に達した。そんな彼女に向かって、カテリーナが僅かに身を乗り出しながら真顔で問いかけてくる。
「シレイア。単刀直入に聞くけど、アイラさんの婚約話についてどう思う?」
「どう、と言われましても……。変則的とはいえ、おめでたいと思います」
「そうね。おめでたいわね。でもね、それで少々皆の不満と言うか、残念な気持ちが募っているのよ」
「え? どういう事でしょう? 素直に祝えないという事でしょうか?」
真剣極まりないカテリーナの表情に、シレイアは思わず心配になってきた。その途端、周囲から次々に声が上がる。
「そうじゃなくて、お祝いしたいけど祝えないのよ!」
「普通だったら結婚式に合わせて皆でお祝いするし、これまでも結婚退職する人にはそうしてきたのに!」
「アイラさんにお祝いしたいと言っても、『別に結婚するわけではないし、気恥ずかしいから遠慮するわ』と、サラッと流されちゃうし!」
「挙句に『実際に退職してから結婚する時、二人でひっそり教会で挙式するから気にしないで』とか言われちゃったのよ!」
「そこまで言われたら、ごり押しするのも失礼じゃない!?」
「あぁ、なるほど。言われてみれば、双方の言い分は理解できますね……」
無念そうな先輩達の様子に、シレイアは深く納得した。
(迂闊だったわ。そこまでは考えてなかった。そうよね。結婚式をしないんだったら、正式にお祝いする機会もないわ。後日、きちんと挙式するって言っても、その頃には連絡がつかなくなっている人も多いだろうし、できるなら今の時点でお祝いしたいわよね)
シレイアが考え込んでいると、カテリーナが話を続ける。
「それで、ナジェークが屋敷でアイラさんの結婚話を、世間話の一つとして出したらしいの。そうしたら彼の部下のレオンとか、レンダーとか……、あら、名前はなんと言ったかしら?」
ここでカテリーナは困惑顔になったが、ここでシレイアはピンときた。
「あの……、もしかして、それはレスターではありませんか?」
「あ、そうそう。そのレスターという人、修学場であなたの同級生だったんですって?」
「はい、そうです。以前、ナジェークさんの下で働いていると聞いたので、ひょっとしたらそうかと思いましたが。それで、レスターがどうかしたんですか?」
「その彼が、アイラさんと恩師の結婚話を聞いて、『結婚式をしないなら、婚約式をすれば良いだけの話ですよね』と言ったらしいの」
「……はい? あの、『婚約式』って何ですか?」
唐突に告げられた内容が理解できず、シレイアは本気で困惑した。その戸惑いをカテリーナは予測しており、落ち着き払って説明を続ける。
「そうよね。聞いたことはないわよね? 庶民なら婚約しても両家揃っての顔合わせとか記念品の受け渡しだけで、後は挙式でお祝いするだけだもの」
「はい、その通りです」
「でも貴族の場合は、挙式の前にきちんと婚約を披露して祝福してもらう場を設けるのよ。現に私とナジェークの場合の夜会が、つい最近開催されたのだけど。それから連想して、平民でも婚約を祝う場を設ければよいと彼が判断したらしいわ。それで便宜上、婚約式と言っているらしいのだけど」
「その考えはなかったわ! 凄い、レスター! 実は天才なんじゃない!?」
自分では全く思いつけなかった画期的な考えに、シレイアは心から賞賛した。
「それで既に、そのレスターが水面下で動いているらしいの。既に修学場の同級生達に声をかけて、賛同者を募っているらしいわ。それに悪用しない事を条件に、シェーグレン公爵家の威光を使って修学場に頼み込んで、卒業生の連絡先名簿を入手したとか。実際に開催するとなったら、参加したいと思う卒業生の方もいると思うからとの判断らしいわ。徹底的に連絡を取ってみる腹積もりらしいわよ?」
「レスターったら! いつの間に、そんなにできる人間になったのよ!? もう成長っぷりが怖いくらいね!!」
シレイアは満面の笑みで、かつての同級生を褒め称えた。するとここで、カテリーナが真剣極まりない表情で告げる。
「それで、私とあなたにお鉢が回って来たのよ」
「どういう意味でしょう?」
「恥ずかしがって固辞する可能性が高いアイラさんを何が何でも説得して、婚約式開催を了承してもらうのよ」
困惑したのも束の間、カテリーナが口にした内容を聞いた途端、シレイアはがっくりと項垂れた。
「……官吏として就任以来、最も難易度が高いミッションのような気がするのは、気のせいでしょうか?」
「間違いなく、難易度は最高レベルだと思うわ。頑張りましょうね。お相手の方の説得は、そのレスターがするそうよ」
「もう既に、私がするのが前提なんですね……。分かりました。全力で頑張ります」
すこぶる真顔のカテリーナを見て、シレイアは自分の退路が断たれたのを悟った。もとより、レスターに任せっぱなしにするつもりはなく、即座に腹を括る。そんな二人に、周囲が次々に声援を送った。
「頑張って、シレイア。応援しているから」
「二人だけに任せるのは申し訳ないけど、下手に集団で迫ったりしたらアイラさんが意固地になって断固拒絶しかねないし」
「ここはアイラさん達と関係が深いシレイアと、立場も影響力も強いカテリーナに任せた方が良いかと思って……」
「お願い。私達の為にも頑張って」
「皆、これまで公私に渡ってアイラさんに助けて貰ったり、お世話になったりしているんだから」
「今更形式にこだわるのはおかしいかもしれないけど、やっぱりちゃんとお祝いしたいのよ」
(皆さんの気持ちも良く分かるし、大変なのは分かるけど、寧ろ頼りにして貰って光栄と思わないとね。レスターも頑張ってくれているみたいだし、何が何でもアイラさんを説得するわよ)
そこで素早く考えを巡らせたシレイアは、徐に申し出る。
「カテリーナさん……。申し訳ありませんが、三日だけお時間を貰っても良いですか?」
「構わないけど、どうして三日なのか聞いても良い?」
「相手は熟練の官吏。感情に訴えるだけでは、理論武装した相手に容易に反撃されるかもしれません。その三日で、難関攻略の為の傾向と対策を練ります。それをカテリーナさんにも一通り頭に入れて貰ってから、アイラさんに挑みます。そういうわけで、決戦は来週です。よろしいでしょうか?」
拳を握りつつ、常には見せない気迫でシレイアが宣言した。その申し出に、カテリーナは僅かに頬を引き攣らせながら頷く。
「そう……。よろしくお願いするわ」
「はい。万事、お任せください」
(よし、皆さんの願いをかなえる為にも、絶対にこの最高難易度ミッションを攻略してみせる!)
固く決意したシレイアはその夜から睡眠時間を削り、やる気を漲らせながらアイラ攻略のための傾向と対策を練り上げていくのだった。
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