シレイアは査問会前日にレナードに突撃し、当日、審議の様子を窺える場所に入れて欲しいと懇願した。レナードは当初は困った顔をしたものの、元々自分も立ち聞きする気満々であり、少しだけ迷ってから手引きするのを了承した。
幸いなことに査問会は午後に予定されており、シレイアは当日修学場から帰宅してから急いで昼食を済ませ、総主教会に向かった。正面入口で待ち構えていたレナードに礼を言い、彼の案内で施設内を進む。そして裏庭らしき場所に出て建物沿いに整備された小道を進むと、異様な光景を目の当たりにした。
「えっと……、レナード兄さん。窓の下に人が一杯なんだけど……」
恐らくは査問会の会場と思われる広い部屋には、裏庭に面して窓が幾つも設置されていたが、その下に司祭など若手の教会関係者が群がっていた。それについて、レナードが苦笑しながら説明する。
「今回の査問会は、総主教会内で色々な意味で話題になっていてね。廊下のドアの前で聞き耳を立てたいところだけど、そこは年長者の方々に譲るのが筋だから。聞き耳を立てたいなら、僕達若手は窓の下というわけさ」
「思っていた以上に、上下関係がシビアなのね……」
思わずシレイアが同情の視線を向けると、レナードは苦笑を深める。
「そんな気の毒そうな目で見なくても大丈夫だよ。一応幹部の方々も配慮してくれて、どの窓も少しずつ開けてくださっている」
その指摘に、シレイアは窓のや状態を確認した。
「あ、本当だわ。あれなら中の話が聞こえやすいわね」
「『お若いご令嬢をお迎えするので、必要以上に緊張されないよう適度に風を入れて換気できるように、窓は全て少しずつ開けておくように』と、それらしい理由がつけられたらしい」
「それで偶々漏れた室内のやり取りを、そこら辺を通り過ぎる合間に不特定多数の人が耳にしても、不可抗力なのね?」
「そういう事かな?」
そこで二人はおかしそうに笑い、窓の一つに歩み寄った。
「ローダス、場所取りどうも」
「ローダス、ありがとう。助かったわ」
どうやらレナードがシレイアを迎えに行く間、ローダスに代理を頼んでいたらしいと分かって、シレイアは礼を述べた。しかしローダスは兄とシレイアを面白く無さそうに眺めてから、さっさと歩き出す。
「全く……、何が楽しくて、査問会なんかを盗み聞きしないといけないんだ。馬鹿馬鹿しい」
「あれ? 聞いていかないのか?」
「興味ない。時間の無駄」
(確かに、ローダスが好んで話題にする内容ではなさそうね)
無理に引き留めるつもりはなかったシレイアは黙って見送ったが、レナードは申し訳なさそうに謝ってくる。
「すまないね。最近、ちょっと無愛想で。誤解しないで欲しいんだが、あいつがシレイアを嫌っているわけではないから」
「うん、分かってる。男の子が一時期かかる、格好つけたがり病ってやつよね? 一々反応するのも馬鹿馬鹿しいから、気にしていないから大丈夫よ」
分かったような顔で頷いたシレイアを見て、レナードは思わず遠い目をしてしまった。
「……まぁ確かに、色々面倒くさいのは確かだな。頑張れよ、ローダス」
「え? レナード兄さん。今、何か言った?」
「いや、何でもないから。ほら、そろそろ始まりそうだ。お二方が到着されたみたいだよ?」
「え? 本当?」
室内のざわめきが窓越しに伝わってきて、シレイアは慌てて窓の下で聞き耳を立て始める。建物内の床の位置が元々少し高くなっており、窓の位置はシレイアの身長よりかなり高い位置にあった。それでシレイアには直接室内を覗き込むのは不可能だったが、挨拶から始まった査問会での参加者の名前や声を確認して、公爵令嬢と会頭夫人両者が出向いて来たのが分かった。
(会話の内容だと保護者とか代理人ではなくて、本人が出向いてきたのは間違いないのよね? 直に室内を見たいけど、仕方がないわ。我慢しないと)
そうして注意深く議論の様子に聞き耳を立てていたシレイアだったが、公爵令嬢エセリアが総主教会上層部の面々と直に顔を合わせる機会を作るため、問題の本を執筆してワーレス商会から売り出したと語った時には唖然となった。更にデニーが問い質した内容に対する彼女の答えに、自らの耳を疑う。
「それではエセリア嬢は、ある意味政治的なお話をしたいと仰るのですか?」
「ええ。単刀直入に申し上げます。教会で貸金業を始めて下さい。もっと正確に言うと、教会の政治力と人脈と資金力を利用して、貸金業を法制化する事を陛下に認めて貰って、その認可を受けて公式な貸金業務に携わって欲しいのです」
(え? 国教会で貸金業? どうしてそんな事を?)
予想外の会話の流れに、シレイアは思考回路が一瞬停止してから、顔色を変えてレナードを見上げた。
「レナード兄さん、これって!?」
「しぃっ! シレイア、静かに! 中に聞こえる!」
「ごめんなさい」
声を荒らげかけたシレイアの口を、レナード咄嗟に押さえながら制止する。それでシレイアはなんとか自制心を保ちながら、室内の会話に耳を傾けた。
(だって、なんだかとんでもない話になっているんだもの!? もう、男性同士の恋愛本の話なんてどうでも良くなっているわよね!? 周りの人達も唖然としているし!)
改めて周囲を見回せば平然としている者は皆無であり、その衝撃度が伺われた。
それから参加者の間で貸金業に関するやり取りが交わされたが、終始シェーグレン公爵令嬢とワーレス会頭夫人のペースで話が進み、最後は総主教会側が問題の本に関しては大っぴらに宣伝販売しなければ不問とし、貸金業に関しては総主教会上層部で検討した上で、正式に返答する事にして会談は終了した。
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