キリング家で両家の団欒がぶち壊しになった後、寮に戻ったシレイアは、密かに悩んでいた。
(う~ん、お母さんに話し合えとは言われたし、その必要性は認めるけど、どう話を持っていけば良いのやら。あの後、さすがに気まずくて、翌日そのまま寮に戻ってそれきりだし。これは本格的に、タイミングを逃したかしら?)
一人で悶々と考えを巡らせつつ寮の食堂で夕食を摂っていると、斜め前方から声をかけられる。
「シレイア、お疲れ様。ここ良い?」
「あ、オルガ。お疲れ様。勿論良いわよ?」
シレイアが目の前の空席を勧め、オルガはそれに座って夕食に手をつけた。その直後、なにやらシレイアの様子を窺いながら問いかけてくる。
「ええと……、ちょっと聞いても良い?」
「構わないけど、何?」
「ほら、少し前に、ローダスが外交局から民政局に移籍したら結婚するとか言っていたじゃない?」
「ええ、そうね」
「それで、ローダスの移籍が正式に決定したと聞いたのだけど」
「ええ。前代未聞で、上層部で相当揉めたみたいね」
「さすがにまだ引継ぎとかあるし、正式な辞令は出ていないみたいだけど」
「そうね。双方の部局の都合もあるし、早くても来月の移籍になるみたいよ」
「みたいよ、って、そんな他人事みたいに……」
「だって私が移籍するわけではないし、十分他人事だと思うけど……」
あまりにも淡々としたシレイアの台詞に、オルガはここで声を荒らげた。
「そうじゃなくて! 移籍したなら結婚するんでしょう? だからシレイアがまだ仕事を続けるのは分かっているけど、結婚式の予定とか退寮の時期とか予め分かっているなら、それに合わせて私達も色々考えようと思っているから!」
その叫びで、食堂内の視線が一斉にシレイアに集まる。それを意識しながら、シレイアは冷静に言葉を返した。
「あ、それは当面ないから」
「……え? 何がないの?」
「だから、結婚式とか退寮予定とか。私、ローダスが移籍したら結婚するとは言ったけど、その直後に結婚するとかは一言も言っていないわよ? そこら辺の予定は未定で全くの白紙」
「えぇぇぇぇぇっ!!」
「そんなに驚く事かしら?」
「いえ、あの……、だって」
驚愕の叫びを上げながら、オルガは無意識に勢いよく立ち上がった。しかしシレイアに不思議そうに尋ね返され、唖然としながら座り直す。その友人の様子を見ながら、シレイアは再び考えを巡らせた。
(確かに、対外的な事もあるし、色々詰めておいた方が良さそうだわ……。でも、どうしたものかしらね……)
典型的な結婚のそれとは異なるものの、周囲にはきちんと知らせておくべきこともあるのだろうなと、シレイアは考えを新たにした。そこで素早く、今後の方針を立案する。
「あ、あの……、シレイア?」
「うん。一人で悶々と考えていても、解決するものではないわね。よし、決めた! 女は度胸! 突撃あるのみ!」
何やら妙に吹っ切れた表情で宣言したと思ったら、何事もなかったように食事を再開したシレイアを見て、オルガの方が動揺した。
「ちょっと待って! シレイア、あなた何をするつもり!?」
「大丈夫よ、オルガ。何でもないから心配しないで」
「とても安心できないんだけど!?」
不安を露わにしているオルガを宥めつつ、それからシレイアは笑顔で夕食を食べ進めた。
※※※
その日、出勤してきた外交局所属の官吏達は、自分の職場の出入り口付近に到達すると、揃って顔を引き攣らせていた。
「おい、あれ……」
「うわ……、今度は何だよ?」
問題の出入り口の横にシレイアが陣取っており、出勤してくる外交局の者達に「おはようございます」と笑顔で挨拶していたからである。また何か騒ぎを起こす気なのかと、殆どの者は戦々恐々としながら挨拶を返して室内に入って行った。
「シレイア? どうしてここにいる?」
出勤してきたローダスは、さすがに驚いて足を止めて問い返した。対するシレイアは、あの日からまともに顔を合わせていなかった相手をはたと見据えつつ、有無を言わせぬ口調で迫る。
「おはよう、ローダス。まだ始業時間までに余裕があるわよね。二、三分時間を貰って良いかしら?」
「……ああ。構わないが。どうした?」
「今月中の休みの日に、まとまった時間を欲しいんだけど。休日で、今のところ空いている日を教えてくれる?」
そこでローダスは少しだけ考え、予定を伝える。
「そうだな……、17日と20日と26日だな。その日ならどこでも良い」
「そう……。それなら20日にしたいのだけど」
「構わないぞ」
「それじゃあ、時間と場所については、また後で連絡するから。それじゃあね」
「ああ」
お互いに淡々と事務的に会話を済ませ、シレイアは自分の職場に戻って行った。ローダスも外交局に入ろうとしたが、この間、廊下で二人のやり取りを見守っていた同僚達が声をかける。
「ローダス。ちょっと聞いても良いか?」
「どうかしましたか?」
すると周囲にいた者達は、口々に問いを発してくる。
「お前、婚約したんじゃなかったのか?」
「なんか、幸せ一杯の婚約者同士っていうよりは、果し合いを挑む騎士とでも言った方がしっくりくる緊迫感だったんだが」
「まさか、早速別れ話とかが持ち上がったわけではないよな?」
「二つの部局を巻き込んで、あれだけ大騒ぎになったのに」
それを聞いたローダスは一々弁解する気にならず、溜め息を吐いてから室内に向かって足を進めた。
「……ノーコメントです。先輩方、そろそろ始業時間ですので」
「おい、ローダス!」
その後もローダスは頑として口を割らず、周りの者達は一体全体どうなっているのかと、密かに気を揉む事になるのだった。
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