「しつこいぞ! 手を放せ!」
「絶対に放さないわよ!」
「お前達、いい加減にしろ!」
「袋が破れるわ!」
大人達が大声で喚き合っている場に歩み寄ったエマは、何回か深呼吸して息を調えてから、通りの奥を指差しながらその場の誰にも負けない大声で叫んだ。
「あぁあぁぁ――っ!! 信じられな――いっ!? レスターの馬鹿ったら、1日と保たずに公爵家を追い出されて帰って来たわ――っ!!」
「なんだと!? あの甲斐性なしが!」
「なんですって!?」
エマの叫びを耳にしたスカールとアニタを初めとした大人達は、一瞬彼女に目を向けてから、すぐに彼女が指差す方向に目を向けた。その隙にエマは素早くスカール達に接近し、夫婦の手から勢い良く布袋を奪い去る。
「はい、ちょっとごめんなさい!」
「あ、こら! 何をする!」
「エマ?」
布袋を力ずくで奪われたスカールは怒気を露にし、アニタが戸惑う。しかしエマはそれを無視し、布袋を躊躇わずに空高く放り投げた。
「シレイア! これを受け取って!」
「え、えぇっ!? ちょっと、エマ!? きゃあっ!」
「よっし、確保!」
シレイアは動揺しながらも、咄嗟に布袋を受け止めた。それを確認したエマは、満面の笑みで頷く。しかし怒りが収まらないスカールは、険しい表情のままエマに詰め寄った。
「エマ! お前、他人の金を何しやがる!?」
その非難にも全く動じず、エマは何回か手を打ち鳴らしてから大声を張り上げた。
「は~い、皆、注目してちょうだい! 今、金貨入りの袋を受け取ったあの子は、修学場での私の友人のシレイア・カルバムよ! なんと! 国教会最高権威である総主教会、そこのカルバム大司教のご令嬢なの! シレイア、そうよね?」
いきなりそんな紹介をされて、シレイアは周囲からの視線を一身に集めてしまった。それに戸惑いながらも、大人達に向かって軽く頭を下げる。
「あ、ええと……。皆さん、初めまして。総主教会所属ノラン・カルバム大司教の娘、シレイア・カルバムです。エマとは修学場での同級生で、友人付き合いをしています」
さすがのスカールも、大司教の娘に掴みかかる度胸はなかったらしく、面白くなさそうにエマに悪態を吐く。
「エマ。お前、大司教の娘がどうしたって言うんだ。ふざけるなよ?」
「あのレスターの前払い給金と支度金、当面カルバム大司教様の家で預かってもらうことにするから。だからシレイアに渡したのよ」
「はぁあ? なんでだ!?」
(え? どうしてそうなるの?)
真顔で繰り出されたエマの主張に、スカールは勿論、当事者のシレイアも困惑した。するとエマが、さも当然の口振りで言い出す。
「だっておじさん、おばさんが家にお金を隠しても、大して広くない家中を家捜しして使っちゃうでしょう? 浪費された上に、荒らされた室内の後片付けをしないといけなくなるおばさんが、気の毒すぎるもの」
「五月蠅いぞ! それがどうした!」
「全くその通り」
「エマの言うことは正しいよ」
スカールは怒りで顔を真っ赤にしながら吠えたが、それを聞いた者達は揃って頷いてエマに同意した。それを横目で確認してから、エマが話を続ける。
「だからと言ってご近所でお金を預かっても、おじさんだったらめぼしい所に押し掛けて騒ぎ立てて、『金を出せ』と暴れると思うし。すごい迷惑よね」
「他人の金を勝手に持っていく奴が悪いんだろうが! それにそいつだって、勝手に使っちまうに決まってるだろ!」
スカールがそう叫んだ瞬間、周囲の者達は一斉に(お前と一緒にするな)と言わんばかりの表情になる。
「その点、カルバム大司教様のお宅に預けるなら、間違っても信者のお金に手をつけたりする筈がないし、泥棒だって入るのを躊躇するわよね? 万が一、盗難なんて起こったら、王都の治安維持の責任がある近衛騎士団が黙ってはいないもの。そこまで馬鹿な泥棒は、滅多にいないわよ」
ここまでエマの解説を聞いた大人達は、納得して深く頷き合った。
「なるほど。確かに、エマの言う通りだな」
「大司教様にご迷惑をおかけするのは、申し訳ない気もするが」
「お預けすれば、私たちも気が楽よね」
「どいつもこいつも、勝手な事をほざくな!」
「いや、誰がどう聞いても、エマの方が正しい」
「そうしなさいよ」
「五月蝿い! 他人が口を挟むな!」
ただ一人だけ納得できなかったスカールは、声を荒らげた。そんな騒然とする中で、シレイアは考えを巡らせる。
(レスターがコーネリア様に拉致されたのは、半分は私のせいだけど半分はあいつの自業自得よ。でも、きちんと契約書も交わしてお給金を前渡ししてくれる位だから、職務の内容はどうあれ、シェーグレン公爵家できちんと雇用してくれるはず。それは良しとする事にしましょう)
そこでまず自分を納得させたシレイアは、引き続きこの場をどう収束させるかの検討を始めた。
(取り敢えず、ご両親とご近所の揉め事をきちんと解決しておかないと、遺恨を残すかもしれないわ。この場は、私がなんとか収めないと。この事態を引き起こした責任の一端はあるから、寝覚めが悪いものね)
真剣に悩んだシレイアだったが長い時間は必要とせず、頭の中で考えを纏めてから、先ほどのエマと同様に大声で周囲の者達に呼びかけた。
「皆さん、静粛に!!」
「…………」
予想外の少女からの制止に、その場全員の視線がシレイアに集まり、見事に静まり返った。そこでシレイアは真剣な面持ちで、スカールに向かって足を踏み出す。
「レスターのお父さん。スカールさんと仰いましたね? 少々お話ししてもよろしいですか?」
「……お、おぅ。お嬢さん、なんだ?」
ゆっくりと距離を詰めてきたシレイアに、スカールは若干身構えながら応じる。その彼の目の前に立ったシレイアは、相手の顔をしっかりと見据えながら口を開いた。
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