人知れず、最後まで波乱万丈の学園生活を送ったシレイアは、神妙な面持ちで卒業記念式典に参加した。講堂内では専科ごとに席が割り振られていたが、その範囲内であれば座る位置は自由だったため、シレイアは女生徒同士四人で固まって座る。
「いよいよこれで、学園ともお別れね」
「長いようで短かったわ」
「本当にそうね」
「でも……。ダニエラの事が心配で……」
式典も終盤に差し掛かり、参加者達は神妙に学園長の祝辞と薫陶に耳を傾けていた。しかし後ろの席でミリーとオルガが囁いている内容を聞いて、ダニエラが隣に座るシレイアに囁く。
「ええと……。シレイア? そろそろ良いかしら?」
「そうね。二人には、もう伝えても良いと思うわ。式典が終わったら、周りに人がいない所で説明しましょう」
「え? 何の事?」
「どうかしたの?」
周囲が静かな状況であり、その会話は後ろの席のミリーとオルガにも聞き取れた。それで声を潜めながら詳細について尋ねる。そこでシレイアは、座ったまま軽く振り返りながら二人に告げた。
「あのね。二人に話しておきたいことがあるの。後で時間を頂戴」
「ええ」
「それは構わないけど……」
二人が怪訝な顔になりながら頷いたところでリーマンの話が終了し、講堂内は拍手に満ちてひとまず話は打ち切りになった。
式典が終了すると同時に、講堂内では懇意にしている者同士が集まり、または別れの挨拶や礼を述べに人が行き交った。そしてあちこちで大小の集団を形成する中、シレイアは三人を比較的人が少ないエリアに誘導する。
「ここなら大丈夫そうね」
「ええ。男子達とも離れているし」
「ダニエラ、シレイア。さっきからどうしたの?」
「そう言えば、少し前からなんとなくよそよそしかった気がしていたけど、それと関係がある?」
周囲を軽く見回しながらシレイアとダニエラが頷き、ミリーとオルガが不審そうな顔つきになる。今の今まで彼女達に秘密にしていた負い目があったシレイアは、申し訳なさそうに話を切り出した。
「ええと……、その、実は二人に秘密にしていた事があったのよ。ダニエラの就職先の事なのだけど」
シレイアのその台詞で、ミリーとオルガが驚愕の表情になる。
「ダニエラ、あなた勤め先が決まったの!?」
「良かったじゃない!! それでどこなの?」
「シェーグレン公爵家よ」
「え!? それってやっぱりエセリア様を介して、シレイアが紹介したの?」
「紹介したかったのは山々だったけど、実は違うのよ。今の今までダニエラの就職決定をあなた達に知らせなかったのも、それに関係していて。きっかけは、卒業した修学場の同窓会に参加した時、シェーグレン公爵家の執事として勤務しているかつての同級生から頼まれた事なんだけど……」
そこでシレイアは二人に、この間の事情を掻い摘んで説明した。
「そういうわけで、卒業前にダニエラ達のシェーグレン公爵家雇用決定が周囲に漏れたら、推薦されなかったガーディとリンクスが騒いで問題を起こしたり、嫌がらせや妨害行為をしかねないと判断して、秘密にしていたのよ」
「勿論、二人が軽々しく口外するようなタイプではないと思ってはいたけど、念のため黙っていたの。今まで心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」
シレイアの説明に続き、ダニエラが二人に対して頭を下げた。それに対し、ミリーとオルガは男子生徒達が集まっている場所を一瞬横目で見てから、安堵した表情で応じる。
「そんな事、気にしないで。寧ろ、黙っていてくれて良かったわ。事前に知っていたら、嬉しくてうっかり漏らしていたかもしれないし」
「そうよ。でも本当に良かった。それなら卒業してからも、実家に帰らないで首都にいるのね?」
「ええ。公爵邸内の使用人棟に住まわせて貰えるから、衣食住の心配はないわ。この寮からの引っ越しの手配もしてくださるし、ありがたくて申し訳ないくらいよ」
「本当に良かった。これからお互いに忙しくなると思うけど、落ち着いたら集まって食事でもしない?」
「そうね。そうしましょう」
あっさり話が纏まって、ミリーが満面の笑みで告げる。
「ああ、本当に胸のつかえが取れて、すっきりしたわ。これで安心して、仕事に集中できる」
「全くだわ。所属は違うけど、同じ王宮内で官吏として働くから、二人とも改めてよろしく」
「こちらこそよろしくね」
「三人とも頑張ってね」
ダニエラは官吏に就任する三人に対して、心からの笑顔で激励した。それに感謝の面持ちになったオルガが、ふと視線の先の光景について言及する。
「シェーグレン公爵家と言えば……。相変わらず、エセリア様の周囲は華やかね」
そう呟いた彼女の視線の先を、シレイア達も眺めた。すると講堂の一角に上級貴族の女生徒が集まっており、当然と言えば当然の事ながらその中心はエセリアだった。それについて彼女達が、それぞれ思うところを口にする。
「本当に。本人もそうだけど、公爵家自体も王妃様との縁戚関係がある上に手広く事業を行っていて、絶大な勢力を誇るし財政的にも潤っているはずだもの」
「なんといってもエセリア様が王太子殿下の婚約者だから、これから婚礼に向けての準備とかが加速するだろうし、きっと公爵家は忙しくなるわね」
「ええ。そうだと思う。だから公爵家にこれから全身全霊をかけてお仕えして、拾ってくださった恩返しをしてみせるわ」
「ダニエラったら、もう既に凄い忠臣っぽい!」
「なんか意気込みが違うわね。シレイア、私達も負けないように頑張らないとね」
「え? っ、え、ええ。そうね」
「どうかしたの?」
(危ない危ない。思わず、「エセリア様は王太子殿下と結婚する気なんかさらさらありませんけどね」なんて口走るところだったわ。色々片付いて、無意識に油断していたみたい。気を引き締めないと)
うっかり口を滑らせかけたシレイアは、必死に動揺を押し隠しながら、少々強引に話題を変えた。
「あ、ええと……。相変わらずエセリア様の周囲は華やかだけど、それと比較して王太子殿下の周囲がね……」
シレイアの指し示した方に視線を向けたダニエラ達は、揃って怪訝な顔になる。
「殿下? え? だってさっき、挨拶をしようとする貴族の人達が大勢いなかった?」
「あら……、いつの間にか綺麗にいなくなって……」
「……またあの人? 最後の最後まで、なにを考えているの?」
つい先ほどまで男子生徒達に囲まれていた筈のグラディクトが、アリステアと二人きりで話し込んでいるのを認めた三人は、物言いたげな表情になった。これまでの数々の学内行事での彼らの横暴ぶりを目の当たりにしてきた彼女達は、ここで揃ってシレイアに詰め寄る。
「シレイア。前々から気になってはいたんだけど、エセリア様はあの人の事をどう考えているの? あなただったら以前からエセリア様と親しくしていたから、詳細について知っているわよね? 直接エセリア様にお仕えする事はないと思うけど、屋敷内で顔を合わせてお話する可能性がゼロではないし、その時に失礼がないようにこの機会に聞いておきたいんだけど」
「それは私も気になっていたわ。まさかとは思うけど、王太子殿下がエセリア様とのご結婚後に、あの傍若無人な人を側妃にする可能性とかはないわよね?」
「私が所属する内務局は王族の生活管理の業務があるし、万が一にも側妃になったあの人の担当なんて嫌なんだけど?」
結構切実なその訴えに、シレイアは落ち着き払って答えた。
「三人とも落ち着いて。勿論エセリア様は王太子殿下があの人と懇意にしているのをご存じだけど今までずっと静観していたし、それは今後も変わらないわ。理由としては、まず彼女の実家が全く勢力を持たない弱小貴族であること。次に彼女自身の器量才覚が、エセリア様と比較することすらおこがましいレベルで、脅威にも問題にもならないこと。更に彼女を有力な貴族と養子縁組して王宮に迎え入れようと王太子殿下が画策しても、目ざとい上級貴族がそんな危ない橋を渡るような愚考を侵す筈がないこと。どう? 納得できた?」
シレイアが理路整然と解説すると、元々理解力のある三人は安堵したように頷く。
「確かに。エセリア様だったら、そんな警戒するにも値しない人間の為に騒ぎ立てて、自分の評判を落とすような真似はなさらないわね」
「いついかなる時も冷静沈着で、泰然自若な立ち居振る舞いがさすがだわ」
「本当に尊敬できる、真の貴婦人よね。あの方が皇太子妃、ゆくゆくは王妃になられる日が楽しみだわ」
「夫になる人があれでは、苦労が絶えなさそうだけどね」
「エセリア様が完全無欠な分、神様は夫にあれをあてがう事にしたんじゃない? そうすればバランスが取れると思って」
思わずシレイアが茶化すように口にすると、三人が揃って笑い出す。
「嫌だシレイアったら、辛辣すぎる!」
「仮にも、王宮に仕える官吏の台詞じゃないわよね!」
「でも激しく同感。納得しちゃった。これも官吏にあるまじき暴言だけど」
「私達、まだ官吏ではないから、ギリギリ大丈夫よね」
「ちょっとちょっと、十分不敬な台詞だと思うけど?」
そうしてシレイアにとっての卒業記念式典は、楽しげな笑顔で幕を閉じたのだった。
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