エセリアから声をかけられた《チーム・エセリア》の面々が、いつも通りカフェに集まってこの間の状況報告をしていると、ローダスが幾分考え込みながら言い出す。
「そう言えば……。昨日突然、あの女が変な事を言い出したんです。『おりえんてーしょん』がどうとか」
「え?」
「アリステア嬢が、なんですって?」
シレイアを含む何人かが怪訝な顔で問い返すと、彼は困惑の色を深めながら話を続けた。
「ええと、確か……。『大変! そう言えば本だと、もうおりえんてーしょんをする時期じゃない! 色々あって、すっかり忘れていたわ! 急いで準備しないと』とか言い出して、殿下に何やら支離滅裂な事を訴えていたんですが。何の事だか分かりますか?」
「…………」
「あの……、どうかしましたか?」
(ちょっと待って。もの凄く嫌な予感がしているんだけど。こんなに自分の考えが当たって欲しくないなんて、生まれて初めてかもしれないわ)
シレイアが顔を強張らせ、他の者も同様に押し黙る。その異様な空気を感じ取れないローダスではなく、怪訝な顔でエセリアに尋ねた。それに彼女が応じる前に、サビーネが顔を引き攣らせながら独り言のように告げる。
「そう言えばこの前……、リアーナとしてアリステア嬢と接した時に、彼女が『本でも誹謗中傷を受けていた』云々などと口走っていて、何となくそのまま聞き流していたのですが……」
「『おりえんてーしょん』……、それに『時期』って、まさか……」
「確かにヒロインが入学当初、学園の施設や構造を覚えるのに困った事から発案して、翌年、入学式の少し後に行うのでしたよね?」
「それを大成功に導いて、ヒロインが周囲からの好感度を上げて、ライバルの悪役令嬢に差を付けて、より一層陰険な嫌がらせを受ける事になるのでしたか……」
女性陣に引き続いて、ミランが考え込みながらそう述べた。それを聞いたシレイアが、不思議そうに彼に尋ねる。
「ミランは《クリスタル・ラビリンス~暁の王子編~》を読んだ事があるの?」
「一応、ワーレス商会で取り扱っている商品にはなるべく目を通すようにしていますし、エセリア様の初期作品なら、全て私が原稿をお預かりしていましたので」
その事情を聞いたシレイアは勿論、サビーネとカレナも驚愕して羨望の眼差しを向けた。
「えぇぇっ! 羨ましい! エセリア様の生原稿を頂いていたなんて!」
「それじゃあ誰よりも先に、その原稿に目を通す栄誉に預かっていたのね!?」
「ミラン、凄いわ!!」
「……何がそんなに凄いのか、正直良く分からない」
ミランがどこか遠い目をしながら呟いたところで、全く話に付いていないローダスが恐る恐る尋ねる。
「あの……、要するに、どういう事ですか?」
ローダスには珍しい察しの悪さに、シレイアは思わず彼を叱りつけてしまった。
「もう、ローダスったら! 今の話の内容で察しなさいよ! あの女はエセリア様が書いた《クリスタル・ラビリンス~暁の王子編~》の内容を参考にして、グラディクト殿下の婚約者になろうとしているのよ!」
「確かに去年唐突に音楽祭が催されましたけど、あれも本に書いてありましたね」
「あれだと確かヒロインは、王子と中庭で偶然知り合うのでしたか?」
「そう言えばあのお二人は、最初の頃中庭付近で目撃されていましたわね」
内容を頭に入れている面々が去年からのあれこれを思い返していると、エセリアが困惑気味に指摘してくる。
「確かにあの本を参考にしているのかもしれないけれど、今からオリエンテーションの準備をするのは、時期的に遅いのではないかしら?」
「そうですよね。本では前年のうちに提案して準備を始めて、今の時期に開催をしていましたし」
「今から準備に取りかかるのであれば、もう新入生も学園内の構造など、きちんと頭に入れてしまっている時期に、開催する事になりそうですわね。開催する意味がないのではありませんか?」
「皆、取り敢えず、暫くは二人への接触は控えた方が良いわ。今迂闊に近寄ったら、このオリエンテーションの準備にこき使われるわよ? 殿下が使える手駒は、限られているのだから」
続くエセリアの的確な指示に、皆が真顔で同意した。
「そうですね。ここはやはり、側付きの方々に頑張って頂きましょうか」
「教授方には申し訳ありませんが、今回は高みの見物をさせて貰いましょう」
「それにそろそろ、今年の剣術大会に向けての、係を決定する時期でもありますしね」
「そうだったわね。それなら今年は、それを早めに決めてしまいましょう。刺繍係や小物係担当者は、早めに活動を始めますし、少なくともやる気のある方をそちらで忙殺されない為の、理由付けにはなるわ」
エセリアの提案に、サビーネとシレイアが即座に頷く。
「確かに、その通りですね」
「そうと決まれば、早速今夜にでも寮で紫蘭会会員で集まって、詳細を話し合う事にします」
「サビーネ、シレイア、宜しくお願いします」
「任せて下さい」
「本当に傍迷惑な方々ですよね」
そして今後発生する可能性の高い迷惑を被るのを回避すべく、エセリア達は早速それに備える事となった。そして幾つかの事を話し合ってお開きにしようとしたところで、エセリアが何か思いついたような感じでシレイアとミランに声をかける。
「そうだわ。時間が大丈夫なら、シレイアとミランは少し残って頂戴」
「はい」
「分かりました」
その要請に頷いた二人は、他の面々が席を立ってカフェを出て行くのを見送ってから、改めてエセリアに視線を向けた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!