「それでエセリア様、私達になにか特別にご用ですか?」
シレイアが尋ねてみると、エセリアは少し考え込みながら口を開いた。
「その……。ちょっと例のオリエンテーションについて考えてみたの。当然、グラディクト殿下が中心になって実施するでしょうから、婚約者である私が表立って反対したり、あからさまに失敗に誘導するような真似はできないわ」
その主張に、シレイアは深く頷いて同意する。
「それはそうですね。あくまでも婚約破棄を狙っているのを、現時点では明かせませんし。表面的には友好的に、もしくは無干渉を貫くべきです」
「剣術大会、音楽祭、絵画展のように、表立っての妨害工策を行なっていないように見せて、何か殿下側の不手際を誘うというか、成功に見せかけて殿下にとって不利益になるよう画策するのを目論んでいますか?」
シレイアに続き、ミランも考えを巡らせながら確認を入れてくる。それにエセリアは真顔で頷いた。
「さすがミラン、話が早いわ。その通りよ。実は去年、殿下がライアン殿とエドガー殿を側付きから外した事が、特に社交界でこれまで色々問題視されたり、憶測を呼んでいるの。だからこれ以上の影響力低下を防ぐために、殿下が今年の新入生の中に有力貴族の子弟がいれば、この機に何らかの働きかけをして彼らの取り込みを図る可能性があるわ」
「なるほど……」
「大いに考えられますね」
(この短時間に、そこまで考えを巡らせることができるなんて。さすがエセリア様だわ)
ミランと共に深く頷きながら、シレイアはエセリアの洞察力に改めて舌を巻いた。そこでエセリアが、些か唐突に告げる。
「先程の可能性は、現段階では単なる憶測に過ぎないわ。だけどそれが実行に移される場合、婚約破棄後の混乱を最小限にするためにも、行事としてあからさまな失敗とまではいかなくても、殿下の目論見は最低限阻止しておきたいの。それらを踏まえた上で、オリエンテーションの内容で一番仕込みやすいのは、間違いなく校内探索会なのよ」
「『仕込みやすい』とは、何をですか?」
「『校内探索会』というと……、校内のあちこちを回って、指定された内容を調べる|あ《・》|れ《・》ですよね?」
話を聞いたシレイア達は、揃って怪訝な顔になった。しかしエセリアはそれには構わず、笑顔になって話を続ける。
「そう、|あ《・》|れ《・》よ。それに関して、あなた達にお願いがあるの。シレイアのお父様は、総主教会内で国教会創設期からの資料文献の管理最高責任者だったと聞いていたけど、今でもそうかしら?」
「はい。勿論そうです」
「それじゃあ、ミラン。ワーレス商会で貴金属を取り扱っていないのは知っているけど、楽器を取り扱う事はあるかしら?」
ここで話を振られたミランは、微妙な顔つきで応じる。
「楽器、ですか? この数年で取り扱い品目を増やしていますから、確かに最近楽器も取り扱っています。というか、否応なしに楽器や絵画を扱わざるを得なくなったといいますか……」
「え? 『否応なしに』って、どういう事?」
今度はエセリアが怪訝な顔になり、そんな彼女にミランが苦笑しながら説明を始めた。
「以前と比べると下級貴族や他の商家との取引が増えた分、支払いに滞った相手が『金はないが、これを売り払えば借金以上の価値があるから』と絵画や美術品、名器と言われるような楽器を押し付けようとする輩が出てきています」
「取引が増えると、それはそれで大変なのね」
「二束三文の物を掴まされたら大損じゃない」
エセリアは同情する眼差しを向け、シレイアは難しい顔で遠慮の無い感想を口にした。しかしそんな二人とは対照的に、ミランが笑みを深めながら話を続ける。
「ご心配なく。相手の話を鵜呑みにして、二束三文の物で借金を棒引きにするわけにいきません。『それならいっそのこと、その類を専門に取り扱う部門を作ってしまえ』とデリシュ兄さんが言い出して、本当にその道に通じた目利きの人間を集めてしまいました。最近では破産した商家や困窮する貴族の噂を聞きつけては商談を持ちかけ、それらを格安で購入しては高額で転売して、かなりの利益を出しています」
「デリシュさん、さすがだわ……。商人の鑑ね」
「ワーレス商会は、次代も安泰みたいでなによりだわ」
したたかすぎるワーレス商会会頭長子の辣腕ぶりに、エセリアとシレイアは呆れと称賛が入り混じった表情になった。そこでエセリアが真顔になり、話を元に戻す。
「とにかく、そういうことなら何とかなりそうね。改めて、二人にお願いしたい事があるの。でもお願いしておいて、それが無駄になってしまう可能性もあるから、先に謝っておくわ。無駄骨を折らせる事になってしまったら、本当にごめんなさい」
真摯に頭を下げたエセリアを、二人は慌てて宥める。
「エセリア様のされる事に、無駄な事なんかありません。なんでも仰ってください」
「エセリア様のお願いであれば、どんな事でもワーレス商会が責任をもってお引き受けいたします」
それから二人はエセリアからの依頼内容を聞き、なるべく早く段取りをつけることを約束して、その場はお開きになった。
(なるほど。さすがはエセリア様。念には念を入れておく、この細心の心がけが重要なのよね。本当に勉強になるわ。さて、そうと決まれば、早速お伺いを立ててこよう)
改めてエセリアへの崇拝度を増しながら、シレイアはその足で図書室へと向かった。
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