才媛は一日にして成らず

篠原皐月
篠原皐月

(10)反省

公開日時: 2022年12月4日(日) 21:09
文字数:2,083

 剣術大会開催案が表面化すると、エセリア達の予想通り、生徒間で多少の小競り合いと不協和音が生じた。しかしエセリアを筆頭に、数多くの有志が反対派を真っ向から言葉でねじ伏せ、無事に開催が決定事項となる。それに狂喜乱舞したシレイアはすかさず実行委員に名乗りを挙げ、放課後になると実行委員会が使用許可を得た空き教室に出向く日々が続いていた。


(前例がない行事だから、考えないといけない事が山積みだわ。忙しいけど、これのせいで成績を落としたなんて言われたくないから、夜はしっかり勉強時間を確保したいし。放課後に集中して、色々処理しないとね)

 自分自身に気合を入れながら、シレイアはその日も授業が終わると手早く荷物を纏め、鞄を持って教室を出た。すると廊下を出てすぐに、背後から声をかけられる。


「あの、シレイアさん! ちょっと良いですか?」

「え? あ、はい。なんでしょうか?」

「ええと……」

「その……」 

 シレイアが振り返ると、そこには同じクラスの女生徒が二人、どこか微妙に気まずそうに立っていた。しかし自分を呼び止めた彼女達が目配せをしながら黙り込んでいるため、不思議に思いながら考えを巡らせる。


(この人達って、同じクラスのアリサ・オルタンとメラニー・ロコイドよね? 騎士科進級希望みたいで微妙に周囲から浮いているし、いつも2人で固まっていてこれまで交流する機会もなかったけど、なにか困り事でもあるのかしら?)

 そう言えば、2人が時々物言いたげに自分、正確には自分が含まれているエセリアを中心とした集団を眺めていたなと思い出したシレイアは、遠慮なく尋ねてみた。


「2人とも、なにか困った事があるの? 誰かに脅されているとか? 秘密は守るから、打ち明けてみてくれない? 全力で力になるわよ?」

 騎士科教授を脅迫しての推薦変更などという、とんでもない不正事件を目の当たりにしたばかりだったため、シレイアはまた馬鹿な貴族の横暴が罷り通っているのかと、真顔になって確認を入れた。しかし2人は、慌てて首を振る。


「いえ、あの、違うの! 脅迫なんかされていないから!」

「実はシレイアさんに、お願いがあって!」

「そうなの? それなら、お願いって何かしら?」

 そこで再び逡巡した2人は、お互いの顔を見合わせてからシレイアに向き直り、揃って勢い良く頭を下げた。


「私達を、剣術大会の実行委員会に入れてください!」

「お願いします!」

「勿論、良いわよ」

「え?」

「嘘……」

「はい? どうしてそんな反応なの? 断られると思っていたの?」

 快諾したのに茫然とされ、シレイアは訳が分からなくなった。すると2人は、恐る恐る言い出す。


「でも、実行委員長がエセリア様で、他の委員の方も上級貴族ばかりみたいだし」

「平民でも、シレイアさんのような官吏科志望の成績優秀な人なら問題ないだろうけど」

「現にシレイアさんは、エセリア様達と普通に接している凄い人だもの」

「私達、騎士科進級希望で入学申請を出して、簡単な試験と実技で入ったから……」

 2人がどこか卑屈に語る様子を見て、シレイアの中で怒りが湧き上がってきた。


「ちょっと待って。まさか『騎士科希望の女がエセリア様と共に活動するなんて、身の程知らずだ』なんて、あなた達に言った人間がいるの?」

「そんな事は言われていないけど……」

「そう思われるんじゃないかと思って……」

 自信なさげにそう言われたシレイアは、今度は深く反省する。


(そうか……。私は以前からサビーネと親しくしていたし、紫蘭会で貴族の人でも気安く交流できる人がいると知っていたから、入学してからも周囲に対してほとんど隔意とか苦手意識はなかったもの。同じ修学場出身者も4人いるし。だけどこれまで貴族との接触が全くない平民で、知り合いも全くいない地方出身者なんて疎外感は凄いだろうし、ただでさえ女子生徒は貴族が多い中、官吏科や騎士科希望の平民の女子はごく少数なのに、気軽に交流なんかできる筈がなかったわ。入学した事ですっかり浮かれて、その辺りに今まで全然思い至れなかった。ここは私が、皆の仲立ちをしないと)

 そう決意したシレイアは、できるだけ穏やかな口調で言い聞かせた。


「2人とも、貴族の人達との交流に遠慮があるのは分かるけど、そんなに難しく考える事はないし、怖がる必要もないのよ? 少なくてもエセリア様や周囲の皆は、貴族と平民の身分の違いなんてあっさり取り払える人達ばかりだから。学園内に、そうではない人も存在しているのは確かだけど」

 シレイアが頭の中で(例えば、王太子殿下とか王太子殿下とか王太子殿下とか)などと忌々しげに反芻していると、2人がまだ不安そうに問い返してくる。


「でもそれは……、シレイアさんがのお父さんが、総主教会の大司教様だからじゃない?」

「だからお父さんを介して以前から面識があったとか、交流があったとか」

「う〜ん、信じて貰えないかもしれないけど、実際にエセリア様にお会いしたのは、入学して入寮してからなのよね。以前から、エセリア様の才能と人となりを知っていたのは確かだけど」

 そこでシレイアは少しだけ悩んでから、とっておきの情報を出すことにした。



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