総主教会内外を騒がせた襲撃事件から一か月強が経過し、怪我が回復したレナードが、マーサに付き添われて王都に戻ってきた。
「レナード兄さん! 無事の帰還、おめでとう!」
ささやかな祝いの席を設けるから来てくれと招待されたシレイア達は、一家揃ってキリング邸に出向いた。シレイアが挨拶もそこそこに、出迎えてくれたレナードに満面の笑みで大きな花束を手渡す。それをレナードは、どこか申し訳なさそうな笑顔で受け取った。
「ありがとう、シレイア。今回の事では君だけじゃなく、ノランおじさんやステラおばさんにも本当に迷惑をかけてしまったね」
「そんな事、気にしないで。ところで、身体は本当にもう大丈夫なの?」
「ああ、取り敢えず傷口は塞がったからね。当面は無理できないけど、普通に生活できるよ。総主教会にも、来週から復帰するつもりだから」
「良かった。直に聞いて安心できたわ」
互いに笑顔で会話しているとマーサが現れ、その場の誰よりも朗らかな笑顔で促してくる。
「さあさあ、皆、食事にしましょう! 食堂に移動して頂戴。私とメルダで腕を振るったから、一杯食べてね!」
「それでは、遠慮なくご馳走になろうか」
「そうね。本当に、こんなに気分が良いのは久しぶりよ」
そこでキリング家とカルバム家の全員が食堂に移動し、大きなテーブルを囲んだ。
「それでは、レナードの無事の帰還と、総主教会の貸金業務存続決定に乾杯!」
「乾杯!」
家長であるデニーの音頭で乾杯し、ジュースを一口飲み落としてから、シレイアは早速気になった事を尋ねてみた。
「デニーおじさん。お父さんから詳しく聞いていなかったけど、貸金業務反対派は完全に沈黙したんですね?」
その問いかけに、デニーは気分よく答える。
「ああ。沈黙というか、壊滅と言った方が近いだろうな。三日前に例の襲撃事件の黒幕が、近衛騎士団に一網打尽にされてね。そこから芋づる式に関係者の名前と彼らに関する証拠が浮上して、纏めて弾劾する運びになったんだ」
「三日前に名前が出て、今日までに証拠を押さえて処分まで済ませたのが信じられないな。手際が良すぎると思うけど」
「確かに……、近衛騎士団以外の方々のお力も、内々にお借りしたがな」
疑わしげに口にしたローダスに、デニーが苦笑気味に言葉を濁す。ここでクレランス学園の寮から帰宅していたウィルスが、苦々しげに口を挟んできた。
「本当に、今回の騒ぎは一体どういう事なんだよ。学園内でも噂になっていて、『総大司教の息子なら、詳細を知ってるんだろう?』と、一時期周囲から問い質されて鬱陶しかったんだ。今夜はちゃんと、一部始終を聞かせて貰えるんだろう?」
「さあ……、それはどうかな? 変な騒ぎにならない程度に、ごまかしておきなさい」
「父さん、それはないよ」
デニーが含み笑いであしらい、そんな父親を問い詰めても無駄だと分かっていたウィルスは、諦め顔で溜め息を吐いた。そこで彼は、ある事を思い出す。
「そういえばシレイア。官吏を目指して、クレランス学園に進学希望だって母さんからの手紙に書いてあったけど、本当かい?」
「ええ、そうよ。この前会ったアイラさんに色々話を聞かせて貰って、益々やる気が出たわ」
「『アイラさん』? 誰のことかな?」
「今通っている修学場の出身者で、給費生になってクレランス学園に入って、官吏になった女性なの。今現在も現役で働いている方よ。それでね?」
シレイアはそこでアイラから教えて貰った官吏の仕事の内容と、それについてのやり取りについて順序立てて説明した。
「こういう話を聞いて、凄く参考になったの」
満足そうにシレイアが話を締めくくると、無言で聞き入っていたウィルスが少し残念そうな表情で感想を述べる。
「そうか……。そういう話だったら、俺も聞きたかったな。現役の官吏の方に直接お会いして、直に話を聞ける機会なんて滅多にないし」
「あ、そうか……。ウィルス兄さん、ごめんなさい……」
「いや、シレイア。気にしないでくれ。悪い事を言ったな。俺は今寮生活だし、休日でもなければこちらに戻れないから、先方の都合に合わせるのは難しいよ。学園の卒業生には官吏の方が数多くいるから、これから顔を合わせる機会はいくらでもあるだろうし。それを楽しみにするから」
「うん、ありがとう」
一瞬、気まずそうな表情になったシレイアを、ウィルスが慌てて宥めた。それでシレイアも安堵した表情になったが、ここでローダスが面白くなさそうに口を挟んでくる。
「そうだな。ウィルス兄さんは放っておけよ。それにどうして僕に声をかけなかったんだ? できれば僕も話を聞きたかったな」
「ローダス」
「お前な……」
せっかく空気を良くしたのに混ぜ返すなと、レナードとウィルスは弟に非難の目を向けた。対するシレイアは、反射的にローダスに謝る。
「ええと……、それは悪かったわ。ただマルケス先生から話を聞いた時、女性官吏だからシレイアの参考になると思うとかなんとか言われたから、ローダスの事は念頭になかったのよ。また同じような話があったら、ちゃんと伝えるから」
「ほら、シレイアも謝っているし」
「そうだぞ。やはり女性ならではの視点とか苦労とか、女同士で遠慮なく聞かせて貰ったんだろうし、今回はお前が混ざらなくて正解だったんじゃないか?」
「分かったよ」
兄二人に言い聞かされて、ローダスは面白くなさそうな顔ながらも頷いた。するとシレイアが、考え込みながら独り言のように言い出す。
「う~ん、確かに遠慮がないやり取りになってしまったところがあったから、ローダスがその場にいたらコメントに困ったかもしれないわね」
それを聞いたレナードが、不思議そうに尋ねてきた。
「遠慮のないやり取りって? 支障がなければ教えてくれるかい?」
「一般論として話すには、構わないと思うわ。話の最後の方で、アイラさんに『ご両親はあなたが官吏として働く事に反対されていないのか』と聞かれたの。それから、微妙な話の流れになってしまって……」
促されたシレイアはアイラが給費生になると同時に家を出たいきさつと、独身を貫いている事で実家と絶縁状態になっている事情を説明した。
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