「うっわぁぁぁ~! 素敵ぃ~! やっぱり来て良かったぁぁぁ~!」
王都内から乗合馬車にのんびり揺られて一時間弱。王都郊外の村に降り立ったシレイアは、目の前に広がっている光景に歓喜の声を上げた。
左右に広がる庭園内には様々な樹木や花が整然と植えられ、近くを流れる川から引き入れた小川を利用して、子供など遊べる水場なども整備されている。階段の代わりに緩やかな傾斜で構築されているそれは、遊び場と癒しを求める老若男女で賑わっていた。
「喜んで貰えて良かった。ここは結構評判だからな」
最近の若者達のデートスポットとして名高いなどとは口にせず、ローダスは笑顔で頷いた。するとシレイアは、満面の笑みで礼を言ってくる。
「そうよね! 去年、ここについての話を聞いたのに、忙しさに紛れてすっかり忘れてしまっていて。ローダスから話を聞いて、漸く思い出したわ。今回、声をかけてくれてありがとう!」
「ああ、いや、それは構わないんだが……。ここについて、誰からどういう話を聞いたんだ?」
誰か他の奴からデートに誘われていたわけではないだろうなと、ローダスは疑心暗鬼になりながら問い詰めた。するとシレイアは、意外そうな顔になって問い返してくる。
「え? うちの局長が、ここの整備の発案をしたのを聞いたんじゃないの?」
その意外な話の流れに、ローダスは本気で困惑した。
「ここは民政局局長の発案で作られたのか? それは知らなかったな……」
「そうなの? それならどうして、私をここに誘ったのよ?」
「それは……、その、何となく?」
「何よそれ?」
付き合っている自覚のない相手に、面と向かって評判の良いデートスポットだからなどとは言えなかったローダスは、曖昧に言葉を濁した。するとシレイアは軽く胸を張り、庭園の一角を指さしながら説明を始める。
「知らないなら、良い機会だから教えてあげるわ。この庭園はレナン川に隣接していて、そこから水を引いているの。あそこに見える土手の向こうがレナン川よ。この庭園は、川よりも低い位置に作ってあるわけ」
「そうだな。それが?」
「レナン川は王都内にも流れているから、何十年かに一度の大雨が降った時、川が溢れて王都が浸水しないように、この公園内に水流を逃がすの。それでここが有事の時、余分な水を溜める遊水池の役割を果たすことになるのよ」
それを聞いたローダスは驚きの表情になり、改めて周囲の地形を観察した。
「そうなのか!? それは知らなかった……。確かにかなりの広さがあるが、外から入ると緩やかな傾斜が中央部に続いているような構造になっているな」
「実際にこの二十数年で二回、川が氾濫しかけてここが遊水池になったことがあるそうよ」
「頻度的には、十数年に一度の大雨に対する備えか……。だが、対費用効果としてはどうなんだ? ここは王家直轄の施設だろう? 庶民は無料で利用できるが、四季折々の花々や木々の整備や手入れに、毎年結構な費用を費やしていると思うが」
ふと感じた疑問を、ローダスはそのまま口にした。それにシレイアが、呆れ気味に反論する。
「れっきとした官吏なんだから、短絡的な物の考え方をしないでよ。被害は受けるけど復旧のための雇用創出と物品流通促進の面から考えて欲しいわ。それに万が一、ここの近郊の街や村、王都内で川が氾濫したら、人的物的被害はここの整備費と比較にならないと思うけど?」
「確かにそうだな……」
「局長が官吏になって日が浅い頃、実際にレナン川が氾濫して事後処理で駆けずり回ったのですって。それが落ち着いた頃に王妃様から『再び甚大な被害を出さないように、良い対策はないか』と全官吏に向けてご下問があったそうなの。大抵の人は堤防の強化とか、住民の避難路の整備とかの案を出したそうだけど、局長だけは『王都内が浸水しないよう、敢えて郊外で氾濫させてしまいましょう』と提案したそうよ」
「それはまた……、逆転の発想というべきか。凄い事を思いつくな」
自分でも思いつかないかもしれないなと思いながら、ローダスは率直に感嘆の台詞を口にした。それにシレイアが、満面の笑みで頷く。
「本当にそうよね! 周囲や上司達から『何を馬鹿な事を言っている!』と散々怒られたり貶されたりしたそうだけど、王妃様が『どうせなら空き地にせず、庭園など造って庶民の憩いの場としてはどうか。水で流されたら、また作り直せば良いだけのこと。庶民の住居や家財、人命を失う事に比べたら、些細な事です』と意見を取り入れてくれて、トントン拍子に話が纏まって予算もすぐに認可されたそうよ」
「民政局長の発想も意表を衝いているが、王妃様の見識には頭が下がるな」
「私も全く同意見よ。それを皮切りに、局長は次々に非凡な提言や提案をして王妃様に目をかけて貰って、今の地位に就いたともっぱらの評判なんだから。所属する部署のトップが、その地位に上り詰めた最初の功績の場所と思えば、見方も違ってくるものじゃない?」
「ああ……、まあ、そうかもな……」
そこでシレイアは、若干悔しげに溜め息を吐く。
「さすが局長……。局長が今の私の年には、ここの提案をしていたわけだもの。それと比べたら、私はまだまだよね。従来の業務をこなして、小手先の改善策を提案するのが精々だもの……」
「それは、仕方がないんじゃないか? 民政局長のこれは、かなりイレギュラーな気がするし、あまり気にしなくても……」
思わず宥めようとしたローダスだったが、シレイアの復活は早かった。
「でもね! 目標が大きければ大きいほど、やる気が湧いてくるわ! 絶対に局長以上の功績を挙げて、国民の生活と幸福を守ってみせるんだから! それが官吏としての本分よね!?」
「……ああ、そうだな」
「そういうわけで、ローダス。官吏就任直後の決意を思い出させてくれてありがとう。まずはあっちに行ってみましょうよ。綺麗な花が咲いてるわ。それに結構屋台が出ているし、あちこち覗いてみない?」
「そうだな。そうしようか」
うきうきと目的の場所に向かって歩き始めたシレイアの後を、ローダスは重い溜め息を吐いてからついて行った。
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