「そうだよな……。確かに学力的には問題なくとも、性格がな……」
「ガーディは以前から、事あるごとに地方出身者を見下す言動をしていたものな」
「他人が嫌がる話も、平然と口に出して噂にして笑っているような奴だったし」
「リンクスは、親戚が何人も官吏になっているのを鼻にかけていて。だから何だと、何度も心の中で突っ込んでいたぞ」
「身の回りの物も高価な物で固めて、何か物が無くなった時に平然と周りの人間を泥棒扱いして喚いていたわよね」
「そうそう。あれって結局、置き忘れた所からあっさり見つかったんだよな。それなのに泥棒扱いした相手に、謝罪の一つもせずに平然としていたのには呆れたぞ」
「ガーディとリンクスは除外で意見が一致したな。一応聞くが、他の三人はどうする?」
ローダスが意見を確認すると、他の四人が苦笑気味に応じる。
「聞くまでもないでしょうが」
「三人とも真面目で、人を悪しざまに言うところなんて皆無だったぞ」
「そうだよな。確かに成績では一歩及ばずだったかもしれないが、あの三人だったら信頼できるし、自信を持って推薦できる」
「それに計算能力なら、ダニエラは俺らよりよほど優秀だったじゃないか」
「そうだよな。それに細かい法令とか条例の暗記だったら、ハワードが抜群だったと思うし」
「発想の柔軟さだったらウォルターよね。教授が準備しておいた模範解答とは違うやり方で、正解を導き出した事があったじゃない」
「そういえばそうだったな」
あまりにもあっさりと意見が纏まり、シレイアはレスターに歩み寄って検討結果を伝えた。
「レスター、お待たせ。話が纏まったわ。私達がナジェーク様に自信を持って推薦できるのは、ハワード・トリル、ウォルター・マンシティ、ダニエラ・アーチストの三人よ」
それを聞いたレスターは全く時間を無駄にせず、次の行動に移った。
「分かった。それではその三人に、この封書を渡してくれ。卒業までの最後の休日に、公爵邸で採用試験と面接を行う旨が書いてある。受ける気があるなら、当日朝にクレランス学園正門前に迎えの馬車を差し向けるから、それに乗って出向いて欲しいと伝えてくれ」
斜め掛けしている布製の袋から封書を三通取り出したレスターは、それをシレイアに差し出しながら告げた。彼女は反射的に受け取ってしまったものの、早すぎる展開に目を丸くする。
「え? 案内の通知が用意済みだったの? それに、この場で採用試験を受けるのが決定しちゃうの? それで本当に大丈夫なの?」
「ああ。ナジェーク様はシレイアを良くご存じだし、『総主教会付属の修学場出身者達に推薦して貰えるなら、なんの問題もない筈だ』と仰っていたから」
シレイアは絶句したままだったが、それを聞いた他の四人は感心したように口にする。
「それってさ……」
「レスターも、かなりナジェーク様に信頼されているって事じゃないのか?」
「本当に成長したよな」
「そんな事より! 寮に戻ったら、すぐにこれをダニエラ達に渡すわね! きっと喜んでもらえるわ!」
「そうだよな! 皆、凄く気落ちしていたし、跳び上がって喜ぶぞ!」
「間違いないさ! 官吏にはなれなくても、今を時めくシェーグレン公爵家に雇ってもらう道ができたんだぜ!?」
「レスター、ありがとう!」
「いや、俺は仲介しただけだから。あ、それと、『関係ない連中が自分も雇ってくれと押しかけてくるのは勘弁して欲しいから、この採用試験の事は卒業するまで秘密にしておいて欲しい』とナジェーク様から言い渡されているんだ。その辺りはよろしく頼む」
不運な同級生達に舞い込んだ幸運に喜び合っていたシレイア達は、そこで瞬時に表情を引き締めた。
「確かにそうね。ガーディとハワードは勿論だけど、当面、他の官吏科の生徒にも漏らさないほうがよさそうだわ」
「全くだな。あいつらが採用されるなら俺もとか難癖をつけてガーディ達が押しかけて騒ぎになって、万が一にも三人の雇用が白紙撤回なんかになったら、目も当てられない」
「よし、卒業までこの件は秘密厳守だな」
「ああ、十分気をつけよう」
「寮に戻るのが楽しみになったな」
「ああ。きっと喜んでもらえるぞ」
五人はそこで意思統一をしてから、他の者達と話をするために自然に別れた。するとレスターが、さり気なくシレイアとローダスを呼び止める。
「二人とも、お疲れ。官吏登用試験の準備に加えて、例のエセリア様の《《あれ》》にも係わっていたんだろう?」
周囲に人影が無いのを確認しながら、レスターが声を潜めて尋ねてくる。シレイアとローダスは一瞬顔を見合わせてから、彼に向き直った。
「ああ、レスターはナジェーク様直属だから、色々と聞いているのね」
「本当に大変だったぞ、色々と」
「最大の難関が、もう目の前だけどな」
「建国記念式典の事も知っているのね……」
「知っているというか、現在進行形で裏工作中だったりする」
「お前も色々、苦労が多そうだよな……」
「実は今回のスカウトも、若干それに関係しているからな」
「どういう事だ?」
思わず愚痴を零したローダスだったが、意外な事を耳にして怪訝な顔で尋ね返した。するとレスターが、若干意地の悪い表情になりながら尋ねてくる。
「エセリア様の《《あれ》》が成就した場合、その後はどうなると思う?」
「どうなるって……、それは婚約破棄が成立するけど?」
「それだけでは終わらないよな?」
「え?」
更なる問いかけにシレイアは首を傾げたが、ローダスは弾かれたように顔を上げる。
「そうか! すっかり失念していた! 婚約破棄の慰謝料や、名誉棄損の賠償問題が発生するか!」
「ああ。そうなると、王家からシェーグレン公爵家に少なくない金銭や直轄領が下賜される。もしくはその両方が、だな」
そこまで聞いて詳細が理解できないシレイアではなく、精一杯声を抑えながらレスターに詰め寄る。
「まさかナジェーク様はそれを見越して、若手の優秀な家臣を一昨年から積極的に採用していたの!?」
「賠償金を元手に新規事業を手掛けるにも、新しい領地を一から運営するにも人手がいる。それを見越して、いざそうなった時の負担を減らすために、予め若手の家臣を積極的に育てていたのか!?」
「ご明察。二人に関して、ナジェーク様が期待していると言っていたぞ。頑張ってくれ。それじゃあ、また後で」
理解の早いシレイアとローダスに満足そうに頷いたレスターは、爽やかな笑顔でその場を離れた。彼の背中を眺めながら、シレイア達が呻くように呟く。
「さすがだわ、ナジェーク様……」
「本当に、とんでもないな……」
自分達が係わっている婚約破棄計画の裏で、着々とその後の準備が進められていた事実を知ったシレイアとローダスは、少しの間呆然自失状態に陥っていた。
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