人工英雄

~自ら作る英雄譚〜
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一章1   『期待を胸に』

公開日時: 2020年9月1日(火) 19:46
文字数:1,855

「ここがベルダか!」


初めて見たときでた言葉がそれだった。


もっと言うことはあっただろうに。

今までも何回もこのシチュエーションは想像していたがはるかに超えていた。

故にそんな言葉しかでなかった。いや、だせなかった。


ここ大都市ベルダは冒険者が多く集まる。


レンガや石造りの街並みが続き、街の中心地には迷宮がある。

また、この街の北方にはこの国の王族が住まう王城がある。


現在は貴族などは存在せず、王族が政治をしているが、昔は貴族を含めた厳格な身分制度があったという。


今見える範囲でも冒険者の格好をした人がとても目に付く。

この街の人間はこの光景が通常なのだろうが、僕にとっては異常。

人里離れた村に住んでいた僕にとっては夢にまで見た光景だった。


「今日から僕も冒険者かぁ」


つい顔の口角が上がりにやけてしまう。


村を出てから一か月と少し、僕はやっと【英雄】までの一歩を踏み出せた。

そう思うと嬉しくてたまらなかった。

ここまで来るのに歩きで来たので少し疲れたが、今これを見ているとそんな苦労は吹っ飛んでしまう。


「やっとスタートラインに立てた」


そんなことを口に出すと、ふと昔のことを思い出してしまった。





僕、アルベールは【英雄】に憧れている。


アルベールが住んでいた村はミカド村という。

四方の山々に囲まれていて、その中心部に住んでいる。

村のみんなが協力して自給自足をし、自然豊かな暮らしをしている。

なので外の情報、文化は何も入ってこない。

大袈裟にいうと鎖国状態の村だった。


だが一つだけ入ってきたものもある。書物だ。

村長が子供の教育のためと取り入れたもので、特に書物のなかでも英雄譚は子供のころのアルベールにとっては唯一の楽しみでもあった。

どこから手に入れたかは分からないが、アルベールたちが村長にお願いをすればいつの間にか書庫に目的の本が存在していた。


ミカド村の人口はそう多くない。アルベールと年が近い子も五、六人ぐらい、その中でも同い年のリクとは大の親友だ。


同年代のなかではアルベールはずば抜けていて、何もかも優秀。大人たちに褒められる毎日。

大人たちはてっきりアルベールが村長を目指しているのだと思っている。


それは無理もない。

このミカド村の人間は誰も外の世界を知らない。知ろうともしていない。

今、この現状に満足しているのだ。

それ以上のことは望んでいない。


だがアルベールは満足していなかった。英雄譚の影響だ。

外に出たい。冒険者になりたい。【英雄】になりたいと思っていた。


アルベールは十五歳の時に決断した。村を出ることを。


ミカド村には村を出てはいけない、というルールはない。

実際村を出た人も指で数えれる程度はいる。だが誰も帰ってきた人はいない。

そのことから村の人達は外の世界を危険と考えている、アルベール一人を除いて。


「外の世界の方がミカド村に比べて楽しいはず。帰らないのも何か帰れない事情がある」


アルベールは村のみんなに言いまわっていたが誰にも信じてもらえなかった。

村を出ることを村のみんなに伝えると大反対され、自殺行為だと言う人もいた。両親には泣きつかれるほどだった。

でもリクだけは賛成してくれた。英雄譚を一緒に読んでいたからだろう。アルベールはリクの説得もあって外に行けることになった。


「じゃあ行ってきます!」

「いってらっしゃい!」


両親の目の下は赤くなっている。

自分が出発する直前まで泣いていたのだろう。

そのことに気づき申し訳ないと思った。


「絶対に外の世界で【英雄】になってちゃんとこのミカド村に帰ってくるから」


母親は今にも泣きだしそうな顔で。


「アルなら何でも出来るわ。頑張ってね」


父親は小声で恥ずかしがりながら。


「……いってらっしゃい」


自分もうるっとしそうになったがここで泣いてしまったら両親に心配をかけてしまう。

そう思い満面の笑みとまではいかないが、にこっと笑って大きな声で言った。


「行ってきます!!」


両親とも無事に別れの挨拶を済ますことができた。

一つ心残りがあるとすれば、リクが見送りに来てくれなかったことだ。


昨夜僕のために、とても重たい荷物をリクの母から渡された。

これはリクが用意したらしいが、リクの母も何が入っているのか知らないらしい。

なぜ直接渡してくれないのだろう。

嫌われるようなことはしていないと思う。


中に何が入っているのか気になったものの、中身は村から離れてからと釘を刺されたので見てはいない。


「きっと昨日頑張って荷造りしてくれたのだろう」


そう自分に言い聞かせながら、誰もいない静かな森を黙々と歩き、僕は期待を胸に村を出た。

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